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「先程リョウさんから伺ったお話によりますと、ミリアさんも作曲に随分携わっておられるそうですね。」
ミリアは首を傾げる。「随分、ではないのよう。考えるのは、自分で弾くソロぐらいだもの。後は全部リョウ。99%はリョウ。」
「あと、俺らに曲の解釈を伝えてくれたりもする。いわば、リョウの通訳みてえなことも、してくれてんだ。」シュンが朗らかに付け加える。
女は咄嗟に破顔し、「やはり、ミリアさんこそがリョウさんの一番の理解者であるということなのでしょうか。」と声高く宣った。
「だな。」シュンが腕組みしながら答えた。ますます女は肯きを大きくしながらミリアに詰め寄った。
「やはりリョウさんを誰よりも理解できるのは、愛しているからこそ、なのでしょうね。」
ミリアは目を丸くする。「そりゃあ、そうだけど……。」
女はずい、とミリアに更に接近して言った。「それは、恋人として、夫として、ということでしょうか?」
アキは顔を顰め、シュンに「何だこりゃあ。」と耳打ちした。さすがにミリアにも解されて来る。すなわち、なぜリョウがインタビューを切り上げて部屋に戻ってしまったのかということが。
「ミリアさんは、まだ中学生だった頃にリョウさんと結婚式を挙げられていますよね?」
女は微笑みを湛えたまま、どうにか自分に都合のいい答えを引き出そうと笑みを貼り付かせる。「それはその時からずっとリョウさんを愛していた、ということでよろしいのでしょうか。」
「あーら、まあ。」ミリアはわざとらしく反応してみせた。「ようく知ってるのねえ。随分昔のことだわよう。あれはね、ミリアが勝手に結婚式挙げたの。たまたま、ウェディングドレスを着るお仕事が入ったから、そこにね、お迎え来てって嘘吐いてリョウのこと呼びつけてそのまんま結婚したの。無理やり。」
「無理やりでも、リョウさんは結婚式を行って下さったんですね。」
なかなか怯まない。「まあね……。」ミリアはインタビュアーを伺うような視線で見た。「ああ、でも残念。今、リョウには別の好きな女の子があるんだもの。」
「え。」インタビュアーの顔色が変わった。
ミリアはしめたとばかりに首を思い切り長くして滔々と述べ出す。「あのねえ、色白のとっても甘え上手な、それはそれはとっても小柄で可愛い女の子。あんなのってないわよう。ミリア勝てないもの。ひとっつも。」
インタビュアーは言葉を喪っている。
「だから、男心は秋の空って言うんだわ。」ミリアはアンニュイに溜め息さえ吐いてみせた。「あなたも男には気を付けた方がいいわよう。」
「……え、ええ。……あの、では、ミリアさんにとってリョウさんはどのような、存在、ですか?」最早何を聞いていいのかよくわかっていないのであろう。女は目を白黒させながらそう言葉を継いだ。
「どのような、存在?」ミリアは目を見開いて黙した。ちら、とシュンを見る。シュンはぽかんと口を半開きにしてミリアを見詰めていた。アキなんぞに至っては眉根を寄せてとっとと終わりにしろとでも言いたげな表情をひたと向けている。ミリアは両腕を組んで考え始めた。
「あのねえ、とんっでもなく、凄い人だわよう。」
女は目を瞬かせた。
「だって、大体作る曲がちょー、かっこいいでしょう? ねえ、あなた、ちゃんと新曲聴いてくれてる? ちゃんと聴いて頂戴ね。最強だから。あんなのってね、普通作れないわよう。どのバンドにもね、それこそ素人のバンドにだって大体一曲とか二曲はキラーチューンってあるもんだけど、リョウ場合のは全部だから! 全部キラーチューン! それからね、リョウはヴァッケンに呼ばれたがってんの。絶対そのうち呼ばれるから!」
女はたじろいだ。
ミリアは満面の笑みで肯く。
「その、……ヴァッケンって、何、ですか?」
「あーら、ヴァッケンって言えば、世界一のメタルフェスやる所。全世界から七万人も集まってくるんだから。全世界のメタラーの憧れだわよう。でもね、出たいですって言ってもなかなか出れたもんじゃあないの。出るのは、キャリアとか名声とか色々あってむつかしいのよう。でもメタラーとして生まれたからには、絶対に出たいじゃない! ミリアの隣でリョウが、七万人もの観客に向かってデス声吐き散らしてたら、この上なく素敵じゃないのよう!」ミリアは感極まって立ち上がった。
「……はあ。」
シュンははっと我に返ると、「だよな! 俺らはリョウの無限の才能を信じてんだよ。リョウにくっ付いていきゃあよお、物凄い景色が見れるはずなんだよ。七万人の観客でも、ヨーロッパ中、アジア中、アメリカ中の風景でも、何でもよお。でもそのためにはな、俺らはひたすらテクと表現力を磨かなきゃあなんねえ。リョウの曲を具現化するためにな。中途半端な曲にしたら、終いだからな。」と拳を握り締めてミリアと共に立ち上がった。
ミリアは激しく何度も肯く。
「ミリアは最初デスメタルって何だかわかんなかったの。小ちゃい頃の話ね。でもね、リョウが自分の曲聴かしてくれて、ぐわーんって雷落ちたみたいな気持ちがして、これだーって、もんのすっごい感動して、絶対これ弾きたいって思ったの。それまで讃美歌とかしか聴いたことなかったのに。リョウの凄い所はねえ、それとおんなし感動をそれからの全部の曲でミリアに感じさせてくれるところ!」
「そうそう。」シュンはにやりと笑った。「あいつはねえ、若い頃は酷ぇ人でなし、人非人だったんだけどよお、それでもあいつにくっ付いていくことにちっとも疑問感じなかったのは、ひとえにあいつの才能なんだよ。本当にな、あいつが何やらかそうとも俺はあいつのためにベースを弾き続けようと思う。それはなあ、そこでかっこつけてるアキも同じだから。」
アキは否定はせずにそっぽを向いていた。
「だから雑誌におっきく書いといて! リョウは天才ですって。キラーチューンの泉ですって!」
「は、はあ。」
女はリョウとミリアの色恋の関係をメインに書くことを編集長から命じられているのに、これをどうまとめたらいいのかを考え、途方に暮れた。
「じゃあ、よろしくお願いしますね! あ、そうだ。リョウにシラス丼のお店の人からうなぎパイのお土産預かってたんだっけ。ここの人ってとっても親切。リョウがお留守番してインタビュー受けてるって言ったら、じゃあお土産差し上げて下さいって言って、うなぎパイくれたの。だから、とっとと渡してあげないと。」
ミリアはそう言って意気揚々とロビーを立った。
「あの、ちょっと、もう少し、その!」
女の叫び声めいた言葉を背に、ミリアは開いていたエレベーターにそそくさと乗り込んだ。シュンとアキも滑り込む。
「……あれじゃあ、リョウは厭んになっちまうよな。」シュンが肩を震わせて笑った。
「あのさあ。」アキがちらとミリアを見遣った。「さっきの話だけど、もしかすっと、リョウの今の恋人って……。」
「うん。」ミリアが笑顔で扉の上に映し出された階数を見上げた。「そう。白ちゃんだわよう!」




