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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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4

 人生を決する? ――まさかリョウは流石にそこまでとは思ってはいない。ただミリアは違った。全く関係のない話題で他愛のない会話に興じていても急に黙りこくる。時折何だか悲し気に溜息を吐く。空の一点を見詰めて眉根を寄せる。一番身近な存在がそんな様子でいると、自ずとリョウにもミリアの思いは伝播していくものである。

 「大したことじゃねえだろ。」リョウは一応口にはしてみたものの、それがミリアには何の影響ももたらさぬことを知っていた。

 「断然超絶大したことだわよう!」ミリアはだからいつもそう返した。「だって、だって、ミリアのみぶんが、決まっちゃうんだもの!」

 「身分? あっははは! お前んなモンとっくの大昔、フランス革命とかでぶっ壊されてるだろが!」

 「そういうみぶんじゃあないわよう! ミリアの、今のこのにっぽんにおける、社会の、みぶん!」

 「そうか、そりゃあ大変だなあ。」他人事めいたことを言うとミリアは決まって、リョウを精一杯に睨み付けるのである。


 しかしそんな日々にもついに終止符が打たれることとなった。

 「遅いじゃないのよう!」

 ミリアは玄関で仁王立ちしながら、帰って来たばかりのリョウを詰る。

 「遅かねえだろうよ。まだ、ほら、……三時前じゃん。」リョウはちら、とリビングに掛けられた時計を仰ぎ見る。

 「だって、だって、うっかり道が空いてたら、郵便屋さんのバイクのエンジンが調子よかったら、……一時間ぐらい早く来ちゃうかもしんないじゃないのよう!」

 「ああ、確かに平日の真昼間だかんな。道は空いてたな。バイクのエンジン具合は知らねえが。」

 「ああー! やっぱしもう来ちゃう!」ミリアは悲嘆の声を上げた。

 「お前来んの楽しみなのか、来てほしくねえのかどっちなんだよ。」

 「ええー? ど、どっちもだわよう!」不貞腐れるように言った。

 「そうかい。はいはい、何だか小難しい野郎だな。ちっとヘルメットだけ片付けさして。」リョウはひょいと仁王立ちのミリアを担いで、玄関脇のフックにヘルメットを掲げた。

 ミリアはリョウの背に顔を押し付けるようにして、「ああ、リョウ、ミリアはどうしたらいいの。」と情けない泣き声を出した。

 「どうもしなくたっていいって、散々言ってるじゃねえか。お前、前代未聞に人の話聞かねえな。」

 「聞いてるもの。聞いてるけど、でも、でも、リョウはミリアのこと真剣に考えていないんだもの!」

 「考えてるだろ。だからどっちに転んだって俺が面倒みるって、そう、言ってるじゃねえか。」リョウは右肩に乗せたミリアの尻ぺたを鼓でも叩くように、小気味よくぺちん、と叩いた。

 「痛い!」

 「人の話聞かねえからだ。」

 「聞いてるってば!」

 正直、リョウにとっては、なかなか心底、どうでもいいのである。すなわち、ミリアが大学を卒業できるか否かなどというのは。

 そもそもミリアが大学を四年で卒業できなかったとして、それは完全に自分の、というよりは自分のバンドのせいである。この四年間、幾度海外遠征に行ったことであろう。ヨーロッパツアーを敢行した昨年なんぞは一年の内、三分の一しか日本にはいなかった。それで既定の年限で卒業しようというのが、そもそも間違いであるようにリョウには思われてならない。

 だからリョウはもう大学卒業は五年計画、六年計画にして、授業料のことは気にするなと言い続けて来たのである。しかしミリアはなかなか首を縦に振らなかった。

 ツアー先でもライブのない日には、メンバーは近場を観光に回ったものだがミリアはホテルに籠り切り、レポートを書き、本を読み、ひたすら勉学に励み続けてきた。テレビ電話なぞも使い、ゼミのディスカッションにも参加していたようである。たまに出かけたと思えば、料理本を山ほど買ってきて、その地域の料理の勉強に励んでいたこともあった。フランスに行った時には菓子に魅了されたらしく、キッチン付きのホテルであれこれ拵え、それをレポートにまとめていた時もあった。

 とにもかくにもミリアが何かに対してこんなに真剣になるのは、ギターを覚え立てたあの頃以来であるような気がして、そう思えばこそリョウも何かの手違いで卒業ができやしないかと淡い期待も抱きたくなった。口では卒業なんぞいつでも構わないとは言いつつも、やはりミリアの希望に沿った形であればいいと思わずにはいられない。その結果が、本日三時に、封書で自宅に届くというのである。


 ミリアはじっとリビングのソファで膝を抱えたまま、空の一点を睨むようにして固まっていた。白猫が心配そうにミリアのくるぶしに頻りに首筋を擦りつけている。ミリアは時折思い出したように、猫の頸を撫でてやるがそれにも大して身が入るものではない。すぐに手を離して溜め息を吐く。

 リョウはその側でギターを爪弾き始めた。食事と睡眠以外はギターに触れるのが概ねここ四半世紀近くの習慣となっているので、リョウはそうすることで緊張感から解放され、初めて心の平穏を覚えた。

 そうして思考をコントロールしていく。――次なるは全国ツアーである。海外からの評価をもって国内でもにわかに上がった我らが名声を、ここで頓挫させてはならない。海外の評価が正統なものか否かを判断してやろうという、評論家気取りのメタラーたちも大勢押し寄せるであろうことに鑑みるに、単なるヨーロッパツアーの焼き直しでは済まされないと、リョウの気概は燃え行く。だからこそ旧曲ばかりでを敢行することは許されない。そのためにもそろそろ腰を据えて新曲を作らなくてはと思う。アイディアの断片を音にし、そろそろアキやシュンも呼びつけてデモ制作に入ろうと思う。

 その時であった。家のチャイムが鳴り響いたのは。

 ミリアは弾けるようにして立ち上がり、明らかに恐怖に戦いた表情でリョウを振り返った。それを見て、どうにか鎮静させたはずの緊張感がいわかに高まって来たリョウは、黙って肯き、ミリアの手を取って恐る恐る玄関へと歩いて行った。

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