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「都内某所なんつうから、どこかと思いきや……。」リョウと同じ赤髪にした精鋭の一人がにやりと微笑み、サンクチュアリと書かれた看板の前を見上げていた。入口付近に置かれた、いつも出演バンド名が書かれるブラックボードには“secret”の文字だけが意味深げに踊っていた。
「でもやっぱここ以上にLast Rebellionに似合う場所なんて、ねえよな。」
「きっとリョウさんが言ったんじゃねえ? 聖地でやりてえって。」
「わかんねえぞ。シュンさん、アキさんだってここには思い入れでけえはずだからな。もちろんミリアちゃんだって……。」
そう言って精鋭たちは列の先頭に並び、開場時間を待った。
「またこうして、ライブハウスで観れるとは思わなかったなあ。」
「だよな。もうLast Rebellionはでけえホールで拝むしかねえと思ってたけど、こんなキャパの、しかもずーっとライブやり続けてる、一番慣れ親しんだ所でやってくれるなんて、なんかマジで嬉しいよな。」
「そうそう、なんか海外に出て行く前の、あの時代のライブが始まるような感じがする。」
「ああ、そうそう、その辺からミリアちゃんがひょいと顔を出してくれたりしてな。」
三人がちら、と受付を見遣ると、そこから突然ミリアが顔を出した。
「う、うおおおおお!」
ミリアは三人の雄叫びめいた悲鳴を聞いて、目を丸くする。「どうしたのよう!」
三人は当たりを注意深く見回してから、慌てて受付に駆け寄った。
「な、何でこんな所にいるんすか。」
「だって、リハが終わったから。精鋭たちもういるかなって、思って。」
「でも、でも、こんな所にうっかり顔出しちゃあ危ないじゃねえすか。今日は場所シークレットすよ? 誰がどこでミリアちゃんのこと見かけて、大集合しちまうかわかんねえじゃねえすか。大体今日のチケット何倍か知ってんすか? 二十倍すよ、二十倍。」
「ありがたいわねえ。」のん気にミリアは微笑んだ。
「でも、……正直、今日の会場がここだって見当付けてる奴は大勢いる気がするんだよな……。」赤髪が苦笑しながら言った。
「たしかに。」もう一人の男は妙に納得をする。「ネット見てても、Last Rebellionと言えばここだろうっつう書き込みは結構見たかんな。だって海外ツアー直前とか、何周年とかっつう記念モノは全部ここだし。」
「で、何で聖地にしたんすか?」黒髪の男はそうミリアに尋ねた。
「ここいらのホールはもういっぱいで予定入んなくって、ならリョウもシュンも、聖地にするって言い出したのよう。ツアーで成長した姿を店長の大さんに見せるんだって言って。」
「そうすか……。」
「ミリアもホールは、……音はいいんだけど、ちっとお客さんが遠く感じたからライブハウスがいいなとは思ってたんだ。」
「でももう、Last Rebellionはマイナーバンドじゃねえすからねえ。言うなれば日本代表だし。」
ミリアは眉根を寄せて首を傾げた。「でも、そうかもしんないけど、きっと、そうなんだろうけど、……精鋭たちに感謝は忘れちゃいけないって、リョウ言ってるわよう。」
三人の男たちは身を硬直させた。まさかそんなことを、あの強面の、デスボイスをがなり立て、フロントマンとしての威圧感を厭という程与えてくるリョウが言っているなんて、にわかには信じられなかったのである。
「海外メタルこそ至上、国産メタルなんでだっせえ、っていう時代から、精鋭たちは自分たちのことを認めてくれて、間違ってないよってライブのたんびに全力でアピールしてくれて、だからバンドの今があるって、リョウ、言ってる。だからね、忘れちゃダメって。」
赤髪は突然むんずと、ミリアの両手をしっかりと握り締めた。目が赤く充血をしているのをミリアは心配そうに覗き込んだ。
「ど、どうしたの……。」
「リョウさん、そんな風に俺らのこと言ってくれてんすか。」
「うん。精鋭たちがライブに来てくれるのを当たり前って思っちゃあ、ダメだって、いつも言ってるわよう。ライブ来るために日頃からお仕事頑張って頑張って、そうやってどうにかこうにかお休みもぎ取って、チケット代、交通費、宿泊費色々出してようやく来れてるんだって。大変なんだって。だからそれに見合った……」
「うおおおおおお!」男はミリアの前に頽れた。ミリアは驚愕のあまり、ひい、という小さい悲鳴を上げて飛び退った。
「リョウさんが、リョウさんが、そんな風に言ってくれてるなんて! もう俺は今ここで死んでも構わねえ!」
「何言ってんのよう!」ミリアは地団太を踏む。「これから追加公演じゃないのよう! せっかくチケット当たったのに! ダメじゃないのよう!」ミリアは叱咤しながら伏した男の背を二度も三度もぶっ叩いた。
「あ、そうか。」男はふと我に返って顔を上げた。
「あともうちっとで始まるんだから、しっかりしてよう。まったく。」
「……すみません。」
「でもリョウさん、そんな風に俺らのこと言ってくれてんすね。いやあ、凄ぇ嬉しい。」
「うん。」ミリアは三人の目を順繰りに見つめながら大きく肯いた。「リョウは精鋭たちをとっても大事に思ってんのよう。今度『精鋭ありがとう』って曲でも作ればいいのにねえ。そう言っとくわねえ。」
「い、い、いや、それはいいです。」
ミリアは不思議そうに男たちの顔を見ながら、「そう?」と問うた。
「リョウさんが何言わなくても、ステージ観れば全部伝わってきますから。」
「そうそう。リョウさんは何も言わなくていいんすよ。たまーに、一言、ライブ終わってから客席降りてきてくれて、『今日はありがとうな』って、そんでもう、十分。」
「沖縄で『ありがとう』っつって言ってくれた時、俺、震えましたもん。」
「ああ、ああ、たしかに。」三人の男たちは沖縄まで行っていたのか、互いに頷き合った。
「それよりミリアちゃん大丈夫ですか? こんな所まで出て来て俺らと駄弁ってて……。」
「ううん、ダメかもしんない。よくわかんないんだけど、マネージャーさんに『今日は大串屋さん行っちゃダメ』って言われててお昼はお弁当だし。場所もシークレットだから、あんましソト出ちゃいけないのかも。」
「じゃあ、中戻って下さい。」男たちはいっせいにミリアの背を押した。
「そうそう、こんな所見られちゃやべえから。」
ミリアは少々詰まら無さそうに唇を尖らせて、でもいつまでもこうしていてはいけないのだということもわかり、「うん。わかった。そうする。」と頷いた。「じゃ、またね。」ミリアは小さく手を振り中へと戻って行った。




