121 染髪効果
祠に送り出した彼らはみな覚悟を持っていた。流石に武人集団。
「皆落ち着いてるね。私が出来ることほとんど無いや。」
結局自分が悔いのないように役割を貰っただけ。だけど、要望を聞いたり、少し話を聞いたり、それから各々が好きな食べ物をフユに習って作ったりした。
「いや、ありがたく思っていますよ。皆大人の男のつもりですからね、格好つけたいんです。」
今日はバンを見送る日だ。聖なる谷と魔の山の間の南端。祠の周辺も力が濃くなりやすく、凶暴化させるさじ加減が一番難しい土地だ。
「みんな格好良いよ。もちろん、バンもね。」
小さなカーバンクルなはずなのにとても大きく見える。
「…皆口下手ですが、本当に感謝しています。これまで戦いで何度も散っては戻りを繰り返していました。己の死の痛みにはさほど恐れていないんです。ただ、今回は恐らく最期になるでしょう。ようやく終わるという安堵と、ようやく願いが身を結ぶという喜びと、それから万一また戻ってしまったら、という不安を皆感じていました。今までの散り方は突然だったり、追い詰められたらして迎えていましたが、今回は違う。送り出される準備をしてもらい、心も体も余裕があります。そして、こんな立派なお墓まであるんです。」
バンはにっこりと笑った。
「不安を取り除いてくださってありがとうございます。ここまで揃っているのに、失敗するはずがない。それほどまでに完璧な終わりなんです。」
小さな手が差し出されて握手を交わす。
「必ず成功させます。だから、貴女も成功させてください。今は亡き国の神のご加護を貴女に。」
「約束します。どうかご武運を。」
すべき事が終わると私は立ち去る。今は亡き国は彼らの祖国の事だろう。皆必ず口にする、彼らの神、彼らの拠り所。とても滑稽な事のように思える一方で、それが彼らを武人たらしめる合言葉でもあるように思えた。
彼らの神は彼らに何か与えてくれたのだろうか?
その答えを知る事は無いと思っていた。
ダヤンの仕事も落ち着き、ナツとフユもかなり強くなった。さぁ、では管理者に会いに行きますか!と勇んでいたけれど、我がご主人様がここ数日行方不明。せめて行き先か帰る日かは教えてよね、と思いつつ数日を過ごしていると、突然ふらっと帰ってきた。
「どこに行ってたの?」
すこーし嫌味っぽく聞いてしまう。が、次の瞬間スライディングで土下座した。
「管理者の居る辺りに転送円設置しに行っていた。」
「お疲れ様です!」
Dは本当に親切な人だ。このままゲームに突入して、キャラ変わりすぎて役割全う出来るのか心配なくらいに。
何があるかわからないので、次のモンスターを設置した後に管理者に会いに行く日を設定した。皆それに合わせて調整してもらう。
「と言うわけで、染髪ね。」
「と言うわけって?」
「根元が黒いし、毛先は荒れてるし、あたしにそんな状況を見過ごせっての?あんたがバカにされたらあたしの立場が無いのよ!」
今日染髪して、明日と五日後にトリートメント、会いに行く日の前日にスペシャルケアの予定が組まれた。ついでに顔のマッサージ付き。カーク意外と技持ってんなぁ。ありがたいけど。
心からありがたいけど、髪をやってもらいながら食生活の指導まで入った。
「食事の方はフユにも行ってあるから!」
「あ、ありがとう。でも、カーク。私の髪なんて気にしてくれてるの、カークとハルだけだよ?」
頭皮のマッサージが最高に心地いい。
「何言ってんの?ナツも!フユも!Dだってあんたの髪の事気にしてんじゃない。まぁ、3号は分かってないみたいだけど。」
こめかみをギュッギュとやられると、気持ちいいけどちょっと痛い。
「へ?」
「アホみたいな返事してんじゃないわよ。この唐変木。オンナの髪が大事なのは古今東西異世界すら変わんないの。それを役割のためにボロボロにして、あんな綺麗な黒髪を赤茶になってるのに、あんたが気にしなさすぎ!あたしの手で着飾らせて、奴らを前に並べでもすれば、流石に分かるだろうけどねっ!」
スチームが当てられた感触があって、視界は白くなった。カークが言う通りだとすると、髪をダメにしなきゃいけなかった可哀想な私に彼らは言葉が無かったと言う事かしら?信じられん。
もしそうだと仮定して…フユはまだ想像がつく。彼は基本的に女神もどきの私至上主義。大きいだけで、基本的な反応は実はハルと同じ。ナツには…聞けない。変な空気になったら私が困る。
と言うわけで、ツヤツヤになった髪をDに見せて見る事にした。新たなるケアの原理については、一応カークから概要は聞き出している。
部屋をノックすると、返事があったので入室した。その返事の声がいつもと何か違っていたがスルー。
「新たなる美髪の技にかかってきたけど、データいる?」
カークの観察眼がどれほどかドキドキしながら、Dに近づいたけど、なんかおかしい。Dはぼーっとしている。机の上の様子等から推察するに…寝起きだな。
「D?寝ぼけてる?一回出直そうか?」
ぼーっとしているDの椅子を再び机に向かわせて、寝かしつけようと思った。
不意に手が伸びてきて、私の髪を撫でた。
「アキホ?髪キレイ…。」
ふにゃっと笑われて、どーんって来た。久しぶりのアレ。
テテレテッテレー。
えいこはイケメン耐性がレベル9になりました。
Dの顔の造りは神がかり的な美形なんです、造りは、創りだけは。性格とそこから滲み出てくる色々のせいで着色されているけれど、寝起きの無邪気な笑顔はあかんやつやった。母性本能への刺激と色気と単純に神々しい美しさのトリプルパンチ。
レベルアップしたのにしばらく固まっていると、だんだんDの目がいつも通り座ってきた。
「あ?なんで、お前がここにいる?そうか、入室を許可したか…。」
くわっとあくびをしたDは全くいつものD。惜しい。でも、いつもアレって言うのも心臓に悪い。良いもの見た、と思っておきます。そうします。
「髪を…カークに染めてもらったんだけど、また検体いる?」
「どうかしたか?話し方がおかしいが?」
「何でもありません。」
「検体はいい。おおよその原理は前回と変わらないようだ。ただし質感は良くなっているな。コーティング剤が多少異なるようだが。」
「スチーム当てたからかな?マッサージもしてもらったし…。カークすごいよね。可愛くしてもらっちゃった。」
「…気に入っているならば何よりだ。なんだ?」
嫌味かどうかの判断がつかずに思わずガン見してしまった。
「えっと、カークに私の髪の事、実は皆んなも気にしてたと聞いてほんとかなって。」
「?普通するだろう。」
あなた、普通、チガウ。でも一応本当に気にはしてくれていたようだ。
「あはは、そうだったんだ。ありがとう。もうこの歳になると自分の身だしなみとか無頓着になっちゃったみたい。秋穂の時代からだと、40は超えるからね。」
「お前は40歳の秋穂のつもりなのか?」
「16ではないよね。イメージは三十路の秋穂のままだよ。」
体力とか容姿は16歳の恩恵を受けているが、秋穂の記憶を受け入れた時点で単なる16歳のえいこではなくなったと思う。
「お前の前世は簡単に染髪するような人間だったのか?」
「え?」
「奴は髪を染める事は悪のように言っていたが?」
奴とは海里くんの事でしょう。彼なら染髪は悪だと断言しそう。
それから、ふと考えた。秋穂の時は基本的に派手なファッションは好きじゃなかった。大学時代ですら染めなかった。今回は確かに必要に迫られて色を抜いたけれど、少しも躊躇いなど無い。かと言って、16歳のえいこも他人の髪は気にしないが自分がとなると興味がない、というより避けたいと思う方だった。
あれ?私なんで自分の今の髪色全く気にならないの?
なんだかしっくりこなくて考え込んでしまったのだけれど、頭にポンと手を置かれて我に帰る。
「元の黒髪も嫌いじゃないが、今お前が満足していればそれがいい。」
Dの素直な微笑みを真正面から見てしまって、これからはDにもこういう事はやめようと誓った。