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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 機材は朝やって来た運送会社に引き渡し、後は空港に向かうばかりである。ミリアは白をキャリーバッグに入れ丁重に運びながら、リョウが呼びつけたタクシーに静々と乗り込んだ。

 まず向かうのはペットホテルである。無論予約を入れているのは、かのスウィートルーム一泊8000円である。

 「普通のでいいだろう、普通ので。」リョウは最後の悪あがきとばかりに、車中で一応そう反論を試みるものの、白を溺愛するミリアに一切効果はない。

 「ダメなの。だって白ちゃんは、『スウィート』なんだから。」やけにスウィートを強調した口調で言う。

 「にゃー。」キャリーバッグの中からそうだと言わんばかりの鳴き声がした。

 「何だよ、どこがスウィートなんだよ。コンビニの店先に捨てられてた猫だぞ。」

 「捨てられてたんじゃあないの! 天からミリアの元へやって来てくれたの。そんで、たまたま地上に降り立った所がコンビニだったの。」

 「にゃー。」

 リョウは早々に諦め車窓を眺める。さて、この見慣れた風景にも暫くの別れである。明日自分の眼は異国の風景を眺めているのだ。ペットがホテルのどのランクに泊まろうが、そんなことはどうでもいい。


 ペットホテルに到着するなり、「白ちゃん!」ミリアが今生の別れを演ずる。否、演じてはいないのだろうが、そう断じてしまう程の大仰な別れの場面を展開してみせる。「ミリアはこれから、海の向こうへ行ってくるけれど、白ちゃんのことは一日も忘れないからね。」

 「毎日、写真をメール致しますね。前回頂いたアドレスにお変わりはありませんよね。」ホテルの従業員が笑顔で言葉を投げ掛けた。

 「ああ、白ちゃんが二本足で歩けたら一緒にドイツに行けるのに。四本足でしか歩けないから、飛行機も乗れないで、こんなことになってえ!」ミリアはそう言って掌で顔を覆う。

 「飛行機に乗れっか乗れねえかっつうのは、何本足で歩けるかっつう基準じゃあねえと思うんだけど……。」リョウがぼそりと呟く。

 「ああ、白ちゃん、ミリアのことを忘れないでね。ミリアはドイツでも、いつもいつも白ちゃんのことを思っているからね。お土産、ちゃあんと買ってくるから。」

 「ドイツに何の猫用土産があるっつうんだよ。」

 ミリアは白の額に自分の頬を盛んに擦りつけて、「だからだから、どうかどうか、元気でいてね。」と囁くように言った。

 「ほら、そろそろ搭乗時間になっから行くぞ。」

 ミリアは寂寥と悲嘆に口を尖らせながら、渋々白をホテルの従業員に手渡した。「白ちゃんのこと、よろしくお願いします。ミリアの代わりに、じゅうぶん、可愛がってあげてください。」

 「もちろんです。スウィートルームをご利用になられるお客様には、朝昼晩と一緒に遊ぶサービスも付いておりますので。」

 「白ちゃんは、喉の下をころころと擽られるのが、好きなの。それから、耳の付け根。あと、このねずみのおもちゃが好きなの。」と言って、ミリアは古びて、既に毛も大分抜け落ちたねずみのおもちゃを差し出した。

 「お預かりいたします。」従業員は丁重に両手でそれを受け取った。

 「お前んなボロクソ持ってきたのかよ。」

 「ボロクソじゃないもん! 白ちゃんのお友達だもん!」

 「わかったよ。とにかくそろそろ空港行かねえとヤベエぞ。シュンとアキ待ってっかんな。行くぞ。」リョウは無理矢理ミリアの腕を取ると、「じゃあ、お願いしますね。雑種の捨て猫なのに注文うるさくて済みません。」と苦笑交じりに頭を下げた。

 「だから捨て猫じゃないんだってば!」ミリアがすかさず抗議の声を上げる。

 「そうだな、悪い悪い。うちの白は、何だっけ? スウィート! そうだった。スウィートなんだよなあ。」などと言って、ペットホテルの前に待たせたタクシーに二人は乗り込んだ。

 「ありがとうございました。」従業員はそう言って騒がしい二人が出発をするまで、深々と頭を下げ続けた。


 ミリアはまさか猫と別れたことが原因ではなかろうが、車中ずっと押し黙っていた。

 また、体調が思わしくないのだろうか。リョウはミリアが心配でならない。どこかうつろな目をして車窓を眺めているミリアが。

 「お前、本当に――。」我ながらこのしつこさは、厭になる。「大丈夫なのか。体。」

 「大丈夫だわよう。」ミリアも暫くの別れとなる高層ビルの風景を眺めながら、詰まら無さそうに答える。「リョウ、おじいちゃんになったら大変だわよう、ボケておんなしこと何度も言うんだ。」

 「お前な!」リョウはミリアの顔を慌てて両手で自分の方へ向けた。「誰がボケ老人だ!」

 タクシーの運転手があまりの声量に驚いてバックミラーを覗き込んだ。

 「だから、大丈夫だって言ってるんじゃないのよう! リョウ、怒っちゃダメだわよう。そんな怖い顔したら……。」

 「生まれつきだ、この面は。」

 ミリアはしゅんとしてリョウの両手をそっと下ろすと、愛おしそうに撫で包んだ。「ダメなの。怒っちゃ。」

 「……そうかい。」リョウは行き場のない苛立ちを何とか納め切ると、「まあ、いよいよヴァッケンだっつう時に、こんなつまんねえ喧嘩はねえよな。でも、最高のパフォーマンスをしてくれ。お前がここまで必死んなってギター弾き続けて来た、その集大成として悔いのねえようにな。誰が何と言おうと、メタラーにとっちゃあヴァッケンは世界最高のステージなんだから。」

 「うん、わかってる。」ミリアは顎を上げて微笑んだ。「リョウがずっとずっと夢見てたことも、知ってる。だから、ミリアも全力で挑む。自分の持つ一番最高の力を出してくる。」

 リョウはくしゃくしゃとミリアの頭を撫で回した。

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