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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 「おおー!」シャワーを浴び、髪を乾かさぬままホテルを出てきたリョウは、面倒くさそうに髪を一つに束ね上げながらそう感嘆の声を上げた。「なんだこりゃあ、まるで芸術品じゃねえか!」目の前に出された樽には、煌びやかな寿司がぎっしりと並んでいる。

 「地元の方から教えて貰ったんですよ。市場の一角でひっそりやっているお店ですから、あまり観光客にも知られてないようで。……さあ、明日に向けてどんどん食べて下さいね。」伊佐木は朗らかにそう四人に語り掛けた。

 リョウはとりあえず目の前に出された、樽に詰まった寿司を覗き込み、「いただきます。」と手を合わせて恐る恐るその一つを取り上げてさっと醤油に付けると口に放り込んだ。

 すぐに目が大きく見開かれる。「旨ぇー! 何だこりゃあ!」

 「ふふふ、良かった。」

 ミリアも腕を伸ばし、とりわけキラキラと輝いていたイクラの軍艦を口に放る。ミリアの目もすぐさま大きく見開かれた。続いてシュン、アキも食べてそれぞれ感嘆の声を上げた。

 「こんなのって今まで食べたこと、ないわわよう! リョウに連れてってもらうお寿司屋さんとはだいぶん違ってるわよう!」

 「悪かったなあ。回転しか連れてかねえでよお。」

 「やっぱ飯だけで考えたら国内ツアーだよなあ。しかもある程度金に余裕があるやつ。」シュンがもごもごと咀嚼しながら言った。「これで貧困ツアーだと缶詰一択だかんな。いやあ、ミリアの事務所は太っ腹だ。ありがてえぜ。マジで。」

 「ミリアの事務所だけど、もう今はバンドの事務所でもあるのよう。」

 「ま、そうだけど。」シュンはしみじみとお茶を啜る。「とにかくこんなデスメタルバンドを入れて貰ってありがてえことだ。さすがにこの規模のツアー全部俺らでやるっつうのは、無理だかんな。そういやあ、社長は元気?」

 「ええ。元気ですよ。社長業がなければツアーを一緒に回りたかったなどと言ってました。」

 「うわあ、そんなのって楽しい!」ミリアが歓声を上げる。「社長もねえ、美味しいもの大好きだから。ミリアと気が合うのよう。」

 「そういやあの社長、今までデスメタルに限らず、バンドの面倒自体看たことがねえかんな。一回ぐれえじっくりツアー同行して見てもらって、これからあの事務所にデスメタル専門部を開設したらいいんじゃねえの。俺らいっぱい所属できる野郎ら紹介すっからよお。」リョウはそう言うと、大口を開けて笑った。

 「事務所所属タレントは、ファッションモデルとデスメタラーですっつうのか。」シュンは唖然として言った。「凄ぇバリエーションだなあ。」

 「ミリアはどっちもだわよう。」忘れられているのかと不満げに言う。

 「まあ、あの社長ならモデル専門部だってデスメタル専門部だって、何だってやれんだろ。何か知らねえけど、有能だからな。」リョウが甘エビを口に入れ、目を閉じて味わう。

 「社長も有能だし、伊佐木さんも運転手だかコーディネーターだかマネージャーだかなんだかわかんねえけど有能だし、俺らは幸せすよ。この事務所入れてもらってよかった。」アキが言った。

 「あはははは。まあ、運転しつつも結局は何でも屋ですからねえ、自分は。」

 「普段は何やってんの?」ミリアが不思議そうに尋ねた。

 「運転手ですよ!」伊佐木は思わず噴き出す。「主にモデルさんを送迎したり、あとは、撮影に必要な服だの小物だのを搬送もしますよ。それから、休みの日には社長とゴルフ行ったり。あ、でもお子さん産まれてからは、ないかな。」

 「へえええ。」ミリアは感嘆の声を上げる。

 「まあ、モデルさんは食に拘りのある方が多いですから。それで土地の下調べしたり、地元の方々とコミュニケーション取ったりして、できるだけ美味しくてヘルシーなものを食べて貰おうって思ってやってて。それを今回でも何となくやらしてもらっただけです。バンドマンもやっぱ体が資本だって所はモデルさんと一緒すね、地元の新鮮で美味しいもの食べて貰えるといい仕事で返して貰える。」

 「んまあ、ありがとう。お陰様でミリア頑張れます。」ミリアは深々と頭を下げた。

 「お前、食に拘りあったんか。」シュンに聞かれ、ミリアはえっへんと胸を張る。

 「あのねえ、撮影の前の日はスムージーにしてんの。スムージー。わかる? 前、シュンが結婚お祝いにジューサーくれたでしょう? あれで作ってんのよう。」

 「ああ、そうそう。なんか近未来的な、ドロッドロの凄ぇ飲み物な。」リョウが顔を顰めて言った。

 「あれ飲んでお腹引っ込めて撮影すんのよう。」

 「そうか……。こんなんでも、一応そういうのやってんのか。」

 「ミリアさんは人気モデルですからね。専属誌でも毎月かなりのページが割かれていますよ。今回だって大阪でのコレクションに出て欲しいと依頼が来ていたのに、ツアーを優先させたんですよね。」

 「だってねえ、ミリアはリョウの奥さんでギタリストだから。リョウを一人ぽっちにして『いってらっしゃい』なんて言ってらんないのよう。」

 伊佐木は微笑む。

 「つうか、お前がファッションショーやりたくなかっただけじゃあねえの。」リョウが造作もなく図星を突いてきたのでミリアは慌てた。

 「ち、ち、違うわよう。ファッションショーはミリア一人いなくたってなんてことないけど、バンドはミリアがいないと成り立たないでしょ? だから、そうしたの! 別にい、厭なんじゃあないわよう。」

 「……そうか。」半信半疑ぐらいの面持ちでリョウはちら、とミリアを見遣った。「ま、たしかにそうだな。」

 「規模も今回でけえしな。『ギターはファッションショーに出るので、ヘルプで回ります』なんつったら暴動起きるな。さすがに。でもマジで凄ぇよなあ。我ながらこんだけの人を全国各地で集められるってよお。実はあれか? みんなメタルに飢えてたんか?」アキがつやのあるマグロを頬張りながら言う。

 「そうかもしれませんねえ。……そうだ。その内連絡が正式に来るとは思いますが、実は事務所の方に、追加公演の依頼が相次いでいるようなんです。」

 「つ、追加公演だあ?」リョウが喉を詰まらせ慌ててお茶を流し込む。ミリアが慌てて背を摩ってやった。

 「え、ええ。大丈夫ですか?」

 リョウは目で頻りに大丈夫だから、詳細を言えとばかりに訴える。

 「その……、まだ場所も日にちも未定なのですが、やはり関東近辺の会場では相当チケットの倍率が高かったらしく、来られなかったお客さんのためにもう一度追加でライブをやれないかという、上層部ではそういう話になっているそうなんですよ。」

 「よっしゃー! 締めに都内でライブかよ! やってやろうぜ!」シュンが思わず立ち上がる。

 「どこでやんだよ……。」アキが冷静にそう言い放った。「こんだけでけえ所ばっか回らせて貰って、それと同レベルの規模のハコが都心で空いてるかっつったらかなり疑問だと思うけどな。」

 「そこなんです。」伊佐木は苦笑を浮かべる。「だからまだバンドサイドさんには正式な依頼が来ないんだと思いますけれど、場所さえ確保できれば話はすぐに降りて来ると思いますよ。」

 ホタテガイを頬張りながら、リョウは「やりてえな。」と言った。「場所なんかどこでもいいんだよ。俺らはみかん箱の上でだってやるっつっといてくれ。」

 「そうなの。お客さんに一人でも多く観てもらえたらいいの。」ミリアはうっとりと目を閉じた。それが一層美味な寿司を味わうためなのか、まだ見ぬ観客たちを思ってなのか、その両方であるのかはにわかには判じ難かった。

 「いっそ俺らから追加公演やらしてくれっつってさ、ライブハウス押さえちまえばいいんじゃね?」リョウが卵の寿司を頬張りながらもごもごと言った。

 「おお、いいな。ライブハウスだったらこっちの方がパイプは強ぇからな。電話一本でどうにでもなる。」シュンがそう言ってポケットから携帯を取り出す。

 「お前、勝手なことすんなよ。俺らはもう好き勝手動いていいバンドじゃねえんだからよお。事務所に入るっつうことは、何だってお伺い立ててやらねえじゃあダメなんだよ。」アキがそう冷静に言い放った。

 「そ、そうか。」シュンは携帯を凝視して、再び腰のポケットに突っ込んだ。

 「でもあの社長は俺らのこと、っつうか所属してるタレントだのモデルだののことも全部よーく理解している人だと思うけどな。だからよお、ミリアにだってコレクションじゃなくツアー回ることを許す訳だし。ミリアに与えた仕事一つ一つとってもそうだ。なんか一々ぴったり、っつうかこいつにこなせる仕事なんだよなあ。だからとにかく有能だよ。あの人は。」リョウが甘エビを頬張りながら言った。

 ミリアはこっくりと頷く。「あのねえ、雑誌も映画も、悩んだけど全部やってよかったって思うの。社長が選んだ仕事はね、間違わないの。」

 「そうなんですよね。」伊佐木も微笑みを湛えて言った。「社長は一見何も考えていないように思える時もありますし、強引だなと思う時も正直あるんですけれど、後になってみると、ああ、こういう意味があったんだなって納得するようなことが本当に、多いんですよ。ああいう人が会社をやってトップにいてくれて、我々は幸せですよ。」

 「そういや、ミリアをスカウトしに来た時も、いきなりデスメタルのライブに乗り込んできたぐれえだしな。」

 ミリアはその様を思い出し笑った。「リョウ、おっかなかったわねえ。」

 「真っ赤な髪したデスメタラーに、しかもライブ後の一番ハイテンションな時に対峙するなんてよお、なかなかできることじゃあねえ。少なくとも、俺は厭だ。」シュンはリョウを睨んだ。

 リョウは我関せずと言ったように黙々と寿司を食い続ける。

 「だってリョウはミリアをとっても心配してたんだものねえ?」

 遂に空になった樽を前に、リョウはそっと隣のシュンの鉄火巻きに手を伸ばし「あ、お前! 俺のに手ぇ付けんじゃねえ! やめろ! ふざけんな!」と浅ましい取り合いを勃発させた。

 「……社長は、ミリアさんをどうしても欲しかったって言ってましたよ。」伊佐木はこっそりとミリアに耳打ちした。ミリアは意外だとでもいうように目を丸くした。

 「最初はバンドのホームページでミリアさんの写真と動画を見て、バンドをやっている個性派モデルとして売れるんじゃあないかって思ったそうなんですが、実際会ってみて、……というよりはリョウさんに会ってみて、これだけ保護者から愛情を注がれて育った子だ。性格が曲がっている訳がないと、そう確信したそうですよ。きっとどんな困難があっても負けずに立ち向かっていける子だなって。ライブを観ている時からそういう思いはあったそうなんですが、実際リョウさんと会って、それが確信に変わったそうです。」

 ミリアはくすくすと笑い出した。「なあに。じゃあ、社長はリョウ見てミリアをスカウトしたの? へーんなの。」

 「どうしたって最後には素直さのある子が売れていく社会です。モデルだってタレントだって、ルックスだけじゃないんですよ。うちにも我儘な子も偏屈な子も色んな子がたくさんいますけれど、最終的には、我見に囚われるんじゃあなく人のアドバイスを素直に聞けて、だからこそ成長していける子。そしてそういう子っていうのは、自分を信じられ人を信じられる子なんですよ。つまり、人から愛情を注がれて育った子。……ミリアさんのことです。」

 ミリアは口許を覆いながら更に笑い続けた。そんな風に言って貰えることが嬉しくてならなかった。もう自分は親に虐待された可哀そうな子ではない。リョウから目いっぱいの愛情を注がれた、幸福な子なのだと第三者がはっきりと明言してくれたような気がして、感謝も歓喜も溢れるばかり溢れ、言葉にならぬ程に嬉しかったのである。

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