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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 リョウはシュンの腕を払うと、落ち着こうとするばかりに不自然なくらいにゆっくりと玄関に歩みを進め、扉を開けた。果たしてそこには若い男性の郵便局員がいた。

 「黒崎亮司さん、速達です。二通。」

 「二通?」

 リョウは怪訝な顔付きで郵便局員から郵便物を受け取った。児童養護施設の名の書かれた茶封筒と、英字の書かれた白い封筒である。ミリアも後方からそっと背伸びをしてそれらを訝し気に覗き込んだ。

 「何、これ。」ミリアはそう言って白い封筒を指さした。「英語書いてある。」

 リョウは印刷された差出人の欄を凝視する。「……ドイツからだ。」

 シュンとアキも慌ててやってきて、リョウの背中越しにそれを凝視した。

 リョウは不審げに白い封筒を開けた。そして中から出て来た英字の手紙を読み始めた。すぐに、リョウの手ががたがたと震え始めた。同時にシュンとアキの息を呑む音がした。

 「どしたの、リョウ。誰から?」ミリアが尋ねる。

 「……ヴァッケンからの、出演依頼だ……。」その声は信じられないとばかりに震えて掠れていた。

 ミリアは口許を覆った。

 「今年の……ヴァッケン、……二日目。メインステージに、……って書いてある。」

 「リョウ、……凄い、凄い!」ミリアは泣き出しそうな顔をして、リョウの両腕を激しく揺さ振った。リョウは硬直したまま、信じられないとばかりに手紙を凝視し続けた。

 「……マジか。」アキの掠れた声がした。

 「おい、遂に! 遂に! ヴァッケン出れるんじゃねえかよ! おい、どういうことだ! 凄ぇじゃねえか! 俺ら、遂に世界レベルだって認められたっつうことだぞ! おい、リョウ!」シュンがそう叫びながらリョウの肩を激しく揺さぶった。

 「リョウ、ライブ出なきゃ! だって、ヴァッケンだもの! そんじゃそこいらのライブと違うもの! ねえ、リョウ!」

 しかし見上げた瞳は歓喜のそれではなく、困惑の色を濃厚に浮かべていた。ミリアは悔し気に顔を顰めた。まだ、この期に及んでライブを己に禁ずるのであろうか。そんなことをアイミは決して望んではいないのに。マスコミだって既に退散した。一体誰に何を遠慮する必要があるというのだろう。

 「リョウ……。」ミリアは哀し気に呟いた。「出るんでしょう? ヴァッケン……。」どうしたって肯定の返事しか欲しくはなかった。

 しかし、「俺はもう、ライブはやんねえって決めたんだ。」リョウの圧し潰したような声が残忍に響いた。「……お前らには悪ぃが、……俺は俺の音楽で人が人を殺しちまうってのは、……どうしたって耐えられねえんだよ。……んなことのために作ってんじゃ、ねえ……。んなのことのために、自分削って、過去抉ってやってんじゃあねえんだ……。」その声はあまりに悲痛な響きを持っていたので、三人は言葉を喪った。

 リョウはそのまま誰とも目を合わせることなくリビングに戻り、再びソファに項垂れるようにして座り込んだ。暫く目を閉じて何かを考え込んでいたが、やがて自分の手にはもう一通の手紙があることを思い出し、今度は児童養護施設の名の書かれた茶封筒を凝視した。

 頭を切り替えなければならない。心中はこの上なく忙しない。鼓動が激しく打っている。リョウにとってみればヴァッケン出場は紛れもなく人生最大の夢であった。事件の前であれば、どれほどの歓喜を齎したことであろう。人生最大の狂喜、随喜、を得たに相違ない。でもアイミの死を経て自分は明らかに変わってしまった。今の自分は無邪気に夢を追いかけているだけのバンドマンではない。それよりも自分の影響力の負的な面こそに、向き合わねばならぬと思うようになった。もう、ヴァッケンを手放しに喜べる段階ではなくなっていた。

 リョウは悲観に沈み込む思考をどうにか切り替え、母からの手紙に向き合おうと深呼吸をし、封を開けた。本来の今日の目的は、こちらであったはずだ。

 ミリアはそちらも、気になってならない。黙ってリョウの隣に座り込んだ。シュンとアキも勝手にダイニングチェアに着くと、リョウの様子を注視した。

 リョウは今度は全ての神経を茶封筒に集中しているように見えた。ミリアも緊張とも不安ともつかぬ感情に胸が苦しくなった。ヴァッケン出場を説得したかったが、リョウの課題は次に向かっている。これを見守らなければならない。

 リョウは三人が注視する中、茶封筒の中から更に白い、古びた封筒を取り出した。中から出て来たのは、三通であった。リョウは訝し気に一通一通凝視した。それぞれに美しい字体で「亮司君」へという宛名が書かれており、その上に「成人のお祝い」、「就職のお祝い」、「結婚・お父さんになったお祝い」とある。

 驚嘆の目が隣のミリアとぶつかった。ミリアはもじもじとしながら、「成人のお祝い」とそっと黙って指さした。たしかに、順番としてはそうなるべきであろう。ただし、就職云々はいつ開けたらいいのか。バンドマンにとって何をもって就職したと言えるのか。それとも生涯開けられぬのか。そして結婚云々は形式上のそれでもいいのか。それともお父さんとやらになるまで、やはりこちらも生涯開けられぬのか。リョウは三通の手紙を前に面食らった。

 しかし、とりあえず自分が「成人」を越していることは、自他ともに明らかである。リョウは意を決して「成人のお祝い」と書かれた封を開けた。本来であれば二十年も前に開けていたはずの手紙。リョウは意を決して中に入っている便箋を取り出した。

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