29
翌日のライブも無事に終え、いよいよツアーも後半に入っていった。四人の音は次第に円熟味を帯び、確固たる世界観を生み出していくこととなった。それを報じる種々のライブ記事の原稿が上がって来るたび、そこに踊る賛美の文字に四人は勇気付けられた。
そんな中、再び今度は事務所からコーディネーターがわざわざ九州までやってきたのは、伊佐木が言ったように、追加公演についての相談を行うためであった。
「追加公演の問い合わせが毎日電話でもメールでも引っ切り無しなのですが、もう、都内ではどのホールも入れられないんです。」
そうコーディネーターの男性はホテルの一室で情けない声を上げた。相当この問題で疲弊をしているのか、それとも元々悲観的な考え方が板についているのか、リョウよりも若く見えたが、頭に白髪が混じっているのをミリアは黙って見詰めていた。
「別にホールじゃなくったって構やしねえよ。俺達はずっとライブハウスでやってたんだからさ、ライブハウスでやりゃいいじゃん。」リョウはあまりに落胆し過ぎている、そして必要以上に老いてしまっているこの男を励まそうと声を掛けた。
「そうしたいのは山々ですが、二、三百のキャパの場所でやったりしたら、大変なことになります。」
リョウもシュンも首をひねった。「大変なことって、何だ。」
「要するに、」アキが厳しい眼差しで言った。「既に千、二千のホールでやってっから、んな小狭ぇハコでやったら客が入りきらねえで、チケットがプレミア化するのはともかくとして、それさえもゲットできなかった輩が何やらかすかわかんねえっつうことだな。」
「平たく言うとそういうことになります……。」男は相変わらず消え入りそうな声で言った。
「俺らの客はそんだけ熱い奴多いってことか。大したもんだ。」シュンが妙な納得の仕方をする。
「じゃあ、どうしろっつうんだ?」リョウが顔を顰めて言った。
「追加公演自体を辞めるか、危険を覚悟してライブハウスでやるか、ホールの空きが出る半年後にやるか。どれかです……。」
「んな危険じゃねえだろ。」勝手にシュンは二番目の案を推そうと躍起になった。「俺らはウン十年もライブハウスでやってっけど、まあ、今までで一番危険だなって思ったのが、大酒呑みながらリョウが客と喧嘩して大暴れしたことぐれえだな。まあ、せいぜいそんぐれえな所だ。世間で言われてるよりデスメタルのライブは文化的なんだよ、たまにそうじゃねえ奴もいるけど。そういのは大抵客の立場に甘んじてはなくて演者の方になるから大丈夫だ。」ちら、とシュンはリョウを見遣り、リョウは「若い頃の話だろ、若い頃の。」慌てて付け加えた。
「精鋭たちだけなら人数切り詰めても安全にできっかもしんねえけど、もう誰が来るのかわかんねえからなあ。まあ、あんたがビビるのもわかる。」アキがコーディネーターに言った。
「あ、ありがとうございます。」男は律儀に頭を下げる。
「じゃあ、追加やめるか半年後にやるか、か……。」リョウが腕組みをしながら空の一点を見詰めた。
「半年後なんてもう追加でも何でもねえだろ。ただの単発ライブじゃねえか。」シュンが慌てて反論する。
「じゃあ、いっそ無しか……。」アキがさすがに顔を曇らせながら言った。
リョウは考え込む。新たな聴衆に会えるのならば、会いたい。しかも自分の音を聴きたいと思っている人間が一人でもいてくれるのなら、何としてもそれに応えたい。――それはどこで?
今回立て続けに大きなホールでライブを行って来て、女性やメタルライブに初めてやってきた客にとって、席が設けられ、安全に観ていられるという点においてはこちらとしてもかつてない満足を覚えたことは確かである。しかし、一方でどこか物足りなさを感じていたのは事実であった。それはやはり観客たちの渦巻くモッシュ、サークルピット、それからステージ上から飛び降りていくダイブ、観客席が真っ二つに分かれ衝突し合うウォールオブデスがなかったことに起因するのではないかと思わないでもなかった。
「ラスト……、ライブハウスで、できねえかな。」リョウは熟考の末そう呟いた。
コーディネーターは渋面を作り、腕組みをする。「正直、……全くの不可能ではないとは思います。限定と銘打ち、場所は都内某所とのみ告知しておいて、ギリギリになってから当選者のみに場所を伝える。チケット転売も防ぐよう、身分証明書の提示を求める等手順を踏めば……。」
「うわあ、堅苦しいな。メタルライブの様相じゃねえ。」シュンが顔を顰め言った。
「たしかにな。……でも、もう俺らがライブハウスでやるには、そうするしかねえのか。」アキは頭を下げた。
「メタルで売れるっつうのも、考えモンだなあ。……売れるメリットといやあ、仕事しなくても食えるぐれえか。」シュンがほくそ笑む。「でけえような小せえような……。」
「じゃあさ、」リョウはさっぱりした笑みでメンバーとコーディネーターを順繰りに眺めた。「俺はどこででもやらしてくれるっつうなら、聖地でやりてえ。海外公演終わってから一回も出てねえ。有馬さんにちゃんと海外行って成長して来たっつう所を、見せてえんだよ。何せあそこは俺の故郷だからな。だろ?」
「賛成。」シュンがほとんど立ち上がらんばかりに中腰になって言った。「やっぱあそこが俺らの出発点であると同時にゴールなんだよ。何やるにしてもあそこから出発してくっつうかさ。海外行く前もあそこでやってから行ったもんな。」
「うん、ミリアも聖地がいい。聖地に精鋭呼んで、海外行く前みたいにやんの。ねえ、そうしよう? ねえ?」ミリアはコーディネーターの少々草臥れたネルシャツの裾を引っ張って揺らした。
「せ、聖地、ですか?」コーディネーターは聞き慣れぬ言葉を聞き返す。
「サンクチュアリ。店長は有馬さん。何なら俺からスケジュール空いてねえか聞いてやるよ。」リョウが微笑む。
「任せろ。」と言ってシュンが携帯電話を取り出し、何やら電話を掛け始める。
「ライブハウスならな、俺らの方がパイプは強いってことだ。」リョウが勝ち誇ったような笑みを浮かべて言った。コーディネーターは苦笑を浮かべて少々髭の伸びた頬を撫でた。その笑みには来訪した頃には微塵も見られなかった安堵の色が広がっていた。




