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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 「リョウは元気なのねえ。」

 「まあ、インタビューなんぞは口しか動かさねえからな。」と言ってシュンはソファに座り顔を上げ、口をパクパクさせてみせた。

 「でも明日からはまたライブなのに。」

 「まあ、リョウに限っては今までだってゆっくり休むってことがなかったからな。ライブがなけりゃあ曲作る。曲作り終わったら即ライブ。その合間にギターレッスンだ、DVD撮影だ、それからインタビューだ何だかんだ。休んだら死ぬのかもしれん。マグロみてえに。」

 ミリアは目を見開いて体を硬直させた。

 そこに扉を叩く音がした。

 「すみません。伊佐木ですけど。」

 ミリアは立ち上がって、扉を開ける。

 「リョウが走りに行っちゃったから、夜ご飯はもうちょっと待っててほしいの。あと、一時間ぐらいなの。」

 「ああ、そうですか。でも夕飯の話ではなくて、……その、ミリアさんに単独インタビューをもう一件お願いしたくて……。」

 「ええ? さっきのでもう終わったんじゃあないの?」ミリアは頓狂な声を上げた。

 「済みません。こちらの手違いで、実はもう一件入っておりまして……。掲載は一ページのみということですので、その、一時間内では確実に終わるかとは思うのですが……。」

 伊佐木にはツアー初日から世話になりっぱなしである。言うならば、恩義がある。ミリアは口を引き結んで、笑顔で答えた。「ミリアだけなのね。じゃ、今からやります。インタビュアーの人、ロビーにいるの?」

 「は、はい!」伊佐木は安堵の笑みを漏らした。

 「じゃあ、リョウが走ってる間にちゃっちゃとやってくるわよう!」ミリアはそそくさと部屋を出た。


 インタビュアーは音楽誌ではあるが、どちらかと言うとその人物像をクローズアップさせるような特徴を持つ雑誌から来た女性で、そこには様子を見に来ていた漆原もいた。それでミリアはすっかり嬉しくなり、漆原に一緒に寿司屋に行こうと誘ったのだが、「本当にありがたいのですが、これからうちのモデルが出演する、関西で行われるファッションショーの方に行かなくてはならず……。」と申し訳なさそうに言った。

 それはミリアに一度は話が来ていたものの、ツアーのために断らざるを得なかった仕事であった。

 「是非次回、ミリアさんもご都合が合えば出演ご検討くださいね。」

 「はい。」

 しゃちほこばってミリアは一応肯いた。その様を見て、漆原はにっこりと微笑み、店員を呼びつけ、紅茶を頼んだ。しかしミリアの胸中は決して穏やかではない。ミリアはモデルという肩書こそ有しているものの、その仕事はいずれも不得手であった。カメラマンに色々指示をしてもらって、ようやく、それらしき写真が撮れているのであって、ギターも持たずに大勢の観ている中を微笑み浮かべながら歩くことなんぞ、とてもではないが考えられない。無理である。だったらリョウの隣でギターを弾いている方が、遥かに充実感と多幸感に包まれていられる。

 そこに温かな湯気の立ち上る紅茶が届いた。ミリアはうっとりとその香りを嗅いだ。

 「では、インタビューの方を始めさせて頂きますね。今回、初のホールツアーということですが、感触としてはどうでしょうか。」

 漆原が隣に座っていて、紅茶の香りを嗅ぎながら話を進めてくれるので、ミリアはすっかりリラックスして座に臨むことができた。

 「とってもねえ、楽しいです。あっちこっちの、見たことないお客さんも多く来てくれて。あのねえ、メタルのライブは初めてですとかっていうお客さんもあるの。メタル代表ってことになるととっても緊張すんだけど、でもリョウの曲は最高だから自信もある。」ミリアはそう言ってダージリンティーを啜った。

 「それはやはり海外で培われてきた経験が大きいのでしょうか。」

 「うん、それはある。だって、海外ではね、トラブルいっぱい満載なの。機材が届かないとか、機材が本番に突然音出なくなるとか、リハでやった音と全然違ってるとか、もう、全部全然普通。ミリア、他所のバンドの機材使ってライブしたことだってあんのよ。なあんと、あん時はSGだっわよう。あんな丸っこいギター初めて持った。……でもねそんなのを年がら年中繰り返してたら、大体のことは何でもなくなっちまったの。」

 「そうですか。海外でライブをやるのと日本でやるのとでは、やはり違いますか?」

 「ううん、……日本のスタッフさんの方が時間とかちゃんとしてるし、準備もどんどんやってくれてミスも少ない。でもあとはねえ、おんなし。リョウ言ってたもの。お客さんの膚が何色してたって、どんな神様持ってたって、音楽を好きで聴きに来てくれてるんだからみんな一緒だって。だからライブが始まっちゃえば、全部いっしょ。でもなんか、それはそうなんだけどね、今回のツアーはすんごい広い所でやるからお客さんが遠いっていうか……。音はすっごく良くて感動したし、多分音だけで言えば一番最高のライブなんだろうけど、ちょっとお客さん遠くて寂しい気が、しました……。」

 インタビュアーは大きく何度も肯いた。「それは、やはりミリアさんご自身は外で行うフェスとかの方が性に合っているということでしょうか。」

 「フェスもいいけれど、やっぱし最初っからずっと出てるのはライブハウスだから。ライブハウスでやるのが、好きっていうか、何かライブって感じがします。目の前でモッシュが起きて、ダイブが起きて、迫力もある。そんでね、一番好きなライブハウスはサンクチュアリって所。一番最初に出た所もそこだったのよう。もう、音作りとか完璧。何も言わなくっても、完璧な音にしてくれんの。もうリハもやんなくっていいぐらいよう。店長さんも優しくて、そんでライブが始まれば精鋭たちがいつも目の前にいてくれて……。」

 「精鋭?」

 「どこにでもいっつも来てくれるお客さんのこと。」

 インタビュアーは弾けるような大声で笑った。

 「まあ、それは言い得て妙ですねえ。……ミリアさんはツアー中というのは、ライブ以外ではどんなことをしてお過ごしになっているのですか?」

 「今までは、大学生だったからホテルにいてレポート書いたり、勉強していました。でも今年卒業したので、ライブやる所の近くお散歩したり、地元の美味しいお店紹介して貰って、行ったりしてました。今日はね、シラス丼! お魚が透明ですっごいキレイなの! 美味しくってびっくりしちゃった!」

 「そうですか。何かその中で印象に残ってることってありますか?」

 「やっぱり大学でお料理勉強してたから、美味しいもの食べに行くのがすっごい楽しみで。美味しいものって日本全国あっちこっちにあるんだなって改めて思いました。ミリア、あんまり日本の旅行に行かないから知らなかったの。……一昨日行った定食屋ではねえ、お店のアルバイトの男の子がたまたまミリアのことを知ってて、店長さんにわざわざ頼んで親切にレシピ教えてくれたりもして……。ツアーから帰ったらおうちでも作ってみようって思ったの。」

 「そうですか。専属誌の方で掲載されているミリアさんのお料理コーナーも好評のようですね。私も毎号楽しみに読ませて頂いております。」

 「うん。オシャレなのはひとっつも紹介してないんだけどね、読んでくれる人がいっぱいいるみたいなの。フードコーディネーターさんっていう人がオシャレに盛り付けて、カメラマンさんがかっこよく撮ってくれてるからかなあ。……それよりもミリアの役割はねえ、スーパーで安く買えて、栄養があって、ヘルシーなご飯を考えることなの。これはいっつも考えてるから、得意。」ミリアはそう言ってにっと微笑んだ。

 「大切ですよねえ。レシピの食材見て、近所のスーパーではとても見たことのないようなのが並んでいても、普通の我々のような人間には作れないですからね。」

 「今度、あのコーナーを元にミリアの料理本も出版する予定でおりますので、そのことも雑誌で少し触れておいてください。」漆原がそう口を挟んだ。

 「まあ、そうなんですか。楽しみにしております。」

 うふふふ、とミリアは口許を押さえて笑い、「大学でお世話になったゼミの先生にも言ったらねえ、凄いわって。そんで、大学の生協にも置いてくれるって言ったの! んもう、嬉しくって。まだ全然撮影してないんだけど、ツアー終わったらもっともっと色々考えて頑張ろうって思ってんの。」

 「そうですか。たしか、ミリアさんは大学で栄養を学ばれていたんですよねえ。いつ頃から料理に関心を持たれていたんですか?」

 「小学校の時から調理クラブだったもの。ずーっと昔からよ。でもギターよりは、後かも。」

 「何かきっかけはあったんですか?」

 「リョウの所で住み始めて、いちばん最初に友達になってくれた子がね、お料理好きな子だったの。だってその子のママが、おうちでお料理教室やってんだもの。そんでその子に誘われて調理クラブ入って、毎週毎週一緒にお菓子作りして、そんでリョウにプレゼントして、リョウが美味しいって言ってくれて、そんで料理って楽しいなって思って……。」

 「料理好きになったきっかけは、リョウさんに美味しいと言ってもらったから、ですか。素敵ですね。」

 「ミリアが食いしん坊だったってのもあるけど、その親友のママがね、リョウがツアーでいない時にいっつもおうちお泊りさせてくれて、その時親友の……、美桜ちゃんって言うんだけど、美桜ちゃんと一緒にお料理教えてくれて、それをツアーから帰って来たリョウに作ってあげたら、いっつもすんごいすんごい喜んでくれて。だからどんどんお願いしてお料理教えてもらって、いっぱい何種類も作れるようになって、中学校も高校も調理部だったの。リョウに喜んでほしくって。でもねえ、リョウだってお料理上手なのよう。前、お好み焼き屋でバイトしてたんだって。だからねえ、焼きそばとか、超美味しいの! すっごい大好物!」ミリアは焼きそばの味を思い出したかのように、両手で頬っぺたを押さえ付けた。

 「そうなんですか。……でも、それ程料理が好きだったのであれば、料理を作ることを本業にしようと思ったことは、なかったんですか? たとえば、レストランで働くとかは。」

 「そんなのもちろんあったわよう。だってリョウはミリアが子供の頃、『バンドで食ってくなんて考えるな。大博打だ』っていっつも言ってたもの。リョウが博打じゃないのねえ? ……でもリョウはギターの先生もやってるし、ギターの教習本も出してるから、まあ、いいのか……。そうそう、そんでね、ミリアは昔は本当は管理栄養士になりたかったんです。そんでS病院っていう、リョウが入院してた病院ね、そこで入院してる人に給食作る人になりたかったの。」

 「そんなに具体的にお決まりだったんですか。」

 「ミリアが自分で勝手に考えていただけ。」

 「はあ。」

 「でもね、大学入った頃からバンドに海外からオファーが来るようになって、ツアーの予定がいっぱいになって……。」

 「それで、最終的にはバンドを本業として続けようと決心されたのですね。でも、悩まれたんではないですか? 病院で管理栄養士として働くのと、バンドをやっていくということで。最終的にバンドを選んだそのきっかけっていうのは、何だったのでしょうか?」

 ミリアは暫し黙して、重い口を開いた。「……自分の人生を振り返ってみて、何が自分を救ってくれたか考えたら、ギターだったんです。バンドだったんです。」

 「救い、とはどういうことでしょうか。」

 「ううん……。」ミリアは口籠った。「……小さい頃、暴力を振るわれたこと。」

 漆原がはっとなってミリアを見詰めた。

 「虐待を、受けてらしたんですよね。」そのインタビュアーの言葉に対し、ミリアはしかし苦痛を帯びたというよりは、真摯に何かを考えている風に見えたので、漆原は遮る言葉を呑み込み、そのままミリアの顔を見詰めて次の言葉を待った。

 「……過去は、変えられないの。だから、それをどう生かしていくか、それが人生の勝負なんだって。リョウが言ってた。ミリアもそう思う。でね、ミリアが過去を生かしていくためにはね、音楽、っていうかデスメタルっていうか、リョウの音楽が必要だったの。」

 ミリアの瞳に力が宿って来る。

 「リョウの曲は、絶望とかなしみと、それから辛いっていう感情だけど、絶対そこから這い上がっていくからね。その音楽を弾いてると、ミリアも自然とそうなってくの。ううん、違うな。……這い上がっていかないとちゃんとは弾けない。説得力が出ないから。だからミリアは過去をねえ、忘れちゃうんじゃあなくって、音楽に託すことで生かしていけんの。リョウは命の恩人。」そしてくすり、とミリアは笑みを溢した。「今度、七年前に撮影した、小さい頃から高校生ぐらいまでを題材にした映画がDVDになるんです。それを観てもらえれれば、ミリアのデスメタルを選んだその理由みたいなのがきっとわかって貰えると思う。暴力を受ける場面とかもあるから、ちょっとあんまり観たくないっていう人も多いと思うんですけど、もしよかったら同じような苦しみを持ってる人に観て貰いたいです。」

 漆原はほっと安堵の溜め息を吐いた。

 「そういった内容を七年前に公にしようと思ったきっかけは、何だったのでしょうか。中には売名などと考える人もいるかと思うのですが。」

 漆原はミリアの震える手を握り締め、言いたくなければ言わなくていいとばかりにミリアの眼を見つめ小さく首を横に振った。

 「ライターさん、監督さんに声を掛けられて、……最初は厭だって思ったけれど、ミリアはデスメタルバンドのギタリストだから……。」ミリアは茫然と呟くように言った。「デスメタルは絶望を見据えて、それを乗り越える音楽だから。辛いことも悲しいことも全部真っ直ぐ見ていかないといけないから。そうやって初めて人の心を動かすことができんの。後は、やっぱし自分と同じ苦しみを感じた子たちに、一人じゃないよって言いたかったから。親に捨てられたって、自分の居場所を作って輝いていけることはできるんだって、示したかった。」

 漆原は力づけるような微笑みを浮かべた。それから暫くミリアはツアーの内容についての質問を幾つか受け、そしてインタビューを終えた。

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