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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 ミリアは老人の後ろを付いて集中治療室の奥のベッドに歩み寄った。

 数値を示す機械に、何本ものチューブが縦横無尽に走っていた。点滴が吊り下げられ、ベッド脇にも何やら袋がぶら下げられていた。ミリアの脳裏にはにわかに父親が死んだ時のことが蘇った。そして布団の向こうに顔が覗きかけた瞬間、ミリアはああと顔を覆った。やはり、あの、アイミであったのだ。残酷な偶然であった。

 ――「ミリアちゃんに会いたいです。」そう記した特徴ある字体が、まざまざと脳裏に浮かぶ。「今度は絶対チケット買って行くからね」「ミリアちゃんの一番近くで観たい」「ぎゅっとしてもらったこと忘れません」次々に文面が思い出される。ミリアの胸中に得体の知れない熱いものが生じた。

 ミリアは躊躇することなくベッドの傍に腰を下ろし、その白いというよりは蒼白となった顔に向かって、「アイミちゃん!」と言った。「アイミちゃん、わかる? ミリアだよ。ごめんね、ミリアのライブでこんな目に遭わせて、ごめんね。」ミリアはそう言って溢れる涙を拭った。「アイミちゃん、お願いだから、起きて……。」頽れそうになるミリアに看護師が歩み寄り、持って来た椅子に座らせた。

 ミリアは再び涙を拭うと、再びアイミを見据えた。「アイミちゃん、アイミちゃん心臓が悪かったのに、ライブ来てくれてたんだね。ミリアに会いに来てくれてたんだね。ありがとう。本当にありがとう。でも今度は、ステージの袖にアイミちゃんの椅子用意するから、そこで座ってミリアのこと見てて。ね。」しかしアイミは微動だにすることはなかった。ミリアはひい、という切り裂くような泣き声を上げて、「だから、アイミちゃん、起きて――。」と囁いた。

 遂にミリアは布団に顔を伏した。その肩は細かく震えていた。その後ろでは老人も静かに肩を震わせていた。

 そこに看護師がやって来て、難しそうな顔をしながら機械の数値を確認した。

 「ねえ、アイミちゃん、いつ治りますか?」ミリアが涙目で尋ねる。

 「彼女が掛かっていた病院から、彼女は生まれて間もない時、初めての手術をした時からのカルテを送信して貰いました。生まれつき心臓の弁がうまく機能しない、かなり稀な疾患を持っています。発作が起きてすぐに処方すれば、心臓を停止させずに済むお薬を、今点滴で入れていますが、彼女の場合、発作が起きてから治療をするのに、約一時間近い時間がかかってしまっていますので、効果がなかなか出ていない状況です。」

 リョウは苦し気に目を閉じた。

 「手術は? 手術したら治らないの?」ミリアは焦燥して訊ねた。

 看護師は静かに首を振った。「彼女の心臓を根本的に治す手術は、ありません。心臓移植をすれば治るかもしれませんが、それは国内では許可されていません。現れるかわからないドナーを待ち、極めて高度な技術を持った医師にお願いするとなると、海外に行くしかありませんが、それには保険が利きませんから、少なく見積もっても一億円以上の費用がかかります。仮にそれが用意できたとしても、ドナーが現れるまでどれぐらいの時間がかかるかは、わかりません。」

 ミリアは唇を震えさせた。

 「アイミは、ちゃんと薬を飲んでいたのでしょうか。施設にいた頃かかっていた病院では、朝昼晩三回、薬を飲み続けるように指示されていたのですが……。アイミはその時から、忘れてしまうことがままあって。我々職員が薬を預かって、無理矢理飲ませていたんです。」

 「血液検査の結果では、怠っていたようですね。」看護師はきっぱりと答えた。「今持っている薬も、大分前のもののようです。最後のこちらでの通院履歴は半年前になっています。」

 「ああ、やっぱり、そうだったか。」老人はそう悲痛な声を漏らすとがくりと肩を落とし、アイミを上から覗き込んだ。「アイミ、……薬忘れちゃあダメだって、言ったじゃないか。お前はわかってるって何度も言ったじゃないか、なのに、アイミ……アイミ……。」老人はその場にへたり込んだ。

 ミリアはぎゅっと目を瞑った。アイミが薬を怠ったのは、自分たちのライブに来るためにチケット代を貯めようと、診療代や薬代を削ってしまったのかもしれないと、そう思い成したためである。アルバイトをしながら一人暮らしをし、専門学校に通うことだけでも相当に経済的に困難なことであろうことは容易に想像がついた。その中で自分たちのライブに来るのは、どれだけ大変であったろう。初のフリーライブをしようと思ったきっかけは、アイミのファンレターであったが、アルバイトをしながら一回の映画を観に行くことが精一杯だったと、その中に書かれていたからであった。貧しさゆえの苦しみは、その不安は、情けなさ恥ずかしさは、リョウが入院していた頃で厭という程痛感した。確実に経済的に脱却出来たと断言できる今でも、あの頃の思いを忘れることはとてもできない。

 「アイミちゃん、頑張って。」ミリアは何をどう考えても、そう言うことしかできなかった。「お願い。また、お話しよう。お手紙頂戴。ねえ、アイミちゃん。」

 機械に映し出された数値を凝視していた看護師が、突然その場を立ち去ると医師を連れてきた。医師は輸血と注射の指示を出す。その手早さが何を示しているのか、三人にはすぐに知れた。

 ミリアは荒くなる呼吸をリョウの背に押し付けるようにして耐えた。

 「アイミは……、アイミは……。」老人は救いを求めるように忙しなく動き回る看護師に言った。

 「急激に血圧が低下しています。危ない状態です。」

 ミリアは足元が揺らぐほどの眩暈を感じた。「アイミちゃん……。」

 「アイミ、アイミ。頑張れ。お前、保育所の先生になるんだろう? 大好きな赤ちゃんのお世話するんだろう? そう言ってたじゃないか!」老人は涙声で訴える。

 画面の中で作りだされる山型の線が、次第に緩やかに一本の線を描くように変わっていく。

 「アイミちゃん! アイミちゃん!」ミリアは叱咤した。「ミリアの映画、また見てくれるんでしょう? ねえ、ライブもこれからいっぱいやるよ? 一番近くで見てくれるって、言ったじゃないのよう!」

 線は確実に一本の線を描き、数値はみるみる落ちていく。40、30、20、10……。それの示す事実を追い遣るように、ミリアは再び「アイミちゃん!」と叫んだ。

 老人は既に事実を受け入れたように、俯いてその場に立ち竦む。リョウも唖然としたまま、微動だにせず立っていた。

 医師が静かに瞼を捲り、そこにライトのようなものを当て、それから静かに「お亡くなりになりました。」と呟いた。ミリアはその場にへたり込んだ。

 老人のすすり泣く声が響いた。リョウはどこか現実では無い所に身を遣られたような気がしていた。

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