54 ラグビーのボールは楽じゃない
「ところで、ウランさんはジェード君を警戒していらっしゃるんですか?」
のほほんとお茶を飲んでいる最中だったので、不意を突かれたディナさんは咳き込んだ。
「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
背中をトントンしたら、ディナさんが手で制した。
「だ、大丈夫です。こちらこそ失礼致しました。」
それから、二、三回深呼吸して気まずげに続けた。
「そんなに私、露骨でしたか?」
「露骨というか、違和感がありました。古文書のある部屋でジェード君だけが外、残り全員中って状況避けてらっしゃったような気がして。」
ディナさんは私付きのメイド兼ボディガードとして同行するようにご主人様に指示されているはずだ。けれど、いくらサタナさんがいるからといって、それにしてはニアメでもボツワでも私から離れすぎな場面が多かった。
しかも、ジェード君が一人にならないように彼を監視しているような動きに見えた。
サタナさんの実力をウランさんはともかく、ディナさんは知らないはず。主命に忠実なディナさんが攻撃化した魔獣が居得る場所で私の側にいるよりジェード君を見張っていたと言うことは、そう命令があったはずだ。ウランさんはジェード君に何を思っているのだろう?
「必ずしも警戒されているわけでは無いのです。」
どうやら、私に内緒というわけでも無いらしい。
「ご主人様からは、ジェードさんの行動を報告するよう命ぜられています。人間に育てられた魔人である事以外は先入観無く観察するように、と。
新参者なので警戒も必要だけれど、潜在能力が高そうなので有能ならば取り立てたいという意味だと理解しました。今のところ不審な点はありませんが、閉じ込められる可能性を最も回避すべきかと考えました。」
なんか変な命令。何か引っかかる。でも何が引っかかるか自分でもよく分からない。ウランさんはサタナさんの事どこまで知っているんだろう?全て知っていて、なおサタナさんの弟子を疑っているのか。それとも、知らずにサタナさんを信頼してないのか。
「たまに、こういう命令を頂くんですよ。テルラ様の時もそうでしたし。」
私が納得していない表情だったのだろう。ディナさんがフォローした。
「テルラさんの時もですか?と言うことは、私の時も?」
「いえ、えいこ様には保護魔法があったので。」
そうでした。筒抜けだったから必要ないわな。
ふむ。しかし、これはこれでとりあえず好都合。一人、もしくはサタナさんと二人で行動できるチャンス。セレスを見つけたら、二人きりで話さなきゃなるまいし。
「分かりました。もし、私の側にサタナさんがいらっしゃる時でジェード君が離れる時はそちらに付いて下さって結構です。」
「よろしいのですか?」
「はい、ディナさんでないと困る場面ではお願いしますが、街歩きなら問題ありません。どちらかと言うと、なんでかなって気になっただけですので理由が分かったのでスッキリしました。」
ディナさんは明らかにホッとしていた。
口止めされてなくても、私のボディガード以外にも任務があるとか、私の知り合いを監視してるとかは言いにくかっただろうな。でも、聞いたらちゃんと答えてくれる辺り私の事を良く分かってらっしゃる。
それにしても、あえて口止めもしてないウランさんの意図は計りかねる。私にバレていいなら、初めからウランさんから話してくれれば良かったはずなのに。
サタナさん達は思ったより早く帰ってきた。ジェード君が「僕たちからのお土産〜!」と私とディナさんに包みを一つずつくれる。
ディナさんとお揃いのすみれ色のショールだ。
「お祭りのカラーの一つなんだって!」
サタナさん達は同じ色で揃いのタイをしている。
「明日は、午前中は結晶捌きに行くん付きおうてな。その後は祭りや!」
お揃いだ。嬉しい。
「ありがとう!嬉しいです。」
ディナさんと一緒に頭に巻いてみる。
「このように巻くのが流行りですよ!」
ディナさんも嬉しそうに教えてくれる。
やる事はやるけど、俄然お祭りが楽しみになった。ワクワクしながらその日は眠りについた。
しかし、である。
次の日、宿から皆で出た直後から誰かにつけられていた。なんで分かるかと言うと相手がド下手クソな上に複数人だから。
と言うか、そもそもあまり隠れる気が無いのかもしれない。
道はそれなりに混んではいたけれど、異様にぶつかったり近づいてくる人が何人もいる。さりげなく私を真ん中にして歩いてくれるので助かった。前を歩いていたサタナさんが、私を隠すようにスッと動く。その時、右側にいたディナさんに思いっきりぶつかってくる人がいた。しかもショールを強奪する勢いで。
ショールは頭からは脱げたけど、首にひっかかって盗られはしなかった。
「ちょっと!」ディナさんが怒ったけど犯人は逃走。
「コレ持ってなかったらとっ捕まえたのに。」
ジェード君は両手に持った結晶の袋を揺らす。
まずいな。と小さな声でサタナさんが呟くのが聞こえた。
その後は相変わらず つけられてる気配はするがぶつかる人は激減した。ほんと嫌な予感しかしない。
結晶の取引所内には付いてこなかった彼らだが、換金して外に出たら再び、である。しかも、なんか増えてるし。
大量の結晶をみんなで運んでいたから、強盗かスリ予備軍とも考えられるけど、むしろそっちなら(サタナさんとかが)返り討ちに出来るだろうからマシなんだろうな。
「ディナはん、えいこサンとこの店見てて待っててや。野暮用済ましてくるわ。」
小さな雑貨店の中に私達を置いて、サタナさんとジェード君が外に出た。ディナさんを見るとコクンと頷いたので、ついてきた人達をなんとかしに行ってくれたのだろう。
しばらくして二人とも戻ってきてくれた。店を出ても奴らはいない。
流石!今度こそお祭りを楽しまなくちゃ!
お祭りのテーマはどうやら虹のようだ。ディナさんに聞くと、虹の精霊を表していて太陽と恵みの雨に感謝するニュアンスだった。こちらの宗教観が分かってないからズレているかもしれないけれどだいたい合っているだろう。
お昼ご飯はマーケット広場の食べ歩きで済ませた。王都の屋台は薄味な素材重視の食べ物が多かったが、こちらはガツンとしたハイカロリーな物が多くて幸せです。王都→フライドポテト、ナイロ→ビザ味フライドポテト、みたいな。毎日だと太っちゃうなー、と思いながらディナさんとシェアしながら色々試した。ディナさんの筋肉は飾りじゃないので消費カロリーも多く、つまりよく食べる。
メイン広場の方に行くまでに、再び何人かついてきた。げんなりだ。その度にジェード君やサタナさんがふらっと消えて、ついてくる人数が少なくなる。そしてまた増える。流石にこの状況ではディナさんが私に張り付いてくれているから心配はしていないけれど、食べ物以外祭を楽しめていない。
ああ!イライラする!
『ママ、感知られ過ぎて気持ち悪い。』
マリちゃんだって疲れてきたようだ。
サタナさんがまた離れた直後、ジェード君が魔法で攻撃を受けた。
「街中で何してんだよ!」ジェード君が犯人に向かう。怪我はしてなさそう。
よかった、と、思った瞬間、目の前のディナさんに真っ白のどでかい袋が頭から被せられた。
「きゃ!」
え?とびっくりしたらふわりと体が持ち上がってディナさんが入って袋が遠ざかる。違う、私が拐われた側だ!
遠くでディナさんが袋から這い出したのがギリギリ見えたあたりで、「あっつうっ!」と言って私を攫った男が私を放り投げた。マリちゃんが魔法を放ったようだ。着地に備えて身構えたら今度は違う男が私をキャッチした。
そしてまた小脇に抱えられて走られる、マリちゃんの攻撃→放り投げられる→キャッチ→小脇。
なんなの!私はラグビーボールじゃない!
だいたい150センチは小柄だけど、そんなにちんまく無いわ!ポンポンポンポン投げないでよ!
気がついたら大きな虹のオブジェがある広場まで来ていた。祭りのメイン会場まで連れてこられた?
その脇の方では沢山のカップルがイチャコラしている。恋人の聖地的な一角かーと若干現実逃避気味に考察してみた。
裏路地に連れてこられると、意外と優しく降ろされたが、両手足をちゃちゃっと手慣れた感じで縛り上げられる。おっとぉ、伝家の宝刀ウランさんの愛の証が使えないじゃないかい。
「マリちゃん、手足結ばれた。」『分かったよ。解縛のを練るね!』
我が子ながら素敵すぎる。しかし、魔法発動前に路地裏に面した家の中に押し込まれた。
手足を縛られて、押し込まれるとどうなるか。当然こけます。腕で受け身を取ったけど、こけた瞬間『きゅう。』という声が懐から聞こえた。場所的に潰してしまってはいないけどマリちゃんに何らかのダメージが!
「ようやく二人きりになれたね!」
転んだまま見上げると、乱雑な部屋に似つかわしくない清潔なピシッとした服装の男の人が立って居た。
「貴方は?」
「僕はティラだよ!マリアンヌ!」
ぞぞぞぞぞっ。
それはあの小説の主人公とヒロインの名前っ!
「あの、私マリアンヌじゃ「確かに髪色と身長くらいしか同じじゃないね!でも、その髪色は滅多にいないんだよ!しかも、それを隠そうとするなんて、なんて奥ゆかしい!君はマリアンヌになれる!」
別になりたくない。もしなれても、あんな男には惚れない。ついでに、この人はティラにちっとも似てない。
「それに、その美しい声はヒロインにぴったりだ!そして、君を手に入れれば僕はティラになれる!素晴らしい!ところで、最新刊は読んだかな?」
この人ヤバイ人だ。目が異様にギラギラしている。
刺激しちゃマズイ?
「あ、生憎拝見していません。」
月並みだけど、隙をついて逃げるしかない。今のところ殺されたりはしないみたい。
なるべく、二巻のマリアンヌに寄せて答えてみる。
「そうか、でも大丈夫!今から追体験出来るからね!安心して!貞淑な君には刺激が強いだろうけれど、僕は慣れているからね!任せると良い!」
なんと、ベルトをかちゃかちゃ言わせ始めた。
しまった、最新刊は主人公とヒロインが結ばれたとかなんとかサタナさんが言ってた。もしかしなくても、そう言う意味ですか?




