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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 翌朝、リョウが目を覚ますと既にミリアは起きていて、朝食を作っている最中だった。

 「今日は和風なのよう。」ミリアは機嫌よく答えた。

 たしかにテーブルには黒崎家には珍しく、納豆に焼き鮭、生卵に海苔が並んでいる。

 「お、気分を変えやがったな。」リョウはすっかり今朝の妙な夢も忘れて、嬉しそうにテーブルに着いた。「たまにはいいよなあ、こういうのも。まるで旅館に来たみてえだ。」

 「そうねえ。あの時泊まった旅館も、朝ご飯こんな風だったわねえ。」ミリアも微笑みながらうっとりと思い出す。「露天風呂が付いてて、夜はシラス丼も出してくれて、朝も和風で美味しくて、良かったわねえ。また行きたいな。」

 「そうだな。……ヴァッケンが終わって暇出来たら、行ってみるか。」

 「うん。」ミリアは心得顔に肯いた。

 「でもお前、……体は、大丈夫なんか。」

 「大分いいよ。」

 確かに今日はマスクも付けていないし、顔色も良い。リョウはとりあえず安堵する。「たまには休むっつうことも大事なんだよな。俺は人生四十年かかってそれが、わかった。」

 「ずーいぶん、かかったのねえ!」ミリアは弾けるように笑った。

 「そうだな。」リョウは素直に苦笑した。

 「しっかたないわよう。リョウはいつだって、バンドのことしか考えて来なかったんだもの。朝から晩まで、ううん、夢の中でも新曲、ライブ、バンドって。あーあ、でも、そういう人で良かった。」

 リョウは不審げにミリアを見詰めた。「そういう人で、良かったぁ?」

 「だって、女の子に興味なんかあって、あっちこっちそっちこっち、ふらふら、ふらふらしてたら、リョウ、ミリアのものになんなかったもの。」

 「はあ?」

 「リョウが音楽のことしか考えてなくって、それ以外のことは全然どうでもいいって感じだから、無理矢理結婚式挙げれたのよう。そうじゃなかったら、結婚は大事なことだから、こんな『ノリ』じゃ決めらんないですとかって、言ってたわよう。」

 「……そう、か?」強ち否定もできないのである。

 「リョウが、ほーんとに、そういう人で良かったわよう。」ミリアはしみじみと溜め息を吐く。「音楽以外のことはもういいやってなって、結婚も、おうちも、結局ミリアの言うこと聞いてくれるんだもの。だから、ミリアは押して押して押し通せば、いいだけなのよう。」

 まさかミリアがそこまで己を見抜いていたとは驚きである。「い、いや、いや、……そう、か? そうなの、か?」思わずたじろいでしまう。

 「あのね、これ、リョウを責めてる訳じゃあないの。リョウが、音楽以外にはさっぱり興味がなくって、ありがたいって思ってんの。」

 リョウは慌てて反論材料を探すが、当然、見当たらない。

 「……あ、バイクが好きだ! ほら、クールにするためのカスタムの仕方とか、安上がりにするためにユーザー車検を一発で通す方法とかな、結構俺的にはバイクのことも考えてっかんな。」

 「あら、そう。」どうでもよさそうにミリアは答える。「じゃあ、音楽とバイクぐらいしか興味がなくって、良かったって思うのよう。」

 リョウは諦めた。己の視野の狭さはもう否定のしようがない。

 「ミリアはね、そんなリョウが好きなのよう。」

 そのあまりに直接的なものの言いように、リョウは返す言葉もなかった。

 「……飯にはな、結構興味あんだ。」視線を背けてそう呟くように言うと、リョウは生卵にしょうゆを垂らした。「こういうしょうゆの分量とかな。……まあ、お前みてえに凝ったのは作れねえけど。」

 ミリアはいつまでもくすくすと笑い続けていた。


 リョウはヴァッケンに向けてのリハに加え、レッスン中心の生活に戻って行ったが、しかしアイミのことは忘れようもなかった。リョウが接するのは普段からギターを教えている生徒と、音楽雑誌やら楽器店のプロモーター、また、楽器のメンテナンスを請け負ってくれている職人たちといった、リョウに頗る理解の深い人々であったが、しかしそれから一歩外れると、未だリョウが過激なライブを行ったがために観客の命を奪ったと、そう見る人間も決して少なくはなかった。リョウはそれを十二分に承知した上で、ヴァッケンまで国内のライブは一切行わぬことと決めた。世間の無理解、それだけではない。表面的にはヴァッケンに専念するためと公言してはいたが、実際にはアイミに対する償いの意が大きかった。自分と同じ施設出身の子というその一点だけにおいても、夢半ばに途絶えてしまった彼女に何かをしてやりたいという気持ちが常に沸き起こっていた。アイミの死を、単なる事故にしたくはなかった。

 そのためにリョウがしたことは、自分の施設出身という出自を公表することであった。無論、今までもそういう噂はあったものの、リョウがそれに対して積極的に是非を表明したことはなかった。ミリアがその出自を映画化までし、不特定多数に向けて広く表明したのとは対照的である。しかしリョウは、バンドHPにアイミに対する謝意と弔辞、それから己の出自について公表し、更にツアーで得た収入の一部を児童養護施設に寄付すると共に、今後もそれを継続すると発表したのである。

 売名、という声が真っ先に上がった。観客を事故死させておきながら、更に売名行為に結び付けた鬼畜よと騒ぎ立てたメディアもあった。しかしリョウはそれに対しては終始無言を貫いた。

 人から与えられる悪口には慣れたものである。先だってのアイミの事故についての報道においてでさえ、デスメタルは人殺しを肯定する音楽であるとの、無責任かつ論拠のない論調が幾つも見出せたものである。80年代に多発した、北欧のブラックメタルバンドのメンバーによる事件を持って来ては、日本においても凶悪犯罪が起こり得る土壌と断じるものもあったし、デスメタルは命を軽視する音楽と、やはり何の根拠もなく、それでいて何やら義憤めいた口吻で書き立てたものもあった。

 

 「酷いこと、言われてる。」ミリアはリビングのソファでスマートフォンを凝視しながら、顔を顰めて呟いた。

 「まあ、言わせとけ。俺には関係ねえ。」リョウはそう言って先程から熱心にとあるフレーズを練習し続けている。

 「関係ないって言ったって、リョウのこと言ってるんだもん。これ。」ミリアは怒りの面持ちで、スマホの画面をリョウに見せつける。

 「誰に何て言われたって、俺が何とも思わなけりゃあ、俺には何の影響も与えねえだろが。」リョウはそう言ってギターを弾き続けている。

 「そうだ、けど……。」

 「お前がそう言ってたんだぞ。忘れたんか。映画の時、……週刊誌に酷ぇ言われようでよお、でも、信頼できる人が信じてくれているから大丈夫だって、お前、そう、言ったじゃねえか。」

 ミリアは頬を紅潮させた。「そ、そうだっけ。」

 「なあんだお前、若い癖してボケたんか。」リョウは腕を休めて、ストレッチをすると、「でも俺にはそうそう忘れられたもんじゃあねえな。あん時のことはよ。」と笑いながら呟いた。

 「うん。そうね。」ミリアもつられて照れ笑いを浮かべ、スマートフォンの電源を切った。「ミリアも、誰に何言われても、ギターが下手糞になる訳でもないし、弾けなくなる訳でもないし、何てことないわよう。」そう晴れ晴れと言い放った。「だからリョウにとっても、何でもないね。だってミリアも、シュンもアキも精鋭たちも、みんなみんなリョウのことが大好きだもの。リョウの曲があるから生きてるんだもの。」

 「んな大げさな。」しかしリョウはそうは口にはせず、ふと仏壇を見詰めた。ジュンヤの笑顔が飾られている隣に、いつしかミリアが園城のピックと、アイミが書いた最後のファンレターを置いているのをリョウは知っていた。ミリアも直接口にはせぬが、三人の死を忘れるつもりは毛頭ないのだということがはっきりとわかり、リョウは嬉しかった。誰に非難されようが、最も自分を信頼してくれる人と深淵で繋がり、解り合えるという感覚が、リョウを奮い立たせていく。と同時に、こんな感覚が自分に齎されるなんて、一人で暮らしていた頃には考えられもしなかったことに気付かされる。

 「ありがとうな。」リョウは仏壇を眺めたままぼそりと呟いた。

 「なあに、それ。」ミリアは全てを解していると言わんばかりの余裕のある笑みを浮かべ、そう答えた。

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