17 異世界に来ました
「さて」
一息ついて、倒れた魔人をひっ掴みサタナは荷馬車に近づいた。
「首尾よういけたか?」
馭者に尋ねながら幌の口を開く。
そこには意識を失ったままのえいこが毛布に包まれていた。
サタナは感知と呟いた。
「生きとんねんなぁ?この娘」
「呼吸、脈拍共に正常です」
「ちょーっと、魔力かけてみたいけど、この子多分『えいこサン』やろなぁ。あのにぃちゃんに殺されたらシャレにもならん。まぁ、取り敢えず報告やな。いつも通りに頼むわ」
「承知しました」
サタナはぽいと魔人を荷馬車に放り込むと、荷馬車を操る。先ほどの馭者は、返事と共に消えていた。
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ピタピタと温かい手が頬を叩く。
「ぁ」
「わあ、顔色が戻ってきた。顔面蒼白だったから心配したよー」
だんだん?……の声じゃない。
目を開ける。
「ねぇ、君も力を制御できなくて回収されたくち?」
人懐こい笑顔のイケメン。
クリーム色の髪には赤茶のメッシュが入り無造作に一つにまとめられている。瞳は紅く爛々と燃えていて、意志の強さと好奇心が覗く。
この人は……
私はこの人を知っている。
思い出したばかりの記憶が形を結び、慌てて外を見た。
見渡す限りの荒野。
ガタガタ揺れる荷台の中。
隣には見たことはある困った顔のイケメン。
私『山下えいこ』は自分の間の悪さに絶望して思わず涙をこぼした。
よりによって、前世でプレイしたことのある乙女ゲーム『隔たれし君を思う』の世界に転生していたなんて!
よりによって、ヒロイン達の転移に巻き込まれるなんて!
そして、
よりによって、記憶を取り戻すのが転移した後だなんて!
「う、うう。」
涙を止められない。
一志。
……一志。
私、死んじゃったよ。
死んじゃってたよ?
「起きたか?」
荷台の前方から声がかかり、揺れが止まる。
ダメだ。泣いてる時じゃない。
今は、泣いてる場合じゃない。
手元にあった毛布で顔を見てぐいっと拭くと、困り顔のイケメンと目が合った。
気まずげな彼の雰囲気は、ゲームで知る彼より若干幼い。
「急に泣いたりして、ごめんね」
にぱっと笑う。
知らなければならない。
ここは、いつなのか、どこなのか。
何回めの世界なのか。
「ううん、いろいろあったんだよね、きっと。どこか痛くは無い?」
「大丈夫。ありがとう」
「ん、女の子泣かしたんか?あかんでー」
明らかな軽口を叩いて、商人風の男が顔を出した。彼はサタナ、だ。記憶とほぼ同じ風貌。
全体的に黄土色の髪だが、光が当たった所は仄かに青紫色を発する。鋭い目元が優しく緩む。
「いえ、ちょっとびっくりしちゃって。すみません。彼にも迷惑をかけました」
ペコリと頭を下げた。
「いやいや、俺と同じクチかなと思って、軽く声かけちゃったんだけど、まさか攫われたとは思わなくて!」
「へ?」
「は?」
手のひらををブンブンと前に振る彼はおそらく勘違いをしている。そういえば少々早とちりなキャラクターだった。
「んなワケあるかい!」
サタナが鉄拳制裁を下す。
この隙にどこまで何を話すか逡巡した。
「あの、私学校にいたはずなんですけど、気がついたらここにいて……。なんでこんなところに?」
礼儀正しく名乗ろうかと少し考えたが、まだ混乱しているという雰囲気を重視した。
今のサタナはダメだ。
サタナのバックについてる人がどういう状況か分からない。目立つ振る舞いをすると、最悪、いなかった事にさえされかねない。
「ああ、うん、君な、えいこサンちゃう?俺の上司が探してんねん。えっとな、なんやったかなあのーにぃちゃんの本名、忘れてしもたわ」
えーっとえーっとと、一生懸命サタナは額に指を当てて考える。
大地君が私を探してる?
私をえいこサンと呼ぶのは海里君か大地君で、海里君は私が祠に落ちた事は知らない。大地君なら『ちびはるこちゃんのストラップ』が引っかかって私たちが落ちたとこまで感じた可能性がある。
「えいこは私です。でも、上司?ですか。私を探している心当たりはいますけど、私と同じ年の、大地って言う名前の男の子なんです」
「そうそう、大地。今な、テルラって名乗ってはんねんけど、魔王軍の偉いさんやで。ま、詳しい事は会うた時にでも本人に聞いたって。今一応向かってるし」
そう言ってサタナは再び馬を走らせに戻った。
魔王軍に大地君がいる。
魔王軍に海里君でなく大地君がいる。
魔王でなく、魔王軍にいる。
情報を噛み砕き、一旦頭の片隅に仕舞う。
おおよそ自分が置かれている時間軸は把握できた。その事について、深く考えるのは一人の時でいい。
先程から目をキラキラさせてこちらを見ているジェードに向き合う。
「あの?」
「君、もしかして魔女なの?」
「ごめんなさい。よく分からなくて。魔女って何?」
「異世界から来る女の人で、世界を救ってくれる人!」
「……ここが、私のいた所と違う世界なら異世界から来たんだと思う。やっぱり、ここには魔力とかあるの?」
大地君の髪色が青く見えたり茶色に見えたりしたのに関連した力なら、私が待ってる力はお察しだろう。多分、魔女とか聖女とかではないはず。だって、女生徒Aだし。
「魔力はね、あるよ。俺、魔人なんだけど、人間として育ったから説明できるほど詳しく無いんだけど」
ペロリと舌を出したジェードは犬を彷彿とさせてかわいい。お菓子をあげたくなる。
「人間として育った魔人なの?」
今の私は本当は知ってるけど、不自然にならないように彼に聞いた。
「そう、みなしごだったんだけど、人間の村で育っちゃって。それで、俺も人間だと思ってたんだけど、なんか最近、力が制御できなくなってきてさ。あ、俺魔人だったっぽい!って。慌てて村から飛び出して来たんだけど、力は相変わらず扱えないし、困ってたんだ。そしたら、さっき助けてもらって、これから魔人の力の使い方を教えてくれるんだって!」
「説明下手だけど分かるかな」って一生懸命喋る姿は完全なる芝犬だ。髪の毛もふわふわ。頭モフモフしたい。
「君が魔女で、魔力使った事ないなら、一緒に教えてもらうのかも知れないね!」
彼は違和感なくスッと手を出した。
「そうだ、俺、ジェード!仲良くしてくれると嬉しいな。これからよろしく!」
「こちらこそよろしく」
握手を求められた経験なんて無いから、ちょっと爽やかすぎて面食らった。
しばらくおしゃべりしていると、馬車の外に馬以外の何かが近づく音がした。サタナの話し声がするが、馬車の音に紛れてよく聞こえない。
そして、馬車が止まった。




