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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 そうしていよいよ照明の最終チェックを終え、四人は楽屋でサンドウィッチとハンバーガーの簡単な軽食を摂り、開場の時刻を迎えた。

 ざわめき立つ客席を、いつものようにステージ脇から息を潜めてシュンとミリアが見詰める。

 「信じらんねえな、この数……。」シュンが小声で囁いた。「俺ら、デスメタルだぞ。」

 ミリアは眉根を寄せてこっくりと頷く。「間違ってない? みんな、何観に来てんの。」

 「教えてやろう。」くるりと振り向き、シュンは深刻そうにミリアの両肩を摑んだ。「第一に海外で評価されるバンドっつうのを観て、一つ俺様が評価でもしてやっか、えっへん、っつう自称評論家だ。第二にモデルやりながらギター弾いてるミリアちゃんすってきー、かっわいー、かっこいー、あっこがれちゃうー、っていうミーハー女様だ。俺的には大歓迎の輩だけどな。そして第三にデスメタルって何だ、やべえのかやべくねえのか、メタルっつうモンに興味はあるからちっと見てみっかっていう新参メタラー様だな。まあ、大体この三つに分類される。」

 ミリアは眉根を寄せてシュンを見つめた。「じゃあ、みんな一回観たら満足しちゃう。」

 「……しょうがねえだろ。」シュンは舌打ちをした。「そもそも端から俺らに売れる要素なんか皆無なんだから。全国ホールツアーなんて何かの間違いなの。」

 「売れなくっていいけどさ、別にミリアはライブハウスで十分だけどさ、でもさ、……リョウの曲いいなって思ってほしいな。」ミリアは拗ねたように身をくねらせ言った。「リョウの曲は特別だから。」

 「……だな。」シュンは素直に肯いた。「デスメタルだがこのメロディ、かっけえじゃん。メロディックデスメタルって、かっけえじゃん、みてえな。そういうの思って貰えると、嬉しいよな。ジャンル名だけでわあ、おっかねえ、あっぶねえ、反社会的、聴かないわって奴がいっぱいいるジャンルだからさ。俺らがそれをぶち壊せたらさ、最高だよな。」

 ミリアは心得顔に肯く。そうして「リョウの曲ならできる。」と断言すると、そろそろとステージ脇から離れた。

 ミリアの胸中には興奮とも緊張とも言えぬただただ焦燥だけが渦巻いていた。海外のフェスではたしかに自分たちのことを知らない観客が多かったが、それでもメタルを愛好する者たちばかりで、メロディックデスメタルが何であるか知らぬ者は恐らく一人もなかった。だから純粋なる「音」でバンドは評価され、その結果、有名雑誌や有名サイトでしばしば好意的に取り上げられることとなったのである。

 しかし日本ではそうではない。デスメタルが何であるのか、イメージの一つも湧かない者が多い。それはおそらく今宵集まってくる客においても、ほぼ変わりないものとミリアは踏んでいた。ミリア自身、日本でデスメタルバンドでギターを弾いているなどと言うと、白塗りの化粧でもするのかだとか、ステージでは火を噴くのかだとかという見当違いな質問を寄せられたことが無数にある。音に関しては無知であるのか無関心であるのか、はたまたその両方であるのか、とかくミリアを呆然とさせることが、国内では、多かった。そのくせミリアが雑誌モデルをしていることであるとか、義理の兄と恋愛関係にあるのかとか、そんな音楽以外の事柄に関しては一体どこから入手したのかというレベルの情報を持っていて、その色眼鏡で見られることになるのだから質が悪いのである。ミリアは海外よりも国内で認められることの方が、想像できずにいた。


 落書き一つなく、まるで事務所の会議室のような小奇麗で広々とした楽屋も、初めてのことである。その真ん中で居心地悪そうにリョウは、それでも丹念にストレッチをしていた。

 「ねえ、お客さんいっぱい来た。」

 「そうか。」リョウは肩甲骨を回しつつ無関心に答える。

 「ねえ、今日初めてデスメタル生で聴くお客さんもいるかもしんない。」

 「ああ、そうだな。」リョウは続いて目を閉じながら首を回す。

 「責任重大だわよねえ。ミリア、デスメタル代表になっちゃう。」

 「覚悟ねえのか。」リョウはむっとしたように問うた。

 「あるわよう!」ミリアはにわかに激昂しながら言った。「ミリアはね、日本で認めてもらうのはとっても大変だと思ってる。だって、だって、だって、音だけじゃあないんだから。海外の人は音だけを純粋に聴いてくれる。でも日本じゃそうならない。わかってる。でも……。」ミリアは口ごもり、それから目を瞬かせ、そしてリョウを真正面から見詰めて言った。「ここに来る最低百人のお客さんにはデスメタル素敵、かっこいいって思わせる。そんでもう百人にはギターのメロディ、凄い綺麗って思わせる。それからもう百人にはどんな絶望からでも這い上がれるのね、じゃあ私も這い上がってみせるわって思わせる!」ミリアが鼻息荒くそう言い終えた瞬間、「ダメだな。」リョウは不敵な笑みを浮かべて言った。「その百を千にしろ。」

 ミリアは唖然として息を呑んだ。そして唇を震わせ、「わ、わかった!」と語気も荒く叫んだ。

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