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ウランエンド中編

 記憶が戻ったのは祠に触った瞬間だった。




 聖女が現れる少し前、己に記憶に欠如が起きている事に気がついた。心血を注いでいた研究の目的すら思い出せない。白鷹に吹き込まれた、聞き覚えはある心惹かれる声。それが誰だか思い出せない。

 思い出せないにも関わらず、それらを消す事も出来ない自分がいた。


 聖女と共に守護神創造を成し遂げた後、その神は褒美として願いを叶えてくれた。だから、消された記憶を復元させた。他の願いが思いつかなかったからでもあったが、それも当然だった。主人を亡くした自分は、最愛を誓った相手以外に欲する物なんてなかったのだ。残りの人生を研究にかけて、彼女の元に転生する術を完成させた。互いに障害の無い時に出逢えるよう計算し尽くし、それまで己の記憶は封じておく。生まれた時からこの記憶があれば、堪らず彼女が異世界に行く前に彼女に迫ってしまうだろうから。


 祠に触れて予定外に記憶は蘇り、眼前に彼女がいた。そのまま連れ去る訳にはいかない。そこには美衣子もいた。

 自分の立場自体に執着は無いが、欲望のまま行動すれば己は破滅する。彼女を傷つける。彼女を全てから引き離し閉じ込めておく事は可能だが、それは自分が彼女の笑顔を失う事と同義だ。

 己の理事という立場は美衣子のために、自分に与えられた権限であり彼女が卒業時には兄に返還する。更に二年経てば全ての障害は無くなるはずだ。その障害が何かという事にも、心当たりはある。

 それが解消されるまで気持ちは隠し通すべきだ。


 分かっているが、声が聴きたくて堪らない。美衣子の件があるから、全く接触しない訳にもいかないから、と言い訳をして麻薬に冒されるが如く彼女の事を調べ、彼女に自然に接触できるよう整えた。車や携帯を手配し、魔法の練習をして機会を待った。

 己に五年も早く記憶が戻ったのなら、代わりに彼女が五年間あちらの記憶を無くしているのかもしれない。記憶がない事さえ、確認できれば待てる。障害を取り除きながら、女狐から守りながら待つ予定だった。


 彼女に記憶があった事も、彼女には想う相手がいるはずなのに自分のキスを彼女が拒否しなかった事も、全てが予定外だ。

 ここまで来て、手放す事は出来ない。

 邪魔な物は排除するしかない。

 彼女の相手も、己の婚約者も。



――――――――――――――――――――――――――


「しーまん、しーまん、昨日見たよー。車の乗り心地はどーだったのかなー?」


 もっちゃんは例に漏れず情報通過ぎる。昼休み早々に話題を振られて、逃げようがない。


「なになにー。何の話ー?」

「昨日、しーまんと例の理事が車に乗ってお帰りになるの見ちゃったんだよ」

「理事って……浦西理事?」

「昨日日直で残らされたんだけど、すごい雨だったからって送ってもらえたの。濡れなくてラッキーだったよ」

「雨ったって一瞬で止んだじゃん。あんないい車の助手席は羨ましい。出来れば運転席に乗りたいわ」


 もっちゃんは車が好きらしく、その車の魅力をプレゼンしてくれた。やはりいい車らしい。だんだんは少し考えているように見える。


「しーまん、理事になんかされなかったー?」

「大地君を最後に見た時の事を少し聞かれたよ。後は特に」


 特に言ってはいけない出来事も少し。


「ふーん?」


 だんだんが首を傾けるようにして、少し不快そうに返事をした。それを見たもっちゃんは慌てている。


「だーいじょーぶだって。浮気じゃないない」

「浮気上等なんだけどね。あんなん、親が決めただけだし?」

「浮気って?」

「ここだけの話、イケメン理事はだんだんの彼氏」

「違うよー、ただの許婚だよー。てか、なんでもっちゃん知ってるんかなぁ?二人とも絶対口外しないでね」


 許婚?むしろ彼氏より重くない?頭が真っ白になった私の耳に、以前だんだんが夜に彼氏と出歩いたと言っていたその人が要の事だったという話が聞こえた。


「あいつ、悪い男だよ。特に利害関係でバッサリしてるから、利用されないで気をつけなよー?」


 冗談めかして私に抱きつきながら注意するだんだんに、にぱっと笑って「大丈夫だよ!」と言い返した。


 許婚って何それどこの漫画?と思ったけれど、ここがゲームの中の世界だった事を思い出した。魔法もあれば、異世界転移もある。それに比べると許婚なんてよっぽど現実的だ。


 電話で要に聞いてみるか?でも、聞いても仕方がないように思う。

 許婚は多分本当の事。だんだんが嘘を付くメリットも無いし、もっちゃんが間違った情報を仕入れるのも想像しにくいし、何より昨日要が『私が気にするような相手はいない』と言っていた。

 私への気持ちが本当で相手が皆無なら、あんな回りくどい言い方をする必要は無かったはずだ。


 私が電話で許婚の件を聞いても「卒業するまでに解消するから無問題」とか言われたらそれで終わるし、多分要も実際にそのつもりじゃないかと思う。彼が理事で私が生徒の間はどうせ何も無い。


 ちゃんと考えなきゃ。許婚を親が決めるという事は、何がしかの大きな理由があるはず。それを解消してまで私は好きと言われる程に自分に価値はあるのだろうか?

 私はウランさんの想いを知りながら、彼に何も話さずに去って行った。何度も愛していると言われながら、全く彼に誠意を見せなかった。

 彼はとても素晴らしい人だと思う。男性としてとても素敵だと思う相手だ。そんな人に好き好き言われて舞い上がっているけれど、私自身は彼をどう思っているのだろうか?恋愛の仕方なんて、とうに忘れてしまった。寂しいとか、優しくして欲しいという気持ちを埋めるために彼の想いを受け入れてはいけない気がした。


 そんな適当な気持ちで受け入れていいほどの軽い関係では無いと思いたい。



「今はお時間大丈夫ですか?」


 数日して突然彼から電話がかかってきた。一日に何度も来ないメールの確認はしていただけあって、電池も十分。


「お礼のメールを頂いてから一度も連絡がなく、少し心配しました」

「すみません。お忙しいかなと思って」

「いえ、実際忙しかったので私からも連絡差し上げなかったのですが……少し欲が深くなったようです。貴女は私にとって麻薬のようなものなので」


 違法薬物扱いとは斬新だ。


「明日は雨です。よろしければ、また?」

「頻繁に特定の生徒を送るのはどうかと……」

「明日も貴女は居残りです」


 なんで?残らされる理由も分からないし、知っているあなたも訳わからない。



 居残りの理由は失踪事件の聞き取りという名目だった。相手は要本人。そりゃ、居残らせ放題だ。

 下校ピークをずらして、要は雷雲を呼ぶ。運動部には申し訳ない。残らせたのが申し訳ないからと、きちんと先生に申告してから要は私を車に乗せた。

 幸い夕食当番でも無かったが、思ったより早く帰れそう。そう思った私に運転しながら要が軽く言う。


「今日は私の家にご案内します」


 なんで?


「ご不満でしょうが、どうしても合わせたい者がいるのでお時間をください」

「どなたですか?」

「うちの兄です。浦西家の当主をしています。本当に会わせるだけですので、ご心配なく」


 いえ、ご心配です。遠慮したい。

 しかし車に乗っている私に拒否権は無く、しかも車は高速に乗った。ジ、エンド。


 要の家は典型的な日本家屋、と言うかお屋敷だった。門から玄関まで少しあり、遠目から見ても立派な灯篭やらが置いてある。

 玄関は広いは、お手伝いさんと思しき人が出迎えてくるはで、ある意味予想通りの坊ちゃんぶりだ。

 流石にここの方々はディナさん達のノリではないだろう。小さく頭を下げて、要に案内されるまま部屋に入った。

 案内された部屋は洋室だった。客間にしては、装飾が簡素な気がする。不快ではないけれど、不安だ。何が始まるのかくらいは教えてほしい。


「あの、私は何をすれば?」

「すぐに兄が来ますので、特に何もされなくて結構です。本当にただ視せるだけなので」


 理由も分からず突っ立ってると、ドアが開いて男の人が入ってきた。要に少し似ているけれど、少し骨格が太い。年も四十歳手前のようだ。


「ほう?」


 私を見て、その人は少し楽しそうに笑んだ。それから、少し力を込めて睨まれた。こっわ。


「兄さん?」

「いや、悪い。だが確かだな。いいんじゃないか?」


 今度は破顔して、少しサンサンに似ていると思った。


「挨拶もせずに失礼した。浦西扇だ。付き合いは長くなりそうだな?」

「山下えいこです。すみません。状況が飲み込めてないのですが……」


 キョトンとした顔になって、扇さんは要を見た。


「なんだ、同意はまだか」

「何事も外堀からでしょう」

「お前は変わらんな」


 扇さんは、まるでいたずらを指摘するかのように軽く要を小突いて「またな」と部屋を出てしまった。


「これで一つ片付きました」

「えーっと、何がですか?」


 さっさと車に乗せられて家に送られる。今度は一般道だ。


「安倍晴明という人を知っていますか?」

「え、え。はい。常識程度には」

「彼の母親は葛の葉という白狐でした。それ故に晴明には特別な力があったとされます」


 ただの伝説だ。だけど油断してはいけない。ここはなんでもありのファンタジーなゲームの世界。


「特別な力があったのは晴明だけでなく、その子孫も同様でした。下るにつれてその血は薄まっていったのですが、ある時先祖返りしたとも呼べる子が生まれましてね」

「聞いたこと、無いです」

「その子が女児だったからでしょう。歴史には残らず、けれどその力を欲した者に嫁いで行きました。その末裔が我が浦西家です」

「はい?」

「つまり、私には白狐の血が流れています」


 ほらきた。


「浦西の家が狐の力を欲したのには理由がありまして……殺生石をご存知ですか?」

「あいにく」


 車がナビから外れた。遠回りドライブらしい。まだ先が長くなるのかもしれない。


「九尾の狐、中国で妲己として悪事を働き、日本に流れ着いては玉藻前として討伐された妖狐の成れの果てです。その名の通り、不用意に近づけば命を奪われます。殺生石の欠けらは日本全国に飛散していると言われていますが、その内二つを浦西家が所持していました」

「所持していた……今は?」


 あえての過去形。嫌な予感。私の問いに要は少し楽しそうに笑んだ。


「一つは数百年前にあの祠の中に封じられました。もう一つは……美衣子さんの体内に」


 だんだんの?


「美衣子さんはうちの分家から更に嫁に出た先の人です。ですが、彼女は過去の誰よりも葛の葉に近い。だから、彼女が五歳の時に祠に殺生石を封じる巫女の役目を負いました」

「失敗したんですか?」

「殺生石を無効化という点では失敗では無いとも言えますが……、殺生石の力は彼女のモノになりました。幼い彼女は吸収したその力を使いこなしているように見えました。けれど、気が馴染みきり、オリジナルの九尾の力が無くなるまで彼女はうちの監視下に置かれています。まだその気配はありますが、後五年もすれば大丈夫でしょう」


 えらく具体的な数字を出してきた。


「あれ?もしかしてだんだんとの許婚の話って?」

「ご存知でしたか。九尾を野放しにしないための契りです。私は彼女の次に葛の葉の力が濃いので。私の理事の権限も彼女にいつでも接触できるよう、三年限定で付与されたものですよ。最も、異世界の記憶がある今、私の方が九尾より勝ると思うのですが」

「なんだか、少しだんだんが可哀想に思えます……」


 五歳で巫女だなんて、自分の意思じゃないだろう。偶発的に手に入れた力のせいで監視とか許婚とか、なんだかなぁ。許婚だか、幼馴染だかの要にだって九尾と呼ばれてるし。


 雨が急に降ってきて、要は路肩に車を止めた。視界が悪い。狐の嫁入りだってこんな土砂降りにはしないだろうに。


「可哀想?そうですね、そう思っていた時期もありました。けれど……」


 要の目が金色に変わり、その瞳孔が小さくなる。そのままの目で見つめられたまま、キスされた。雨の弾幕は目の色か、キスシーンのどちらを隠すためだろう?両方だろうけれど、甘くて強いキスにクラクラしている私を隠してくれているのは助かる。


「失礼ながら、あの女狐の香りが貴女からするんですよ。無許可でえいこサンにマーキングした罪は償わせます」


 なんか、ウランさん時代から更に色々パワーアップしてない?しかし、無許可でマーキングを罪とはなんてブーメラン。

 私は軽く目を閉じた。


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