14 秋穂の記憶
クリスマスイブは幼馴染の一志と過ごす。
それがここ十年ほどの恒例だった。
家が隣同士で、小学生の間は双子のように育った。
中学で一志は引っ越しだけど、大学で再会。人生初彼氏にクリスマスや誕生日やお正月というイベントラッシュの直前に振られた時、宅飲みで憂さ晴らしに付き合ってもらってから毎年なんとなくイブは二人で宅飲みをしている。
だけど、一志は手は出してはこない。むしろ泊まりさえしない。サンタがやってくる時間の前にさっさと帰ってしまうのだ。
一志は優しいし、一緒にいて寛げる大切な相手。という建前。
なんでもない日も一緒に遊んだり、食事もする。メールも電話もする。私にとって一志は特別だった。
でも、一志からはそういう空気は出たことがない。
だから、こちらから進めない。
断られたら、私は生きていけない。
心地よすぎて依存している。
いつかはと思う。いつかは両想いになれたら、と。
でも、無理めならこのままの関係でおばあちゃんになってもいいかもと思い始めていた。
気づけばもうすぐ三十歳。毎年の恒例でイブに一緒に料理をする。一志がブッシュドノエルのデコレーションに精を出している時に、一志のケータイが鳴った。
「ごめん、秋穂、代わりに出て」
「了解」
通話ボタンを押す。
『もしもし、一志くん?明日の……指輪のことなんだけど、駅に十時……』
「す、すみません」
反射的に切ってしまった。
「誰?なんて?」
「ごめん、一志。慌てちゃって切っちゃった」
「あ、坂本さんか。後で言っとくからいいや」
明日?クリスマス?指輪?
後でってイブの夜中に会うの?
一志は聞いたら多分教えてくれる。
でも、彼女だと言われても、上手な嘘に包んで友達だと説明されても、私はどうすべきかわからない。
進まないという事はそのままの関係でい続ける事ではないんだ。
「ぼーっとして、どうしたの秋穂?風邪?」
一志が私の額に手を伸ばす。暖かな、大きな手。目を閉じる。
「ん。大丈夫そうだね」
良かったと微笑む彼が、私は大好きだ。
指輪という単語が聞こえた。来年はもう一緒に過ごせないだろう。最後のイブを楽しむ。
「じゃあ、またね」いつも通り玄関で見送る。
「秋穂……うん、また連絡する」
一志は帰っていった。いつも通り。
私は泣き崩れた。
一晩泣いて、泥のように寝て、スッキリした。
と言う訳にはいかない。三十路直前の体は正直だ。
顔はお酒と涙のせいでパンパン。夜のケーキのお陰で胃ももたれている。
究極に不細工だ。笑える。
泣ける。
聞けば良かった。すぐに、直接。
ちゃんと失恋しとけばよかった。
電話が鳴る。今は9時。一志からだ。
「もしもし……?」
「秋穂?朝からごめん。昨日の事がちょっと気になって」
「昨日の?」
声が震えそう。
「昨日、なんか変だったから。今日は会えないんだけど、どうしても心配になって」
「ん、大丈夫。ありがとう」
ヤバイ、まだ泣ける。
「今、まだ家なの?」
「後30分くらいで家出るよ。あれ、今日出かけるって言ったっけ?」
「ううん、勘。じゃ、ね。電話ありがとう」
電話を切る。
失恋しに行こう。
一志のアパートまで自転車で十分。家を出るのに十分。
そして、失恋するのに十分。充分。
彼女と待ち合わせがあるから。
彼女を大事にしなよって送り出せばいい。優しい一志が、あんまり長く私を慰める事ができる日には出来ない。
失恋しに行こう。
最低限の身だしなみを整える。
鏡に映った自分はいつもより不細工で、
いつもよりマシな顔。
自転車に乗る。
空は晴れていた。