57 ラブラブランチ
「ほんで、えいこサンこれからどないする?」
「取引所の前で入口を見張ろうかと思います。セレスはお祭りなどに興味は無いので通常通りに動いていると思うんですよね。後、向こうも私にはそれなりに興味があるはずなので、噂になれば向こうから探してくるかもしれません。」
「祭りに興味ないんやったら、そもそもおらへんのとちゃうか?」
「祭りで各地から人は集まるので、マーケットは盛況でしょう?それに情報も集まっているので、それは欲しがると思うんです。」
「探し人はけったいな人やな。了解。」
たしかに他人に興味がない設定のセレスだが、狭間の世界で私を助けた。と言うことは珍しいモルモットとしての私には興味があるはずだ。それに、セレスはサタナさんを知っていて警戒している。その彼の弱点には興味があろう。
取引所の前は、御誂え向きにオープンのカフェになっている。時間は昼にはちょっと早い時間。取引所は午前が売りの客が多くて、その客がチラホラ帰りはじめている。
「バカップルっぽい方が噂になりやすいな。」
カフェまで来て、サタナさんはそう言うと
私を横座り状態で膝に乗せた。
テテレテッテレー
えいこのイケメン耐性レベルが6になりました!
「…これでは視界が限られるので。」
サタナさんの脚と脚の間に座り直した。馬に乗っている時と同じポジションだ。バカップルっぽいし、二人とも同じ方向を確認できるし、何よりサタナさんの顔が見えないから溶けなくて済む。
私は今乗馬中。と三回心の中で唱えた。よし、イケル。
そして注文から提供までにも、食べるのにも時間がかかりそうな物を注文した。
「ところで、サタナさんはモートンさんからどの様に指示を受けられてますか?」
「『自分と同じように仕えよ』言われてるで。」
「え。」
忠誠の証は命を捧げるような意味合いがある。そんな重いものは要らないんだけど。
「なんや、その反応は?」
サタナさんは笑っているようだ。
「いえ、私はちょっとサタナさんをお借りしたいと言うニュアンスでお願いしたので、びっくりしてしまいました。」
「そうなん?まぁ、でもご主人様からの命令やし、同じようにさせてもらうな。お手柔らかに頼むで、ご主人様。」
口調は軽いけれど、多分嘘では無いだろう。モートンさんがウランさんにそんな嘘を言わせる理由は無いはずだ。
「じゃあ、私の事はどこまで聞かれていますか?」
「ご主人様からは何も。知ってるんは、テルラ様の異世界からの友達で器あらへんとか、えいこサンが陛下を助けたらしいとか、後、研究所で働いてたとかマリちゃんっつう特別なマリス飼ってるらしいとか、そんなもんやな。」
モートンさんっ。サタナさんになんて無茶振り。
よく分からん異世界の女の子に命捧げよなんて命じ無いでよ!そして、サタナさんも受け入れないでよ!
いや、サタナさんに拒否権ないもんね。。。
ふうっと一つ溜息を吐いて落ち着かせる。
まずはモートンさんにした説明と同じ事を話した。
「これはモートンさんにもお話ししましたけど。」と最後に付け加えて話を切った丁度その時、注文していた物が運ばれて来た。超豪華なアフタヌーンティーセットのようなもの。量も凄くあるんですけど。
「ほぉ、なるほどな。」
話している間サタナさんは黙って聞いていた。顔が見えないから表情は分からない。そして今の感想は私の話に対してか、それともこの料理に対してか。
「一応食べる順あるんやけど、それ通りに食べてたらえいこサン腹膨れてまうからな。好きなもんから食べ。残りは俺が食うたるさかい。」
手早く広げて、可愛らしい花の飾り菓子を摘むと、私の口に放り込んだ。
「美味しい。でも、もっと良く見てから食べたかったな。」
とろける美味しさだ。でも目でも楽しみたかった。
「…せやったな。すまなんだ。」
一言だけだったけど、解る。サタナさんは演技が上手いと思ってた。でも、私は視覚優位タイプ。彼は見た目の演技が抜群に上手いけど、声色はそうでもなかったみたい。彼は今きっと愛する人を思い出したはずだ。
ずっと、ただ任務をこなす百数年間だった。自分の主人は言葉少なな方だが、不満は無い。そして、今回もただ特殊な護衛であったけれど、いつもどおり完璧こなす予定だった。
護衛対象の彼女と彼女の背中越しに会話をしていて、不意に彼女の語調が変わった。それは自分の中に強烈な景色を見せた。日向さま。若い自分が一方的に愛の証を捧げた聖女。この娘はあの声を持っていた。
「…せやったな。すまなんだ。」
「似てるでしょう?私の声。テルラさんのお墨付きですから。」
すぐに返された言葉に一瞬詰まる。
心の声が聞かれた?いや、そんなはずは無い。俺がひーさまと面識がある事を知っているのか。それとも、
「俺、歳言うたっけ?」
ご主人様が自分の歳を話して推察したか、だ。
「私が読んだ本にはサタナさんの事も書かれてたんです。」
そう言いながら、彼女は一生懸命巨大栗を剥き始めた。それはとても美味だが、剥くのがとても面倒くさい代物だ。大体それに真剣になると取引所の監視が疎かになるじゃ無いか。まぁ、自分が見ているから問題は無いのかもしれないが。
「それは、ちょっと恥ずかしなぁ。」
ご主人様の諸々の配慮でひーさまの冒険の本には自分の事は書かれていない。未来の冒険の本では自分とひーさまの関係が書かれていたのだろうか。
「でも、私が知っているのは本の中の貴方だけだから、実際の貴方が何を思っているかは分かりません。モートンさんのように仕えるって仰ってましたけど、疑問があったら聞いて欲しいし、思った事も言って欲しいです。」
まだ五分の一も剥けていない栗をクルクル回している。そして、正解の剥き方を見つけたようだ、クリクリテーブルナイフで剥き始める。
「せやけど、すばっと言うたら傷つくと思うで?」
いくら自分でも、正直に言ってる風で気を遣い続けるのは難しい。
「けれど、ずばっと言ってもらわないと、私はこちらの世界での常識を知らないので大きな失敗をしてしまうと思うので。」
ようやく三分の一剥けた。俺に頼む気はないらしい。
「せやったら言わせてもらうけど、えいこサンも思ってることずばっと言ってくれへんかったら、俺分からんわ。俺が聞く前に動いてしまう事もあったやろ?」
ボツワの祠での行動はひやっとした。しかも、魔法が使えるマリスを置いて行ったのだ。彼女はこちらの事を知らないと言いながら、大胆すぎる。
「ボツワの祠ではすみませんでした。」
申し訳無さそうな言われたが、何か引っかかる。自身が危険だったとは思って無い感じだ。自分に心配かけた事を謝っているような。言いたい事はそうじゃない。
「あー、どう言うことに対して謝ってるか聞いてもええか?」
「もし凡ミスで私が死んだら、サタナさんの立場がなくなる事を失念してました。」
「そんな事は気にしてない。」
思わず強く言ってしまった。なのに彼女はクスクス笑っている。
「ずばっと言うと確かに傷つけますね。」
「…本の中で俺、よっぽど悪し様に書かれとんねんな。」
本のせいなら彼女を責めても仕方がない。
「俺やって女の子がえらい目遭うたら嫌やねんで?もっと信頼してくれへんかなぁ。」
「信頼はしてますよ?モートンさんの忠実な僕ですもん。お力も本当はもっと強いでしょう?」
「せやねんけど、そうやのうて俺本体を心からやなぁ。」
またクスクス笑われた。
「サタナさんだって私を心から信頼なんてできないでしょう?」
がんっと殴られた気がした。その通りだ。まじまじと目の前の娘を見る。ほんのの15、6ほどの娘だ。
しかし、この娘はさっきからずっと偽善をとっぱらった本質的な話をしている。
これは、こちらも本音で応じるしかない。
「信頼関係はこれから、やな。」
思った以上に守り甲斐がありそうな娘だ、と思った。
「そうですね。
私が傷つくのを見るのを好まないのも本心だと思ってます。それでも、昨日サタナさんが見てたのに私あんな目に遭っちゃった訳ですから。」
「気づいてたのか?」
昨日彼女が襲われた時、自分は彼女の影に埋めた使令を通して全て見ていた。もちろん最後までさせるつもりは無かったが、そんな言い訳に意味はない。
「サタナさん、さっきからちゃんと取引所の方見てます?」
「あ、ああ。」
正直失念していた。慌てて視線を前方にやる。白髪の男が出てきた。だから見ていない事がバレたのか。
彼女を見ると、あの男では無いようだ。
自分はまだ動揺している。この娘は自分が襲われている時、ただ見ていただけの自分に今背中を預けているのか?なぜ?女性にとっては耐え難い体験のはずだ。
「ごめんなさい。私、ボツワでサタナさんの使令を見たことあります。もし、私が何か策を考えていたなら、相手にも私にもアレを見せるのは得策じゃないですものね。」
「何故?」
今後も俺に背中を預けて平気なのか?と聞きたかったが、彼女の答えはそれに応じたものではなかった。
「穴の空いたシャッターから入って来た瞬間には中の会話を知っていたり、そもそもあの場所だって分かって来たり?ですかね。あちこちでも癖のように盗聴もされてるみたいだし。」
「何故、それでもまだ俺を使おうとする?」
「だって声をあげたらすぐ助けてくれたじゃ無いですか。本当のピンチだって分かったからでしょう?アレはただの私達二人のコミニュケーション不足が原因です。もっと私がサタナさんの事分かっていたり、私の事をサタナさんが知っていればあんな目には遇わなかったもの。それに、私も相談無しにラブラブ設定とかに付き合わせたのでおあいこにして貰えれば。あ、言っておきますけど私男性経験豊富な方じゃ無いので結構傷つきましたよ?自分からほっぺにちゅーもサタナさんが初めてなんですから!」
いつのまにか剥き終わっていた栗を半分に割って小さい方を食べ始めた。彼女は自分の腕の中で美味しいっ!と足をバタバタしている。
ご主人様は「あの娘は天からの使いだ。自分と同じように仕えるように。」と命ぜられた。これは恐ろしすぎる天使様だ。
「サタナさん、あーん。」
口に大きい方の栗のカケラが放り込まれた。
「とっても美味しかったから半分こです。」
口に広がる甘い味。
かの世界から来る娘達は何故これほどに自分の感情を揺さぶるのか。
小さな身体を抱きすくめる。
「え?サタナさん?!」
声がひっくり返っている。この仮の主人はアンバランス過ぎて危うい。
「まぁ、ラブラブ演技っちゅう事で。」
思ったより長く仕える事になりそうな予感がした。




