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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 社長は電話を切った警察に対し、「どうやら彼女は、押し寄せた人々の下敷きになったのではないようですね。」と言い放った。

 警察は困惑の眼差しで、「……これから現場に戻り、確認します。」と静かに呟いた。

 「じゃあ、どうして彼女はこんな状態になってんだ。」リョウは行き場のない怒りを十二分に含ませながら言った。

 「それは……。」社長はちら、と看護師の持っている薬を見た。「もしかすると、看護師さんの言ったように、偶然に、君らのライブで心臓発作を起こしてしまったのかもしれん。」

 「じゃあ、バンドのせいでもライブハウスのせいでもないじゃないのよう。」ミリアが請うように言った。

 「……俺らのライブで意識を喪った。それが現実だ。」リョウは惑わされぬとでも言ったように、ミリアから目を背けて言った。

 「……わかっている。」社長は顔を顰めながら言った。「警察と医師が最終的な結論を出してくれるだろう。我々がここで自分に都合のいい可能性の話をしていてもしようがあるまい。実況見分も終わったそうだ。今日は帰って、また明日、施設の方がこちらへお越しになる頃ここで結論を聞こうじゃないか。」

 「え、でも、女の子は……。」ミリアは慌てて言った。

 リョウも気まずそうに俯いて、「ここにいちゃあ、ダメですか。」と問うた。「彼女の病態が今晩どう急変するか、わかりませんし。……しかも身近な人がいねえとなると、今、こういう状態で一人にさせちまうのは……。」

 リョウは警察官より話を聞いている最中から、倒れた彼女と自分とを自ずと重ね合わせていた。施設出身、親はなし。単身上京し、バイトをしながらバンド活動に励んでいたあの頃、もし事件や事故に巻き込まれたならば、――天涯孤独の身である――自分もこういう事態に陥っていたことは疑いない。そんな時には誰でもいいから、傍にいてほしいと願うものではないのか。せめて彼女を救うことはできずとも、傍に寄り添うことぐらいは自分に許されてもいいのではないか。それしかできないという無力感はどうしようもない痛苦を齎したが、できることならば何でもしたかった。それがエゴでも構わなかった。

 「ミリアもいる。」

 リョウはちら、とミリアを見下ろし、肯いた。

 「俺らはここに残ります。また明日、……施設の方が来たら、社長に連絡します。」

 社長は暫く逡巡した後に、「わかった。……じゃあ、何かあったらすぐ連絡をくれ。看護師さん、彼女の病状が変わったら、こちらに連絡をお願いします。」と言い名刺を渡すと、警察と共に去って行った。


 リョウとミリアは集中治療室の前のベンチに座り、真っ暗な窓の向こうに視線をやりながら、中から響く機械音と慌ただしい足音にただ耳を澄ましていた。

 ミリアはリョウの腿の上で強くリョウの手を握り締めていた。たった二人きり、大罪を犯し、贖罪者として居場所を喪い放浪しているような気がした。あれ程多くの人々に讃嘆されたツアーが、こんな形で終わりを告げるなんて思ってもいなかった。これだけバンドが大きくなったと、これだけ多くの人々を魅了したと、そう歓喜し合ってツアーは終わるはずだった。

 これは、なかなか醒めない悪い夢ではないのか。ミリアはしばしば、自分がなぜリョウとこうして集中治療室のベンチに座っているのかわからなくなった。僅かな光もない窓の向こうの風景が、酷く不吉なものに思われて仕方がない。

 リョウは何も言葉を紡がなかった。焦点の定まらぬ目で無言を貫いているリョウが、何を考えているのかミリアには何とはなしにわかるような気がした。リョウは、完全に漆黒の闇に覆われた水底へと、たった一人堕ちていこうとしているのだ。今やすぐ隣にいながら、その手の温もりさえ感じていながら、ミリアはそこから救い出せない自分の無力さを恥じた。だからミリアは一層手に力を籠め続けた。

 「リョウ。……ここにいるからね。」長く発していなかったそのか細い声は、とても闇の底まで届くとは思われなかった。ミリアは不安そうにもう一度、一語一語はっきりと語り掛けた。「ミリアは、ここに、いるからね。」

 言葉は果たして、届いた。

 「……俺は、もう、ステージに立たねえ。」

 リョウの紡ぎ出した言葉の生み出す残酷さに、ミリアはぎょっとしてリョウの顔を見上げた。

 「暴動起こすなんざ、……人傷つけるなんざ、……バンドマン失格だ。」

 「そんなこと、そんなこと、考えるなんて! ……違うわよう!」

 ミリアはつっかえつっかえ叱咤した。しかしリョウの目を見ると、その闇に吸い込まれてしまうような気がして、ミリアはただ自分の前だけを見ていた。

 「……ステージ立たねえっつってもさ、もう、さすがに、音楽以外で食ってくことはできねえから、ギター教えたり、スタジオで弾いたり、そうやって、さ。ステージは立たねえでも、なんとか俺とお前の食い扶持ぐれえは稼いで……。」

 「ダメよう! リョウ、そんなこと考えちゃ、ダメ! だってリョウは圧倒的なんだから! リョウを観るために、精鋭たちは大変だって何だって、来てるんだから! リョウはステージに必要なの! 絶対!」

 リョウはしかし茫然と繰り返した。「……俺は、人を傷つけようと思って、音楽やってきた訳じゃねえ。人を喜ばせることで、……自分の居場所を見出したかったんだ……。親もねえ、この世で一人で生きるしかねえ、自分の居場所を、さ。」

 ミリアはリョウの背を抱き締めた。どうにかしてこの精神的窮地を脱したい。そのためならどんなことでもするから。ミリアは切に、切に、そればかりを祈った。

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