18 狼なんかこわくない
「ちょっとええか」
応える前にサタナは荷台に乗り込んできた。
「もうすぐ村やねんけどな」
「え。村が近いなら、馬置いてちゃ危ないですよ!」
ジェードが慌てる。
多分、馭者のいない馬を見つけても盗まれないような治安では無いのだろう。
「俺の部下が追いついてきてん。そいつに任しとるから大丈夫や」
サタナは「せやけどな」と苦笑いで続けた。
「軍入ったら相手見て言いや。上役さんには話遮られるんあかん奴もおるしな」
「すみませんっ」
ジェードは小さくなって謝った。どうやら彼は軍に入るらしい。
「俺は、あれや、なんちゃって上司やからええねん。それに、そーゆーん気ぃつくの大事やと思うで」
サタナはそう言ってジェードの頭をもしゃもしゃした。
もふもふ……うらやましい。違う違う。サタナは相手の心を掴むのが上手いキャラだ。分かっていても気をつけないと。
「で、や。王都までは荷馬車でえっちらおっちら帰ってたら数日かかるし、それ以上に何人も北側を通れる分の魔力の結晶の蓄えはあらへん。ジェード、馬には乗れるか?」
「乗れます」
「よし、ほなら、俺らは馬で南下して山避けていこか。南西は魔人の街や。勉強にもなるやろ」
俺ら?
「えいこサンは次の村で、転送円で王都まで送らしてもらうわ」
「転送円使うんですか!」
「うわー、すごい、いいなー。あ、でも間近で見られるんだ!」と、ジェードがはしゃいだ。
てんそうえん?転送円。ゲームを思い出す。そう言えば主要都市間をワープ出来る施設がそんな名前だった気がする。
「えいこサンに説明するとな、村にある転送円っちゅー魔法陣の上に乗ったら、王都にある転送円とぴゅーっと交換されんねん。そしたら、乗ってる人もぴゅーっと行けんねん。どや」
どや。と申されましても。
あれ?転送円ってゲーム中盤まで使えなかったような?何でだっけ?
「私だけ先に王都に行くって事ですね」
「ごめんなぁ、寂しいよなぁ。せやけど狼どもと一緒にうら若き乙女が何日も安全でいられる保証はないやろ?」
ヨヨヨと泣くふりをするサタナ。突っ込むべきか、突っ込まざるべきか。
「えっと、馬には乗れないからですね」
「なんや、狼どもは怖く無いんかいな」
「サタナさんもジェードくんも怖く無いですよ」
「……そうか、大人の魅力がまだわからんにゃろな」
うんうん。サタナさんは1人頷いていた。
その横でジェードくんは、「僕もサタナさん怖く無いですよー」とか言ってる。
「他にもまぁ、理由は色々あってやな。王都でえいこサンの事、そらもう首なごーして待っとる奴がおんねん。村着いたらすぐ送ったるさかい。そのつもりでな」
サタナさんは手をひらひらさせながら、ウインクした。
サタナさんが荷馬車を操って再び動き出した。側で馬では無い音も並走しているようだ。馬ではない足音は軽くて早い。部下と言われる人だろうけど、ゲームの中で馬以外の家畜って何がいたっけ?
「せっかく一緒に勉強できると思ったのにな」
ちぇっとジェードくんが口を尖らせる。可愛い。でもあなた同い年くらいじゃなかったっけ?
その女子力、おねーさんは狼に襲われないか心配だよ。
「王都に行ったら一緒に勉強出来るといいね。次会える時まで私も頑張って色々学ばなきゃ」
「そうだね、教えあいっこしようね」
教えあいっこ……そう言ってはにかむ彼が尊すぎて目が潰れそうだった。
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馬の頭越しに村が見えてきた。通信通りの時間に彼女を送ることができそうだ。
「教えあいっこなぁ」
出来るんやろか。とサタナは誰ともなく呟いた。魔力を変化させて盗聴する情報収集は彼の本職の柱の一つだ。すでに通信で送った情報から彼女がどう調理されるかは分からない。
「さて、俺は名乗らへんかったんやけどなぁ。えいこサン、あんた何者やろな」




