15 異世界
この世界は神の気まぐれで造られた。
愛する我が子である、数々の星々とは違う。その証拠に、この世界には名前が無い。この世界には神がいない。
けれど、気まぐれの、その気まぐれでほんの少しの慈悲だけ残された。
それが救い人である、来訪者。
圧倒的な器をもち、圧倒的な力を操る事ができる。
特に女性であれば、時に聖女と呼ばれ、時に魔女と呼ばれ、その時代時代の世界を癒した。
そう、ただ癒すだけ。
聖の力と魔の力の高まりにより、世界は滅ぶ。それをほんの少し遅らせるだけ。
世界は何度も滅び、何度も興り、抗い、そして滅ぶ。
しかし、世界の初めより絶えたことのないある一族には言い伝えがある。来訪者が聖女でなく、魔女でもなく、まさしく女神であったなら、世界はその時愛されたのであろうと。許されるであろうと。救われるであろうと。
〜『隔たれし君を思う』プロローグより〜
二十歳を幾ばくか過ぎたであろう金髪の男が、荒地に立つ。武官然としたその姿は強くしなやかな剣を思わせる。
男の名はカナトと言った。絶えぬ一族と呼ばれる血を引き、東に勢力を持つ光の国で地位を築いている。
「未だ御印は現れぬ、か」
来訪者は概ね、光か闇の国のどちらかの神殿や教会に現れる。
しかし、女神を信奉するこの一族には、光の国も闇の国にも属さないこの荒地が『特別な場所』であることも伝わっていた。
世界が緩やかに終わりを告げつつある。聖の力も魔の力も余り始めている。
闇の国には来訪者が訪れたとも聞く。
女神が降りられるかもしれない。
長く一族の悲願であった瞬間を目の当たりにできる時代に生まれたことは、世界の終わりへの恐怖に優っていた。
「顕現なさるなら、この地であるだろうに」
本当は毎日ここで待ちたいくらいだが、そうもいかない。仕事は山積みだ。
一番に駆けつける名誉も戴きたいが、女神が不自由なく過ごされる環境も整えなくてはならない。
それに、女神が現れれば何がしかの、例えば光り輝く虹などの知らせがあるであろうと踏んでいた。それに女神もまた、他の来訪者と同じように神殿に降りないとも限らない。
いつも通り一通り荒地を馬で駆け、最後に空を見上げた。
人が降ってくる。女だ。
心臓が跳ねた。
女の降りたった辺りへ急ぐ。
「感知」
聖や闇の力を感知する。生けとし生けるものは、これで感知できる。力の枯渇による気絶でさえ、反応は見える。
「死んだか」
視界にある小さな生き物や植物の反応しか無い。ましてや、聖人や魔人どころか人間の反応すら無い。
それから、自分は期待による幻を見るほど柔な精神力でも無い。骸とはいえ上から降ってきたのだ、確認せねば。
今、死角になっているところが見渡せる場所に移動する。
いた。やはり女。しかし、外傷は見られない。幼さの残る少女の遺体を野晒しにするには流石に気がひける。
「我らが女神の慈悲に触れん」
簡易に祈り、手を伸ばす。
「かず、し、に会わな、きゃ」
死体が口を聞いた。いや、生きている?目は閉じられたままだ。気絶状態か?しかし、感知できない。
横たわる少女を凝視する。百数年前に降りたった聖女と同じような衣装を身に纏う。髪色は黒。その色はこの世界では特殊であった。
もしや、と思い震えながら幾ばくかの聖の力を注ぐ。光はまろやかに霧散した。
聖の力も魔の力も持たない。そして、過去に存在したことの無い黒という髪色。人でも聖人でも魔人でも無い。そして、歴代の聖女や魔女とも異なる。
「女神が現れた」
永らく待ち望んでいた主人にカナトは膝を折った。