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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 「それまで誰とも口を利かなかったリョウジ君が、突然ある日職員室で政木君と喋っていたのを見て、私はびっくり仰天したよ。一体何が起きたんだってな。最初、職員みんなして息を殺してリョウジ君と政木君の様子を見守っていてね。ギターの練習が終わって、リョウジ君が出て行った後、慌てて政木君に問い質したら、リョウジ君は音楽が好きなんですって嬉しそうに報告してくれてなあ。音楽が好きな子は純心なんです、人が大好きなんです、あの子もそういう子なんです、って熱弁奮ってね。懐かしいな。」

 「……政木さんは、今どちらに?」リョウは職員室を見回しながら問うた。

 「県内の、別の施設で頑張っているよ。ちょうど五年前だったかな、移動になってしまってね。否、こちらとしてはずっとここで働いて貰いたかったんだが、あちこち行って勉強するのもキャリアのためには必要だからね。政木君は期待されているんだよ。」

 「……そうですか。」

 「あの時のリョウジ君がギタリストになったなんて知ったら、さぞかし喜ぶだろうなあ。……そうだ、今から電話をしてみよう。」

 「え。」宗は悪戯っぽい笑みを浮かべ、職員室のすぐ近くにあった受話器を取ると、電話を掛け始めた。コールの鳴っている間に、リョウとミリアに手で例のソファに座るよう合図をした。

 「ああ。希望の家の宗ですが。政木先生いますか。ああ、そうですか。お願いします。」リョウは背筋を正しながら宗を注視していた。「……政木先生。お久しぶりです。実は今、昔うちにいた黒崎亮司君が帰って来てくれているんだよ。覚えているかい? そうだよ。君がギターを教えていた……あの、」

宗はリョウに手招きをした。

 「大層立派になって戻って来てくれたんだ。今、何をしていると思う? ええ? 想像がつかないって? ……じゃあ、本人から訊いて下さいよ。」

 リョウは宗から電話を渡され、躊躇いがちにそれを受け取った。「……もしもし。」

 「リョウジ君かい?」焦燥とも驚愕ともつかない声だった。

 「ええ。……その節はお世話になりました。」

 電話越しに噴き出す音が聞こえた。「リョウジ君がそんなことを言うようになるなんて! 本当に立派になったもんだ!」

 リョウは照れ笑いを浮かべつつ、「もう、四十になるんですよ。」と言った。

 「ええ? そんなになるのか?」頓狂な声がした。「……でも、そうなるのか。……僕が今五十も半ばになるからなあ。今、どうしているんだい? 仕事は? してるのか?」

 「ええ。……政木さんに教えて貰った、ギターを弾いて飯食ってます。」

 電話越しに長い溜息が続いた。

 「政木さんがあの時、僕にギターを教えてくれたから、……それで俺は社会と繋がることができた。本当にありがとうございました。」

 溜め息は啜り泣く声へと変わった。

 「……ああ。何てことだ。……リョウジ君がそんな風になっているなんて。……勝手に出て行ってしまって心配していたんだ、ずっと。元気にしているかどうか、周りと巧くやっていけるかどうか……。何せ、君は特別難しい子だったから。」

 「その節は、ご迷惑をおかけして済みませんでした。」

 「そうか。そうか。……それで、四十にもなったら、……その、いい人はいるのかい?」

 リョウはちら、とミリアを振り返り「彼女も、ギターを弾いています。同じバンドで。」と言った。

 「凄いじゃあないか! いい人を見つけたもんだ!」賛嘆の声が響いた。

 「それで、どういう風の吹き回しだったんだい? 急に施設に戻って来るなんて。今まで一度も戻って来てはくれなかったろう。」

 「それが……。」リョウは口籠った。「希望の家出身の子が、……亡くなってその葬儀に訪れたんです。」

 「え? だ、誰が?」

 リョウは目を瞑り、そして絞り出すように呟いた。「……小崎愛美さんです。」

 はっきりと息を呑む音が聞こえた。「あ、あの……、心臓の悪かった子か。……ああ、発作が起きてしまったのか。ああ、何ということだ。」重苦しい溜息の音が電話越しに響いた。「……でも、リョウジ君は彼女を知ってはいないだろう? どうしてわざわざ?」

 「ええ。実は、彼女、僕のライブで倒れ、そのまま息を引き取ってしまったんです。」

 「え?」

 「一昨日の僕らのライブで、会場に入りきれなかった客が雪崩れ込む事故が起きて、それがきっかけで、彼女は亡くなってしまいました。」

 「そ、それなら! それなら今朝のニュースでやっていたぞ! まさか、まさか、あのバンドが? リョウジ君の?」

 「ええ、そうです。」

 「でも、……ニュースでは過激なバンドによる演奏と、ライブハウス側の安全管理不足で人が大勢倒れる事故が起きて、それで犠牲者が出たなどと言っていた。アイミは心臓発作で亡くなったんじゃないのか?」

 「医師の下した死因は、……そのようです。」

 「じゃあ、君らの責任じゃあないじゃないか! 彼女はスポーツだって、風呂だって禁止されていたんだぞ? とてもじゃないが、バンドのライブなどに行けた体じゃない! 何て酷い嘘を報道したもんだ!」

 「……でも、俺らのライブで彼女が倒れてしまったというのは、事実なんです。」

 「でも……。」再び長い溜息の音がした。「アイミの病気のせいじゃあないか。あの子はとにかく心臓が弱くて、ずっと入院をしていたんだ。生まれてすぐに大きな手術もしている。決して、君らが悪いわけでは……。」

 そこで宗が電話を代わった。「政木君。宗だが、今回の通夜は急ぎだったので君に連絡をできなかったんだが、明日の夜、葬儀が行われる。もし可能だったら、是非来て貰えないだろうか。アイミは君にもとてもよく懐いていた。」

 「ええ、ええ、もちろんです。」

 「リョウジ君も今日はこちらに泊まって貰い、明日の葬儀にも出席してくれる手筈になっている。明日、葬儀の前にでもリョウジ君、政木君にこちらに来て貰って、ゆっくり話をしようじゃあないか。」

 「ありがとうございます。本当に、本当に、リョウジ君が元気にやっていることがわかって、良かった。でも、事故の件は、本当に……。あのアイミが、そんなことになってしまったなんて、まだ、信じられない……。」

 「ああ。私もだ。今日も葬儀で挨拶なんぞしながら、一体何で自分はこんなことをしているんだろうっていう気になって……。あの子のオフザケで、騙されたな、なんて言いながらそこいらからひょいと顔を出しそうな気さえしてしまうんだよ。」宗はそう言って苦し気に溜め息を吐いた。「でも、君ならわかってくれると思うが、あれはリョウジ君のせいじゃあない。会場の人のせいでも。言うなれば……、アイミにしっかり言い聞かせられなかった、……我々の責任だ。」

 「その通りです。……では、明日伺わせて貰います。」そうして電話は切られた。

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