65 いざ城へ
手紙はなんとキュラスからのお返事でした。早っ。
いや、助かるんだけどね?明らかに返事が早すぎる。そんなに何かひっ迫してるの?
「カナト様はエライご執心やなぁ。」
サタナさんが苦笑いした。
ああ、そうか、カナトが相当せっついてるのか、と納得しかけて王太子をせっつける立場ってどんな立場だと心の中で突っ込む。
ゲームの細かな設定は正直忘れている。カナトは絶えぬ一族として高い地位だったとは思うけど、キュラスと特に親しいイメージは無い。弟のヒノトがキュラスの乳兄弟だからそれなりに交流はあるだろうけど、どうだったっけ?
とりあえず、今のはサタナさんの冗談だ。
手紙はキュラスの自筆ではなくて、文官が書いたものにキュラスの印が押してあった。因みにキュラスの印は鳥っぽい。
時間は明日2時指定。
「明日は昼抜きやな。朝飯早めに摂って、午前中に軽食とっていかな。」
「お昼食べる時間ないんですか?」
「王族に会うんや。二時間前には待合で待機しとかなあかん。それでも急にキャンセルとかもあるで。返事早かったからそれなりに配慮してくれたとも取れるけど、指定してきとる時間帯がアレやから、たまたま空いてる時間あったし埋めるのに丁度良かったんかも知れへん。」
ほんまに大事に思てる相手やったら、次の日は普通指定せんわな。とサタナさんは手紙を振った。
なるほど、キュラスの意思関係なく流れ作業で隙間時間に詰め込まれたのなら色々納得。私的な友人を彼の意見聞かずにスケジュールに組み込まれるほどに孤立しているのか。
私としてはキュラスに会うだけが目的で来ているのだから、次の日指定はありがたいのだけれど、こちらの礼儀的にはダメらしい。よく分からないけれど、そういうものと納得する。そして、自分が返事する側の時は誰かに添削してもらおうと決めた。
旅しながら色々こちらの勉強もしたけど、やっぱり不便すぎる。ガッツリこっちの常識を手に入れたい。結構マニュアル人間なのよね、私。
ジェード君は帰って来ると、キョトンとして、「師匠が無事だ。」と驚いていた。
「特に危ない仕事頼んだりはしてないよ?」
サタナさんが危ない目にあう仕事ってのもあんまり想像つかないけど。
「えいこサンからお仕置きがあったのかなぁって。」
「襟首掴んでたしね。でも、魔力も腕力も無いからそういうお仕置きは出来ないでしょ。」
「そ、そうですわよね!」
ディナさんが何やら焦っていた。そして、
「ジェードさんに唆されてしまいましたわ。」と言いながら、何故かジェード君にお仕置きしていた。
ジェード君はディナさんと過ごしている間に大幅なレベルアップが出来たんじゃなかろうか。魔法耐性的な。
そういえばディナさんもドーピング無しで一日中美少女姿を維持できるようになっている。データは逐一ウランさんから大地君は流れているらしいから、あちらも忙しかろう。ちなみに今のところ大地君からお金を持ち逃げした苦情の手紙は届いていない。
そんなこんなで、初めての王都の夜もこの数日と大して変わらず過ごし、いつも通りの朝が来た。後から思えば、もっと気楽な宿生活を楽しんでおけば良かった。
翌日は朝食、謁見の支度、街でお茶、それからお城の待合へ。とこなしていたのだけれど、今は夏。日本と比べると涼しいけれど、それなりには暑い。しかも謁見の時は長袖がドレスコードだった。身分高い女性なら、涼しいドレスのようなものもあるらしいけれど、私は侍女だ。中世版スーツはぴたっとしている。
暑いのは着る前からわかっていたから、またまた脇の下を紐で縛った。顔や頭から汗をかかなくなるので見た目は涼しげだが、実際は汗をかけないから余計暑い。そして体からは結構汗をかく。
クールビズって言葉を如何に流行らせるかをうむうむ考えているうちに、待合に呼出が掛かったようだ。ようだ、というのは声をかけられたのがディナさんだったから。
「えいこ様、迎えが参りました。」とディナさんが私に声をかけるのを見て、迎えとして来たフットマンだかボーイだかはあからさまに戸惑っていた。
どうも、見るからにモブです。ごめんあそばせ。
しかしながら、4人全員奥に通された。サタナさんの話では私1人に従者1人の可能性が高そうだったので安堵する。
安堵したけど、どんどん奥に進んでいく。ディナさんとサタナさん、それにジェード君も私との距離を詰めて空気には出さずに警戒しているようだ。
そして、案内していた人が交代した。「これより先は某がご案内いたす。」と今度は私に挨拶してくれた。サタナさんが黙礼したので、この人はいわゆる使用人では無いのかもしれない。見た目もがっしりしていて、服も使用人や執事の服っぽくなく、軍服っぽい。年齢は初老と言っても差し支えは無さそう。言っても私の感覚はあちらの感覚だから当てにはならないけど。
案内された部屋に入り、サタナさんとディナさんがフリーズした。
私だって闇の国のお城で過ごした3ヶ月が無ければ、ジェード君と同じように豪華な部屋だなって反応だったと思う。でも、ここは公式な応接室でも無ければ、ましてや謁見の間でも無い。思いっきり豪華なただの私室だった。
闇の国の城は内殿と外殿と呼ばれる施設に分かれていた。内殿と呼んでいた邸宅をぐるりと中庭が囲み、その周りを外殿と呼ばれる施設が取り囲む。外殿の前半分は公式な仕事をする場所で、内殿は王や近しい者の居住区、外殿の後ろ半分がバックヤードで使用人の部屋やら厨房、リネン室やらがある。
外殿には謁見の間や披露宴を行ったホール、少しこじんまりした応接室があり、内殿には私的な応接室があった。そして、それとは別にサンサン達の個室自体にも人と歓談もできるようなリビングルームのような部屋があった。
私達が通さられたのはその個室付きの部屋に見えるし、目の前の座り心地が良さそうなソファーには、ラフな格好をしたキュラスが寛いでいて、私服のヒノトと正装のカナトも座っていた。
「やぁ、サタナ。随分畏まった格好だね。」
「…キュラス様、ご機嫌麗しゅう。シーマ様が侍女、えいこ殿をお連れしました。」
「やだな、この格好で迎えてるんだよ?そんな固いの、興が冷めるじゃないか。」
「いやいや、せやかてこんなん想像出来ませんて。」
クスクス笑いながら、キュラスは優雅に立ち上がり私に礼をとった。
「初めまして。君がシーマ様のお付きをされているえいこさんだね?僕がキュラスだよ。よろしく。」
余りにも流れるようだったので思わず受けてしまったが、こちらもスカートを持って腰を下げる礼をする。
「キュラス様、お初にお目にかかり光栄でございます。畏れ多くも私は無位の者なので、えいこと呼び捨てくださいませ。」
シーマの時は意識して声を低くしていたので、普通に話してみたがバレてはいない、よね?
キュラスは満足げに微笑んで、簡単にヒノトとカナトを紹介した。こちらはサタナさんによってディナさんとジェード君が紹介される。
「早速だけど、えいこ達の事感知しても良いかな?」
マリちゃんには事前に魔力をかなり放出してもらっている。それに、
「ほな、器見てもらえるように魔力の結晶で満たしとこか。」
予定通りサタナさんが魔力を私に注ぐ。当然霧散するんだけど、私以外にはその様子が見えている、らしい。
サタナさんが頷いたのを確認して、どうぞと言った。
マリちゃんから、合図がくる。『感知中、相手複数。』マリちゃんは三人以上は複数としか分からない。先程案内してくれた人も部屋にいるので、もしかしたら彼も見ていたのかもしれない。
「へぇ。」
小さくキュラスが呟いた。彼は少し楽しげな瞳をしている。
続いてカナトを見ると、表情に変化無し。ほら、凡人でしょ?と言いたいけど我慢。
ヒノトは表情は抑えているが、やっぱりと言った感じで私への興味を失っている。
「ご覧の通り、女の身でありながら特別な能力を持っておりません。シーマ様への手紙のやり取りなどにお使いください。」
再びスカートを持って礼をとった。
「…そうだね。カナトはどう思う?」
「彼女がそう言うのでしたら、そうなのでしょう。」
んん?
キュラス、シブい顔。ヒノト、シブい顔。サタナさん、シブい顔。カナト、しれっと普通顔。
判決。未だ女神の誤解解けてない。
なんで?どうして?しかし、私が今問い詰める訳にはいかない。彼はこの場では『えいこは特別な能力は無い』に同意しているのだ。
キュラスもこの場で聞くことは諦めたのか、ふぅっとため息をついただけだった。




