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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 「アイミ、アイミ……」病院の一階に位置する霊安室で、老人の儚げなすすり泣く声がいつまでも続いていた。そこはひんやりとしていて、ミリアは一瞬アイミが寒くないかと慮ったが、もうそれを感じてはいないのだと思い成し再び涙を落とした。どれだけここにいるのか、最早時間の感覚さえ喪失されていた。

 「……どうして、こんなことに……。東京へなんか出さなければ良かった。私があの時止めていれば……。」老人は既に何度目かわからなくなった言葉を口走る。

 ミリアは顔を覆ったきり、リョウに凭れかかっていた。今思い浮かぶのはこの老人とまったく同じ発想であった。

 もしアイミが自分に出会わなければ。Last Rebellionに出会わなければ。出会っても、ライブになぞ来なかったら。今回の抽選で外れていたら。……アイミが死なずに済んだであろう無数の仮定がミリアの頭を過ぎった。しかし運命は、無数に存在したはずの生き延びる選択肢を選んではくれなかった。アイミが死ぬ偶然だけを、あたかも強固な意図でもあったかのように、丹念に選び取ってしまった。ミリアは幼子がイヤイヤをするように激しく頭を振った。

 そこに引き戸を静かに空けて、「宗さん。」と、入って来たのは社長であった。

 「宗さん……?」リョウがぼんやりと呟く。

 「今、彼女を施設に連れて行くための車の手続きをしてきました。あと、一時間ほどで到着するそうです。……一緒に乗車して貰えますか?」

 宗、と呼ばれた老人は慌てて赤い目を擦り社長に振り返った。「はい。ありがとうございます。アイミと一緒に帰りせて貰います。どうも、お手数をかけます。」何度も頭を下げた。

 「それから……、アイミさんの部屋はどうしましょう。N区のアパートなんです。もしよろしければ、こちらで部屋を解約して、使っていた品物を施設の方にお届けするよう手配しますが。」

 宗は目を丸くした。「そ、そんなにして頂く訳には……。」

 「いえ、……こちらの危機管理不足が招いたことです。何事も彼女に関することはやらせて頂いて当然です。」

 宗は俯いて、手を揉み暫し何やら考え込んだ。「アイミが、……悪いのです。アイミが、……薬も飲んだり飲まなかったりして、……運動も、それから興奮しても心臓に負担を掛けるからいけないと、何度も私からも言い聞かせてきたのに、ロックバンドのコンサートに行ったりして……。」

 ミリアの目から涙が溢れ出した。

 「いえ、済みません。あなた方を否定する気持ちは全く、ありません。そんなことをしては、アイミに叱られてしまう。」慌てて宗はリョウとミリアに向き直った。「……この子は、この子だけは、体育の授業はできませんと、どの学校の先生にもお願いしましたし、もし走ったりしていたら絶対に止めてくれるようお願いもしていました。高校だって施設の子たちはみんな自転車で通うところ、バスで行かせていました。私どもはそうやって、アイミの体を気遣ってきました。アイミは、しかし……、それを不自由だと思っていたのでしょう。……ある日、休みの日に勝手に施設の子の自転車に乗って市街地まで遊びに行ってしまって、私はその時いけないと解っていたのに、アイミの頬を思わず引っ叩いてしまって……。その時アイミは『どうして私だけダメなの、どうしてこんな体なの』と泣き喚きました。私はその時、何とも答えてあげることが、できなかった……。」

 宗はそこで言葉を途切れさせた。ごくり、ごくり、と何度も生唾を飲む込む音が聞こえて来た。

 「アイミは自由に生きたかったんです。……私どもの反対を押しのけて、念願だった東京に出て来て、監視の目がなくなって、思う存分好き勝手に生活してたんでしょう。東京に来てから、アイミはお金もなかったでしょうし、初めて見知らぬ人々ばかりの街で暮らし、辛いこともたくさんあったでしょうが、嬉しそうでした。……アイミは度々私に電話をくれましたが、強がりだったのか、本音だったのかはわかりませんが、そっちにいた時より断然楽しいとよく言っていました。でもお金のないのはさすがにわかっていましたから、『無理をしてはいけないよ』と何度も言い聞かせましたが、いつも『大丈夫、大丈夫』って……。私も、……施設の規則でそんなことをしてはいけないとわかってはいましたが、……少ない額ですが仕送りをしたこともありました。あまり無理をさせてはいけないと思って。でも、『もうそんなことしなくっていいから』って、アイミは言ってきて……、一切弱音は吐きませんでした。頑張り屋さんでした……。」宗は既に皴くちゃな顔を更に皴くちゃにしながら、絞り出すように言った。「あの子は、あの子なりに、自分の人生を、十分に満足したのかもしれません。ただただ私の言うことを聞いて、したいこともできないまま人生が終わってしまったら、私はもっともっと自分を責めなければならなかったかもしれない……。大好きなあなた方の音楽を聴きながら逝けたのなら、あの子にとってはそれは、幸せなこと、だった、のかもしれない。」宗はアイミの顔を上からじっと見下ろして、肩を震わせた。「おい、アイミ、どうなんだ。……保育士にはなれなかったかもしれないが、……お前、施設にいた時はいっぱいいっぱい子供らの面倒見てくれたじゃあないか。アイミが食べさせてくれないとご飯食べないなんて言い出した子もいたし、どんなに泣いててもアイミがあやしてやればあっという間に笑い出す子だっていた。子供らはみんなお前のことが大好きだったよ。お前は立派な立派な保育士だったよ。なのに、なのに……私が色々口うるさくしてしまって、……済まなかったねえ。恨まないでおくれ。」宗は悲痛な泣き声を上げた。

 「ねえ、宗さん……。」突然ぼそりと呟いたのはリョウだった。

 宗は驚いてリョウを振り返った。

 「この子が、感謝こそすれ、恨みなんてするはずねえ。そこは、安心してくれ。……だって、俺だって先生には、感謝してるんだから……。」

 何を言っているのだろう、狂ってしまったのだろうか? あまりの罪悪感ゆえに? ミリアは混乱して、「何言ってるの、リョウ。」と腕を揺さ振った。

 しかし宗の目は見る見る見開かれて行く。終いにはリョウに一歩一歩近づいて、その顔をしっかと凝視した。

 「……もしかして、あんた、リョウジ君か。」

 リョウは唇をほんのわずかに開いて微笑んだ。「はい。」

 ミリアと社長は慌てて見つめ合った。

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