39 バラしちゃった
自分で分かるくらい青ざめてしまった。
けれど追求される事なく「ふむ」と言ったモートンさんは暖かい紅茶をゆっくりと手ずから入れてくれた。
「全てをご存知でも、わしは驚きませんぞ。初めてサタナと会った時、天使様はサタナが名乗らなかったにも関わらず名前を知っておられた」
覚えて、無い。あの時はあまりにも余裕がなさすぎた。私はあの時薄氷を踏んでいたんだ。
「それに、陛下にも申しませぬ。我が主はわしが隠し事をしている事は知っておられるが、決して暴かれたりはなさいませぬ」
ミルクたっぷりの甘い紅茶だ。いくら私が前世の記憶を待っていても人生経験はトータルして四十五年。モートンさんは四倍以上の時を生きてきている。この人に隠し事をしながら上手くお願いだけ聞いてもらうのは無理だ。
それに私の知識通りなら、サンサンに不利益にならない限り彼は切り捨てない。
確信してほぼ全てを話す事にしよう。一つ息をついて切り替えた。
「私やテルラさんはあちらの学校からこちらに来ました」
私が全てを話すことにした事はその一言だけで伝わったようだ。モートンさんは優しく頷く。
「その学校で本を読んだんです。それは魔女の冒険記でした」
ゲームを説明するのは難しいので、そこは変えて話す。
「それは、こちらの、あの魔女の冒険記かの?」
「こちらの冒険記でしたが、これから先に起きる話です」
「先ですと?」
モートンさんが険しそうに目を見開く。
「私はその本を最後まで読んだわけではありませんが、その中で先ほどお話しした場所と、谷底と山頂が世界を救う鍵となっていました」
「救うというのは」
「世界を分断する方法ともう一つありました。それから、その本の中では陛下やウランさんの研究は実りません」
「他に方法があると?」
「はい。最後までは読んでいませんので詳細は分かりません。だから、私はそれを知るためにあの地へ行きたいと思っています。私に魔力や聖力は関係ないので」
モートンさんでも流石に受けた衝撃は大きかったのか、彼はしばらく唖然としていた。
「未踏の地に行きたいと言えば、皆止めると思いました。それに、その物語でも聖人と魔人の協力は必須でしたので、光の国の重要人物にも接触したいと考えています」
前を向く。闇の、さらにその闇の元締めに真っ直ぐ依頼する。
「力があり、私を危険に晒すのを厭わない方を貸してくださいませんか?」
「あぁ」と声にならない返事をし、こくこくと頷くとモートンさんはずるりと椅子に倒れこんだ。慌ててモートンさんに「大丈夫ですか?」と尋ねながら助け起こした。
なんか、十歳くらい老けている?あ、二百歳も二百十歳も変わらないか。
「女神様は誠、いらっしゃったのですな」
「私は女神ではありませんよ?」
ポツリと呟いたモートンさんの言葉を反射的に訂正した。
「貴女様が女神ではなくて、他に誰がおりましょうか?」
そんな事言われても、こんな並顔の女神は嫌だ。それに第一、
「女神候補は後一年後に現れます」
「一年後?」
「私の目的は元の世界に帰る事と友人である彼女を女神にしない事です」
「女神に、しない?」
それは、この世界の正義である女神を否定する発言。モートンさんは耳を疑っているようだったけれど、咎めたりはしなかった。
私は世界平和を目的にしているわけでは無い。そんな博愛的で気高い精神は待ち合わせていない。もちろん、みんな幸せならそれが一番だけど。大事なのは自分、友人、それからのその他だ。
「人の性でしょう?清らかで素晴らしい彼女を無事に帰そうとするのは。もし、彼女が残りたければ止めませんが、それは女神が不要な世界に、です」
「女神の正体を、ご存知か?」
モートンさんの紅潮していた顔が一気に白くなった。
「思い至ったのはこちらに来てから。マリスの魔力回復の様子を見てからです。女神とは意識を手放し、肉体の時間を止めてひたすら魔力と聖力を運ぶ器になる事ですね?」
主人公は『世界の力の量』がある一定まで下がれば元の世界に戻される。だから、その一定を切らないようにしながら、ひたすら山と谷の魔力と聖力を運び中和し続ければ世界は滅びない。つまり、生きたままの、文字通りの生贄だ。死すら許されずただ道具として使われる。女神と言う名をつけて、壊れないように大事に永遠に。バットエンドのスチルの題名は『二度と目覚めぬ女神』だった。
「それをお話しになるとは、私の罪までご存知でしょうな」
「ひなた様を女神にされなかったからこの話を持って来たんです」
女神による解決はこの世界にとってある意味一番幸せな方法である。しかし、女神を現す方法を知りながら、世界の幸せと陛下の思いを天秤にかけて、聖女を元の世界に帰した。だからモートンさんはその点では信用できる。
「それに、もし罪というのであれば、私の方が大罪です」
「大罪ですと?」
「私の世界にあった本では、少なくとも世界を救う直前までは行っていましたが、その道を消しました」
「どういう事ですか?」
「その本では陛下もウランさんも先日の事故で亡くなられていましたので」
「……それは、さぞやテルラ殿とわしが反目していた世界でしたでしょうな」
「はい」
驚きで色々突き抜けてしまったモートンさんと、ふふふと笑い合った。
モートンさんにサタナさんのを確約はしてもらえなかったけど、とりあえず好感触。
さて、部屋から失礼しようと席を立つと、「モートン殿、失礼しても?」と、ウランさんが入ってきた。
『ママ!』
マリちゃんが飛びついて来る。
「おや、えいこサン。こちらに?」
何やら嬉しそうな顔をしているのは、私がウランさん好みの服を着ているからですね?ゴシックロリータ調の服は確かにモートンさんの部屋にとてもマッチする。
ちなみに、それ以外の服は部屋から撤去されてしまい、選択肢がない。
『ママは僕が守るから安心してね!』
何故か鼻息が荒い我が子。
「何かあったのですか?」
「少し会議で揉めましてね」
ちょっと困った顔をしている。詳細を語らないのだから、私も聞きません。
「うむ、では小さな魔道士殿、魔力を見ても?」
『どうぞ!』
感知されたのか、マリちゃんがビビビッと緊張した。
「ほう、これは」
『どうですか?』
「面白いことになっておるな。ウラン殿も是非」
「私は毎日見ていますよ」
そう言いながらも感知したようだ。マリちゃんがまた、ビビビッとなる。
「これは」
「どうしたんですか?気になります」
むぅ。ママを蚊帳の外にしないでほしい。
「マリちゃんが魔人並みの魔力に見えると言うより、えいこサンが魔人に見えますね」
「容姿も含めると来訪者に見えるでな」
ん?どゆこと?
「魔力ってどのように見えるんですか?」
「見えるというか感じる、ですかね」
「見えぬものに色を、匂いを知らぬものに香りを説明する程に難しい。例えるなら、魔人は強い光を発し、マリスは弱い光を発するようなもの。えいこ殿がマリ殿を乗せておると、とても弱いマリスを来訪者が守っているようにしかみえぬ」
某無双ゲームで敵か出現し過ぎて、わちゃわちゃHPバーが被ってる感じ?
マリちゃんは『僕が魔力高いんだよ!』と不満そうだ。
「そう見えちゃうくらい、マリちゃんが立派だって事ね。ママは嬉しいな」
と言ってあやしておく。
「では、お仕事もあるでしょうし、失礼します」
幾分か満足したマリちゃんをウランさんに渡して部屋を出る。会議で揉めたのだから、それの解決のために今から雑談という名の狐と狸の化かし合いでもするんだろう。
自室の前に戻ると、大地君が入り口にもたれるように立っていた。
「今、時間あるか?」
すこし首を傾げ、流し目気味に聞いてくる。
なんで君は今そんなに無駄に色気を飛ばしているんだ?
「今日はもう予定ないよ」
「ちょっと付き合ってくれ」
スッと腰に手を回されエスコート。
なんだ?どうした?何食べた?
チラッと顔を見上げると、周りを警戒している様子。
しからば、流されておこう。
――――――――――――――――――――――――――
あばばばばばばばば。
流された結果、馬の上で大地君に背中にしがみついている。
魔法の力かなんかでしょうけど、特急電車並のスピードじゃなかろうか。
抱きつくの恥ずかしいとか、落ちたら死ぬとか、そういうレベルじゃなくて、
ワンピースが膨らんどんねん!
風圧がっっ!飛ぶっっ!
あいうぃしゅあいうぁーあーばーどぉー!
あの色気は?あの流れで馬ならもうちょっと他にあるでしょ?王子っぽいやつとか!知らんけど!
どひーっと思ってると緩やかにスピードが落ち馬は止まった。
振り返った大地君は、ようやく息も絶え絶えの私を見て気づいたらしい。
「あ、わりぃ」
それ、謝罪の仕方として間違ってるよね?
どうせ大して効かないんだから、グーで殴ってやろうかと思ったけど、目の前の光景に全て飛ぶ。
着いた先は少し太陽が傾きかけているの水平線。
「海だー!」
降ろす時はちゃんと扱ってくれた。
いや、馬に乗せてくれた瞬間までも、びっくりするくらい紳士だったね。
波打ち際までうおーっと全力で走って、とりゃーっと全力で戻る。
「はぁ、はぁ、こ、こっちの海って、安全?」
そうだ、海からクラーケンが『やっほー。』と出てきたり、怪鳥が『ちょっと夕食ご一緒しない?(副菜として)』とか現れたりしかねない世界だった。
「ここは日本と変わんねぇよ。じゃなきゃ、先に説明するなりなんなりするだろが」
いや、あんたはさっき、うっかりモブを落馬で殺しかけたんだぞ。と思いながらも、欲求に勝てず海に走る。
濡れない所で靴と靴下を脱いで、ばしゃーんだ!
おおぉお、気持ちいいくらいのナイスなひんやり感!小さな魚!癒しじゃー!
バッシャバッシャやってると、「眩しーな」と大地君が目を細めた。
十六歳も十八歳も眩しさは変わらんだろーがと思いながら、大地君を見ると
夕陽を見てました。
自信過剰失礼しました!マジで声に出す前で良かった。
「大地君は来ないの?」
「いや、俺の役目があるから」
「役目?」
「えいこサン、この後どうやって靴履くんだよ?」
「ぁ」
拭くもの無い……。
恥ずかし紛れに言ったのに、余計に恥ずかしかった。
「夕方は急に冷えるから上がるぞ」と言って大地君がタオルを持ってやってくる。
気分的には海に引きずり込みたいが、それやるとスカートが死ぬ。
そしてそのまま馬に乗ったら冷えて落馬だ。ぶるぶる。
タオルを受け取ろうと波打ち際まで行きタオルに手を伸ばした。
その手を引かれて、あっという間に抱き抱えられる。
「……ここじゃ、また濡れるだろ。。あっちだな」
え、なに?やっぱ何か変なものでもお召し上がりに?ベニテングタケ的な。
お姫様抱っこから、大地君の胸辺りまで高さがある岩の上に座らされた。夕陽がまだ暖かく見える。
「靴取ってくるから大人しくしてろよ」
いや、とりあえずそのタオルくれ。
後ろ姿を見ながら、様子がおかしい大地君に仮説を立てる。
①頭打った
②怪しいキノコを食した
③その他
振り返った大地君の表情を見て、③だと分かる。思ったより早かったな。
三十路のおばさんからすると、彼の方がよっぽど眩しいわ。
戻ってきた彼に声をかける。
「話ってなに?」
言い出しやすい様にあざとく小首を傾げて、背中を押す。
私の膝に頭をもたれかけた。猫みたい。
「会議でミスった」
「お疲れ様」
柔らかい瑠璃色の髪を撫でる。素晴らしい手触りだ。
猫だ猫。超美形の猫。だから上目遣いでじっと見られても大丈夫。
自己暗示をかけていると、大地君が口を開いた。
「月が綺麗ですね」
月よりも綺麗な目の彼に私は見つめられた。




