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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 「ライブハウスでやりてえなんつったから、こんなことになっちまって……。」そう絞り出したシュンの声は聴いたことのないものであった。それが涙声だということにミリアは気付いて、伝播するように自分も涙を溢れさせた。

 「俺のせいだ。俺が、……聖地でやりてえって言ったから……。」シュンは同じ言葉を繰り返す。

 「お前のせいじゃねえ。」リョウの声が低く響いた。「リーダーは俺だ。」

 「全員一致だったじゃねえか。事実改竄すんな。」アキが憎々し気に言い捨てた。

 再び沈黙が訪れる。それを破ったのは、意想外な人物であった。

 「リョウ!」

 そう、血相を変えて楽屋に乗り込んできたのは事務所社長の榊田であった。扉を開け放つとそのままつかつかとリョウに歩み寄り、「大変なことになってしまった。」と絞り出すように言った。

 「怪我人が……、」リョウは先程店長から聞いた事柄を言葉にしようとして、しかし救急車で搬送された、以降の話は何も入ってきてはいない。何を言ったらいいのかわからなくなり、口籠った。

 「そうだ。計十二人が運ばれた。でもほとんどは軽傷だ。人の下敷きになって擦り傷、打撲を負った程度。でも……、」榊田は顔を顰めて言った。「意識のないこが一人。……最初に病院に搬送され、集中治療室に入れられた。これからそこに私も向かおうと思う。リョウも来るか。」

 「ええ。」リョウはそう言って立ち上がった。

 「チケットをな、買えなかった客が目星をつけてこの周辺で張っていたらしい。そしてライブ前にここの前でミリアとバンドのTシャツを着た客の数人とが喋っている所が写真で撮られて、一気にネット上に拡散した。それで、あれだけの人数が集まってしまった。」

 ミリアは唇を震わせながら、信じられないとばかりに社長を見上げた。

 「ミリアが外に出ていようが出ていまいが、バンドのTシャツを着たあの客たちがたむろしている時点で、ここがライブ会場だということは見る人が見ればすぐにわかっただろう。ただ、ミリア、あれはうかつな行動だった。もう、君は名も無いバンドマンじゃないんだ。」

 「ごめんなさい。……ごめんなさい。」ミリアは震える声で繰り返した。

 「おそらく、……運ばれて行ったのはミリアのファンの子だろう。ワンピースを着た、普通の若い女の子だった。もしかしたらライブ慣れしていなかったのかもしれない。かといってそんなことを理由にはできないが……、ともかくミリアも来るんだ。」

 ミリアは激しく何度も肯いた。

 「……その、女の子の家族には連絡してくれたのか。」リョウの声はしゃがれていた。

 「警察に本人確認と共にお願いしている。連絡が付き次第駆け付けてくれるだろうとは思うが、まだその話は入ってきていない。」

 「俺らも行った方がいいですか。」シュンが尋ねる。

 「否……、事故、ということでここでこれから実況見分が始まる。シュンとアキ、君らはこちらでそれに立ち会ってほしい。」

 「わかりました。」アキが言下に答えた。

 リョウは蒼白な顔で振り返った。「……シュン、アキ、頼む。俺とミリアでその子の病院に行ってくるから……。何かあったら連絡をくれ。」

 「あ、ああ。リョウ、お前の方もな。」頭がまだついていかない、と言った風に曖昧にシュンは肯いた。

 「外にタクシーを待たせてある。さあ行こう。」話が整ったとばかりに榊田は、そう言って二人を引き連れ、楽屋を出た。


 自分は一体何をしてしまったのか――。

 リョウはタクシーの中でネオンに横顔を照らされながら、震える腕を押さえつけようとして、それができない満身の震えを自覚した。ミリアが心配そうに隣でリョウの手に自分の手を重ねる。

 「リョウ、大丈夫。大丈夫だから。」しかしそう言うミリアの声も震えていた。自分の安易な行動が、とんでもない悲劇を招いてしまった――。その事実に潰されそうになっているのは紛れもない事実であるが、おそらくはそれよりも痛苦を覚えているのはリョウだということを思えば、ミリアは一層どうしたらいいのかわからなくなった。頭が真っ白になった。

 榊田は助手席に座り、携帯で警察と思われる人物と話をしていた。

 「――そうですか。軽傷の客は全員治療が済んだと……。良かった。大事には至らなかったと……。そして一番重症の彼女は? 身元確認の方は進みましたか……? あ、学生証で名前は判明できたんですね。よかった。ええ。友人と一緒に来たような形跡はなかったです。そもそも今回のライブチケットは抽選でしたから。二十倍強です。しかし、……携帯を見ても家族がわからない、んですか? 疎遠になっていたのかな……? それとも何か訳があるのか……。」

 ミリアは心配そうに身を乗り出す。

 社長は、はい、はい、と盛んに肯いている。

 「……そうですか。では、お願いします。」電話は切られた。

 「女の子のこと、わかったの?」

 「ああ、専門学校の学生証が財布から出て来て、名前は判明したらしいんだが、携帯を見ても家族が登録されていないようなんだ。友達と来た様子もなかったし……。それで今、登録されている、友人と思しき番号に片っ端から電話を掛けている最中らしい。それでも保護者と連絡がつかない場合、明日朝一に学校に連絡を入れて保護者に連絡を取ってもらうことになったが、そんなのを待っていたら……。ともかく出来るだけ早急に連絡を付けて貰うようにはお願いした。」

 「うん。うん。」ミリアは眉根を寄せて何度も頷いた。

 リョウは深々と頭を下げ、固く目を閉じていた。意識の無いという少女の元へ一刻も早く、家族が来てくれるように。そして意識が回復するように。これから我が身に訪れるであろう全ての僥倖をかけて、リョウは祈った。

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