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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 ステージ立ち、観客を見下ろしながら、ミリアに手紙を書いた人間がこのどこかにいるという事実がリョウの頭を過る。それはリョウに観客への無上の親近感を覚えさせた。家族のないリョウにとってはこれは今までにあまり得たことのない稀有な感覚でもあった。

 サークルも、ダイブも、ウォールオブデスもないことが当たり前となり、一時こそ少々の寂寥を感じたが、それよりも聞き手のすそ野を大きく拡大できたことは、今回のツアーでの大きな収穫であった。ミリアのファンと思しき街を歩いていそうな女の子たちや、たまに見かける親子連れ、体の不自由な車いすの客の姿もあった。彼らはおそらくライブハウスでしかライブを行わなければ、絶対に来ない、あるいは来られない人々であったあろう。そんな彼等に自分たちの世界を共有して貰えたことは、リョウにとって至上の歓びとなった。

 リョウはこの風景を忘れまいと、ミリアがソロを奏でている最中に観客をじっと見下ろした。そして観客の熱のこもった空気を胸いっぱいに吸い込み、目を閉じた。体全体で、この経験を体に刻んでおきたかったのである。いつかこの世を去る時には、この思い出で胸を浸しながら次の世へと向かおう。そんな光景が幾つも創り上げられたことに、リョウは紛れもない『幸福』を覚えた。


 まだ春先であるというのに、降り立った沖縄はまるで常夏であるように四人には思われた。

 「ここで、一応ホールはラスト、か。」飛行機を降りるなり滲んだ額の汗を拭いながらリョウは茫然と呟く。思えば北から南へと、随分あちこちでライブを行って来たものである。

 「もうちょっとお空を飛んだら台湾があるわねえ。李さんが待ってるかも。」ミリアが悪戯っぽく言った。

 「たしかに、この空気感とか、なんか風景も、どっか台湾と似てんなあ。あっちへ行ったのも春先だったもんだが、だーいぶ、暑かったかんなあ。」シュンがそう言うと、三人の脳裏には既に遠くなりつつあった台湾での光景が思い出された。

 四人は伊佐木が運転して来たレンタカーに乗り、今夜のライブ会場であるホールへと向かっていった。

 「結局、国境なんてさ、人間が勝手に引いたモンであって、どこ行ったって人間はいるし、人間がいりゃあ音楽は必要とされるし、どこへだって俺らは行くんだよ。」リョウが車窓を眺めながら一人、誰へともなく呟いた。「言葉なんざ通じなくたってよ、音出せば一発だ。繋がる。俺らの世界に入り込んできてくれる。そこには神もイデオロギーもなんもねえ。」

 「うふふ。こうやって、これからもあっちこっちツアーが出来たらいいのねえ。日本でも、台湾でも、アメリカでも、ヨーロッパでも、人がいる所、どこでも。」ミリアはそう言って車窓を開けると、熱気に満ちた空気を胸一杯に吸い込んだ。

 定間隔に植えられた街路樹は、見慣れたそれとは違っていた。やはり自分たちを海外で最初に受け入れてくれた、台湾と同じ雰囲気を覚えるのである。ミリアはきっとここでも自分たちが受け入れてもらえるということを確信し、一層深くこの新しい空気を吸った。

 「あ。」ミリアは突然何かに思い立って振り返った。「そういえばさあ、追加公演のチケットの抽選結果はどうなった? もう出た?」ミリアは今度は忙しなく運転席に身を乗り出して言った。

 「ああ! そうだ。今日だ。当選者には正午にメールで連絡が行くことになっていますよ。今頃皆さん、ドキドキしているでしょうねえ。」

 「精鋭たち、当選したかなあ?」

 「ちょっと、……自分には分かりかねます。」伊佐木は苦笑を浮かべつつ答えた。

 「ミリアにお手紙くれた人たちの中にも、絶対来たいって言ってくれる人、いーっぱい、いるんだ。本当はねえ、みんなに観て貰いたいんだけれどねえ。」

 「まあ、それは理想論っつうやつだ。」リョウは素っ気なく答えた。「まあ、実際には体力つけてライブやれる限りはやっていくっていう形でしか、応えらんねえからな。精々お前も頑張れよ。」

 「……ミリアも走ろっかな……。」ミリアはミニスカートから覗いた太ももをちょいと摘まんで言った。「リョウみたいにハーフマラソンとかは、無理だけど。……ちょっとぐらいずつ、なら……。」

 「俺も三十路んなってからのモットーは、『酒は楽しく』だからな。」助手席に座ったシュンがぐい、と後部座席を振り返って言った。「酒は何も限界に挑戦するためのツールじゃねえっつうことが、三十過ぎてようやく解った。」

 「随分時間かかったな。」眠っているとばかり思っていたアキが、静かに言った。

 「……酒は楽しく。」ミリアは神妙そうに小さく繰り返した。

 「でも体力関係はアキを見習った方がいいな。あいつは最早プロテインマスターだかんな。筋トレはリョウも欠かさねえけど。お前随分厳つくなったよな。体重どんだけ増やした? バンド入った時と比べて。」

 「ああ? お前二十歳そこそこん時と比べろっつうのかよ。」と愚痴を言いつつそれでもアキは考え込んだ。「多分、……七、八キロ。そんぐれえは増えたかな。」

 「へええええ。七キロ。お米だとだいぶんたくさんだわよう。」ミリアは目を丸くする。

 「お前も見たくればっかり気にしねえで、きちんと健康に気を付けねえとダメだぞ。」再びシュンが振り返って言った。「何せこの、一生病気なんざに無縁だと思われたリョウでさえ、大病やっちまってんだからな。」

 ミリアは恐る恐る肯いた。「あんなのって、もう絶対御免なの。本当に絶対。」

 「だろうだろう。たまには健康診断とか受けてよ、適度な運動適度な酒量。精鋭たちのためにも、しっかり管理しねえとな。」

 「健康診断なら、毎年夏にモデルの仲間たちとみんなして事務所でやってるわよう。今年からはリョウもシュンもアキもやるのよう。うちの事務所はそういう決まり。」

 「ええ?」期せず男三人の声が重なった。

 ミリアはこっくりと頷く。

 「そうですよ。」伊佐木が代わりに説明した。「うちの事務所は毎年八月の終わりに、事務所にお医者さんやら看護師さんやらに来て頂いて、一日がかりで健康診断やるんですよ。」

 「それ、って、俺らも、やんのか。」リョウが途切れ途切れに訊ねる。

 「そうですよ。四十過ぎたら検査項目増えるんですよねえ。バリウムとか。検便とか。結構面倒臭いんだ、あれ。」

 「マジか……。」リョウは唖然として目を瞬かせた。

 「しっかり診て貰うのよう。」ミリアはにこにこして答えた。

 「うちの場合はモデルの子たちが無理なダイエットをして痩せすぎてしまわないよう、監視の目を光らせるということも名目としてあるんですよね。ミリアさんは今まで大丈夫でした? 引っかかりませんでした?」

 「全然平気。ふふん。ミリア、栄養バランス気にしてるもの。大学でお勉強してきたから、もうバッチリ。」ミリアは腕組みして顎をしゃくってみせる。

 「何気にこいつは飯しっかり食ってるかんな。自分でも旨いの作るし。そんでも太らねえっつうのは体質なんだよ。」

 「そっか。じゃあ、遺伝だな。」シュンが言った。

 遺伝、と言われミリアは肩を窄めた。ジュンヤもそうであるが、それよりも容貌面でいえば自分に酷似したあの母親も痩せ形であったのを思い出して。

 「さあさ、そろそろ会場に着きますよ。」そう言ったのは気遣いなのか偶然なのか、リョウはとかくそれに応えるべく、一層張り切った声で「南国の精鋭たちども、会いに来たぞ!」と叫んだ。

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