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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 ヤシの木の茂る通りを抜け、四人は大きな煉瓦造りのホール前に降り立った。するとすぐに中から「遥々ようこそおいでくださいました。」アロハシャツを着た壮年が、柔和な笑みを浮かべて四人を出迎えた。

 一体誰であるのか、不審に思いつつもとりあえず頭を下げたリョウたちに向かって、伊佐木は「今日の会場の責任者の、比嘉さんです。」と紹介する。とてもそうは見えないフランクなスタイルに、四人は思わず笑みを浮かべた。

 「チケットはすぐにソールドアウトしましてね。今日の日を、我々全員楽しみにしておりましたよ。」

 「……なんか李さんに似てる。」ミリアがこっそりと呟き、シュンがぶっと噴き出した。

 「うちがツアーの集大成ということで、本当に光栄です。もうスタッフも朝から必死になって準備をしております。どうぞ今日は楽しんでやって下さい。今夜は本土の人が召し上がったことのないような、珍しいお食事をたくさん用意させて貰いますから。そちらも楽しみになさっていて下さい。」

 「マジか!」速攻食らいついたのはシュンである。「豚の耳とかなんか旨いラーメンとか、旨い酒とか、そういうのがあるって聞いてんすけど。」

 「あっはははは! わかりました、全部用意しましょう。」

 「よっしゃー!」シュンは雄叫び一つ上げると、瞬く間に会場内へと駆け出して行った。「ライブはね、任して下さいよ。毎回おんなじじゃねえすからね! このツアーでどんだけ成長できたか、過去最強の俺らを見せ付けてやりますから。何せ本編は今日で締めですからね。締め。」シュンは一気にテンション高くそう捲し立てると、会場に入り「みなさーん! Last Rebellionですー! 今日は、よろしくお願いしまーす!」と大声で絶叫した。

 ミリアも口を一文字に引き結び、よっしと拳を握りしめ、気合を入れて会場へと入って行く。

 扉を潜り、四方を見回す。ほんのりと天井から照らされているオレンジ色の光は、本土にも負けぬ会場の広さを四人に知らしめていた。

 「うわあ、大きいのねえ。こんなにお客さん来てくれんの。」

 四人のすぐ後ろに立った比嘉は、「ええ。ここにもあなたがのファンは大勢います。今日は我々の情熱をしっかり受け止めて下さい。イチャリバチョーデーです。」と悪戯っぽく笑った。

 「ううん? イチャリ……?」ミリアは眉根を寄せ、もごもごと繰り返した。

 「沖縄の言葉でですね、『一度会ったら、みんな兄弟』だってことです。」

 「……へえ。」ミリアは目を丸くする。

 「ここは風土も人間も、みんなあったかい。一度会えばみんな誰もが心を許し合って、困った時には助け合いながら生きています。」

 リョウはにっと微笑みを浮かべると、スタッフたちがセッティングしているステージへと悠々と歩いて行った。


 ミリアは用意された自分のFlyingVを受け取り、ステージからギターを響かせる。スタッフだけのまばらな客席で、音はやたら反響していった。これが数時間経つと音は一気に吸い込まれていく。観客の一人一人が音を吸収しているのだ。ミリアはそう固く信じている。でなければあんなにリハと本番、つまり客の有無で音が違う理由が知れないではないか。

 特に今回はどこに行っても客数はとてつもなく多かった。だから音は、全て吸い込まれていった。彼らは総じて音を一心に受け止めているのだ。そうして音は、彼らの中に留まり、そうしてある日開花して、エネルギーを生み出していく。そう、彼らから寄せられた手紙には書いてあった。どうか彼ら一人一人が自分たちの音を胸に、いかなる困難にも屈しない人生を送っていけるように。そのための力となれるように――。

 ミリアは切に祈った。祈りながら、一人黙々とアルペジオを奏でた。

 そのために、一回一回のライブを大切にしなければならない。観客とは一期一会である。観客にとっては、先ほどここの責任者が言ったように、たった一度の出会いであっても、生涯忘れ得ぬような強いシンパシーを感じてくれる者がたくさんいる。

 そんな記憶となれるように。そんな力となれるように――。

 リョウはミリアに度々言い聞かせている。精鋭たちに対し、いつも来て貰って当然だと思ってはいけない。ライブに来るために、どんな努力をしているのか、想像しなければならない。人間は想像力を失ったら終わりである。共感力を失ったら人ではない。彼らがライブの日を開けるために数ある予定を動かし、仕事だの、学校だのは休みを取るためにその分日頃から尽力し、周囲の理解を得て、そしてチケット代に交通費、中には宿泊費までを貯め、ようやくライブに馳せ参じているのだ。それに見合ったライブをするのが最低限の礼儀である、と。

 ミリアはそれを思うと、幸福で胸がくるしくなると共に、責任感に身の震えるような思いがした。最早そこにはリョウと共にいたいだけではない、一人のアーティストとしての心構えが確固として構築されていた。

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