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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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30

 ツアーも終盤に差し掛かったある日のこと、はたして追加公演はシークレットライブとして決行されることとなり、すぐさまそれは各種メディアを通じて報じられた。

 メタラーたちはにわかに騒いだ。都内某所とのみ報じられた場所は一体どこであるのか。提示されたチケットは僅か二百枚。それはライブハウスでの公演であることと同義であった。都内に星の数程に存在するライブハウスの名を上げ連ね、予想は様々に繰り広げられた。ホールツアーの追加がライブハウスというのは一体何を狙っているのか、それが世間の予想を覆すLast Rebellionらしいといえばらしいし、とかくそれよりも相当の高倍率のチケット争奪戦をファンは何よりも危惧した。海外でのツアーを終え、国内でのホールツアーも無事に終えようとしている彼らにどうしても一目会いたいと、その音を一曲でもいいから聴きたいと希う人々の数は予想以上に多かった。限定二百枚のそれは、やはり発売と同時に秒殺されることとなったのである。抽選は実に二十倍強。それは予想を遥かに上回るものであったことは否定できない。

 「精鋭たち、チケット当たるといいんだけれど。」ミリアは楽屋のパイプ椅子に座り、足をぶらつかせながら言った。

 「まあ、俺たちは籤引きには関与できねえからなあ。当たるも八卦当たらぬも八卦。」シュンが苦笑を浮かべる。「でも、まあ、お前の言いたいことは、解るよ。海外出て行く前のさ、最後のあん時、俺らを励ましてくれた連中に礼がしてえっつうか。こんだけ得て帰って来たっつう所を見せつけてやりてえっつうか……。」

 「ライブっつうのは俺らの自己満のためにやるんじゃねえからな。」先程から丹念なストレッチを行っていたリョウが二人を睨み上げた。「客のためにやんだ。俺らの曲を聴きてえって思ってくれる人がいるから、それに応えるためにやんだ。」

 「わかってるって。んな怖い顔すんなよ。」シュンがそう言ってリョウの肩を軽く叩く。

 リョウは今度は床に寝そべり、腹筋を始める。「ならいいけどな。どこのどいつにチケットが当たろうが、俺らは最高のライブをやる。誰が目の前にいようが関係ねえ。俺らの音を求めてきた奴らを、心行くまで満足させる。それだけだ。」

 「でもなんか、精鋭たちは当たる気がする。なんとなく。」ミリアはそう言ってくすりと笑んだ。

 「全員新参だろうが、全力でやんだよ。精鋭は、……大切だけどな。」リョウはそうぼそりと呟いて、腹筋の動きを停めた。「……何せ最初っから俺らに眼付けてくれたんだかんな。海外のメタルこそが至上、国産メタルなんてクソしょぼいっつう時代によお。毎回どこまでも足運んでくれて、俺らが間違ってねえってことを、毎回客席から全力で見せ付けてくれてよお。その感謝は死んでも忘れらんねえ。」

 その時ミリアが次々に想起した顔はたしかにいつも輝かんばかりの笑顔で、それが自分にどれほどの力を与えてくれただろうと改めて思った。そうするとやはりリョウと同じく苦しくなる程の感謝が込み上げてきてならなかった。

 「精鋭たち、ありがとう。」

 「何だお前、唐突に。」シュンが笑い声を発する。

 「だってそうじゃないのよう。いつも絶対来てくれて、ミリアのギター褒めてくれて……。」ミリアは思わず目頭を押さえた。

 そこに楽屋の扉をノックする音がした。

 「はーい。」リョウは立ち上がり、扉を開ける。するとそこには伊佐木がいた。

 「すいません。これ、ミリアさんにファンの方々からお届け物が……。」伊佐木の手には、大きな紙袋が二つ、抱えられていた。

 ライブ前になると、大抵ミリアの元には多数の手紙だのプレゼントだのが届けられた。受付に預けたもの、それから何をどこまで知っているのだか伊佐木を見つけてミリアに渡せと言われたもの、ミリアはリハを終え、開演時間までの間に楽屋でそれらに目を通すことを習慣としていた。


 「うふふふふ。」

 伊佐木が置いていった紙袋から、ミリアは手紙を取り出しては読んでいた。

 「何だ、一人で笑って。気持ち悪ぃ。」リョウはストレッチをしながらミリアを睨む。

 「だって。」ミリアは水色の便箋をぴらぴらと戦がせた。「この子ね、高校生なんだけど、Last Rebellionを見て僕もバンド始めましたって、書いてある。」

 思わずリョウも破顔する。

 「ミリアちゃんみたいにギター弾けるように、学校帰ってから毎日毎日練習してますって。ふふふふ。」

 リョウは黙って腹筋を始める。

 暫くすると突如ミリアのけたたましい笑い声が沈黙を破った。「あはははは!」

 「今度は何だ!」

 「あのね、」ミリアは言いながら可笑しさに耐えきれず、自分の太ももをばんばんと手で叩いた。手にはひまわり柄の便箋が握られている。「この子おんもしろいの! 追加公演のチケット絶対当てたいから、毎日近所の土手のゴミ拾いしてますだって! いいことすれば自分に返って来るからって。ライブ会場で待っててくださいって書いてある。」

 「そりゃあ、いいことだ。」

 再び暫くの沈黙の後、再びミリアの哄笑が響いた。「あっはははは!」

 「だから何なんだって!」

 「あのね、だってこれ。」ミリアは猫柄の便箋をやはり戦がせて言った。「今回はお仕事で九州以外行けないのが残念です。でもいつかお金貯めてLast Rebellionのツアー全通します。ヴァッケンも行きますって、書いてある!」

 リョウは静かに笑みを溢しながら、更に腹筋を続けた。

 ミリアの手紙の朗読は開演間近まで続いた。伊佐木が取捨選択をしているのかはわからなかったが、いずれも極めて好意的なものばかりであった。気が付けばミリアとリョウは、すっかり意気を上げて本番に臨むこととなったのである。

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