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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 伊佐木の運転でリョウとミリアは、街の中心からは随分離れた所にある、旅館の前に降り立った。小ぢんまりとしてはいたが、手入れの行き届いた旅館で、青々としたモミジが古めかしい門を飾っていた。丁寧に並んだ石畳を奥に進んで行くと、涼やかな竹林と小池とが広がっており、リョウは久方ぶりにほっと一息を吐けたような気がしていた。おそらくは伊佐木がそれを狙って、駅周辺の交通上利便なホテルではなく、ここを選んだのだろうと確信し、リョウはその思いに頭の下がる思いがした。

 「落ち着いた所だわねえ。ミリアこんな日本ぽい所泊まったことないわよう。」ミリアは珍し気に石畳の上を歩いていく。

 「夕飯に、先日のツアーでリョウさんが食べられなかったシラス丼を出して貰うことになっていますので、夕飯だけは、しっかり食べて下さいね。」

 リョウは口の端に苦笑を浮かべた。「んなこと覚えてたんか。」

 「食の恨みは何より怖いと言いますから。」伊佐木はくつくつと笑って、漸く辿り着いた扉を開け、二人を中に入れた。品のいい白髪を一つに丸めた、浅黄色の着物姿の女将が深々と辞儀をし、三人は離れにある部屋へと案内されていく。

 「素敵。」ミリアが再び離れへ向かう石畳を歩きながら忽然と呟いた。奥の庭園には滝が水を落とす池があり、そこには紅白の大きな鯉の姿さえ見えた。「こんなのって、見たことない。」

 リョウも黙って庭園を眺めた。

 「個室に露店風呂、付いているんですよね。」伊佐木が念押しをする。

 「ええ。あちらの岩場の向こうには当旅館自慢の大浴場の露天風呂がありますが、部屋にも露天風呂が備え付けてありますので、どちらを利用して頂いても結構でございます。お寛ぎ頂く方にはお部屋の露天風呂が大変好評でございます。」

 「ええ! 露天風呂が部屋にあんの?」ミリアは思わず口元を押さえて頓狂な声を上げた。

 「ええ。こちらの棟では、お風呂とお食事は各お部屋でお楽しみ頂けるようになっております。」女将がにっこりと微笑んだ。

 やがて離れの屋敷が見えて来た。本館とは異なり随分小さな屋敷であったが、その分自然に囲まれ、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。「こちらでございます。」

 案内されて引き戸を開け、土間から上がると、ぽっかりと開いた丸窓を中心にして、水墨画の掛け軸に、白い睡蓮の生け花が飾られている。リョウは溜め息を吐いて、用意された座布団にどっかと腰を下ろした。

 「一時間後にお食事をお運び致します。どうぞそれまでごゆっくり。」

 女将は丁寧に頭を下げて障子を閉ざした。

 「伊佐木さんはどこに?」リョウは訊ねた。先に勝手に座り込んでしまったが、座布団は二枚しかなく、ミリアはきょろきょろと庭を見回しながら立ち竦んでいたのである。

 「私は本館の方に泊まりますので、何かあればこちらへ、」と言って部屋番号の記されたメモをテーブルにそっと置いた。

 「……こんなにあれこれして貰って済みません。」リョウは改めて伊佐木に向かい、頭を下げた。「全ては俺のミスなのに、会社ぐるみで尻拭い、させちまって。」

 「い、いやいや、そんなにされちゃあ困ります。いつもの、ほら、堂々としたフロントマンのリョウさんでいてくれないと。」伊佐木は慌てて言った。

 「否、……そもそも俺が危険性っつうモン無視してライブハウスでやるなんつったから、客が、……亡くなって、こういうことになったんだ。俺が人から気遣われる義理なんて、何もねえ。無駄に事務所の金、使わせちまって。俺ら、まだ、何も利益上げちゃあいねえのに。一体どうしたらいいんだ……。」

 伊佐木は静かに首を横に振った。「社長は、そんなこと一言も言っていません。たしかに……、ライブで事故が起きたのは事実です。でも、それと彼女の死とは無関係だ。そこは、はっきりしている。社長もすぐさま抗議文を送りつけました。マスコミも間もなく謝罪をしてくるでしょう。社長は、これからリョウさんはこの経験さえも乗り越えて一層凄い音楽を生み出していく筈だから、今回は十分に休養を取らせて上げなさいと、そう言われたんです。」

 リョウは項垂れた。

 「社長は、決してリョウさんやバンドのことを否定なんてしていません。今回初めてバンドを所属させるにあたって、社長なりに色々勉強したり、また、バンド専門の事務所に直接話を伺いに行ったりして、リョウさんたちにもっともっと世界で活躍して貰うためにどうしたらいいか、今、一生懸命考えているんです。アイミさんのことはこの上なく、……辛く、悲しいことですが、でも、だからといってバンドを停滞させることに対して社長は断固反対です。マスコミが謝罪をしてきたらすぐにでもライブをやらせよう、ツアーでやっていた新曲のレコーディングも、そろそろ腰を据えてやって貰おうと、そんなことばかり言っていました。」

 「そうだわよう! バンド辞めるとかって、そんなこと言っちゃあダメなの! リョウのことをみんな、みんな、待ってるんだから! その内マスコミもごめんなさいって言うの! そしたらヴァッケンに向けて、みっちりみっちりリハやるのよう! 精鋭たちが待ってんだから!」一気に捲し立てたミリアは肩で呼吸を繰り返しながら、幾分緊張感のある眼差しでリョウの顔をじっと見詰めた。

 「……そうか。」

 ミリアは厳しく肯いた。しかしリョウの顔には、苦渋とも不穏とも付かぬ薄暗い表情が濃厚に纏わりついていた。ミリアはそれを見ながら、どうしたらこれを払拭できるのかを考えて、その容易でないことに思い当たり悲嘆に暮れた。

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