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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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2

 帰宅をすると、リョウも相当な疲労を抱えていたのであろう。ソファに転がっていた。珍しく中華の出前なんぞを取って、テーブルの上には二つの丼が並んでいる。

「おお、お帰り。悪ぃな。何か、飯作る気になんなくってよお。こんなん頼んじまった。」と言って伸びをした。

 「ミリアも、なんだか疲れた。眠たくなっちゃった。」

 「今日は何の打ち合わせだったんだよ。」

 「何か、色々。」ミリアは台所から箸を持って来て、ぱちんと二膳、テーブルに並べる。

 「はーあ。色々か。」リョウは涙目になりながら欠伸をする。

 「ねえ、ミリアの映画、昔の、あれ。DVDにしたいんだって。」

 リョウは意味ありげに黙した。「……、それ、決定事項なんか。」

 「ううん。暫く考えてって。……お断りしてもいいって。」

 「……そっか。」リョウはそれきり黙って、ラップのついたままの中華丼をただ茫然と見つめていた。「……で、どうするつもりなんだ?」

 「ちょっと、厭かも。」

 「じゃあ、断りゃいい。」リョウは安堵したように言い、丼からラップを取り払った。「目の前の金なんかより、お前の気持ちが大事だかんな。」

 「うん。わかってる。」ミリアはそう言って小さく肯くと、「いただきます」と言って、まだ温かいうずらの卵の乗った中華丼をそっと口許に運んだ。


 翌朝、と言ってももう昼に近い時間帯であることは、窓から差し込む光の加減で何とはなしにわかってはいた。

遠く、インターフォンが鳴っている。ミリアは眠い目を擦り渋々ベッドから起き上がり、ドアを開けると、そこには郵便配達の男性が大きな段ボール二箱を抱えて立っていた。

 「エイジアモデルエージェンシーからのお届け物です。」

 「あ。」とミリアはそれが昨日のファンレターの箱であることに思い至る。急いで印鑑を押し、玄関の中まで運んで貰った。

 「なあんだ、それ。」Tシャツにハーフパンツ姿で、まだ眠たそうに背中を掻きながらリョウが二階から降りて来る。

 「あのね、ミリア宛てのファンレターなの。あと、プレゼント。」

 リョウの眠気はその瞬間吹っ飛んだらしい。目を見開き、「マジか。」と呟いた。

 ミリアが段ボールを持ち上げようとしゃがむと、リョウが軽々とそれを持ち上げ、リビングのテーブルの上に置いた。

 「何で急にこんなファンレターが来るんだ。」

 「海外公演のライブをネットで観たんでしょうって、言ってた。」

 「……フロントマンには、んなの来ねえぞ。」

 ミリアは冷蔵庫からレモンの輪切りの入ったミネラルウォーターを取り出し、コップ一杯注いで一気に飲み干すと、早速段ボールを開けてみた。中には昨日見た通りの沢山の手紙が詰まっている。

 ミリアは幾つかの手紙を手に取り、その猫柄や水色やはたまたギターの書かれた封筒を眺めた。ミリアの手が一通の手紙でひたと止まった。そこにはミリアに前から度々ファンレターを寄越してくれていた「アイミ」の名が記されていたからである。

 ミリアはすぐさま封を切った。

 

――ミリアちゃんへ。

 ミリアちゃん、今は海外でライブやってるんだね。凄いね。なんだかミリアちゃんが遠くに行っちゃって、手の届かない人になっちゃった気がするよ。でも、ミリアちゃんには頑張ってもらいたい。だってうちらの希望の星だし。親から捨てられても、頑張れば世界に出ていけるってミリアちゃんが証明してるんだもん。本当、凄い。尊敬してる。

 ミリアちゃん、今凄い人気だけど、アイミはまだミリアちゃんがそんな有名じゃない時から、大ファンだったから。忘れないでね。前、フリーライブやってくれた時、ミリアちゃんにぎゅっとしてもらったの、一生忘れない。忘れらんない。それからあのライブはやっぱし、アイミのためにやってくれたんだって今でも信じてる。アイミ、あの時全然金なかったから。でもミリアちゃんに会いたい会いたいってずっと思ってたの。あの時は、マジで笑っちゃうぐらい金なかったなあ。バイトしてミリアちゃんの映画、結局二回行ったけど、本当はもっともっと観たかった。あの映画、マジでアイミの人生を変えてくれた。甘えてちゃダメ、頑張んなきゃいけないって、教えてくれた。

 あの時アイミは施設出たばかりで、引っ越しバイトして、一人暮らしすんのでせいいっぱいだった。何のために生きてんのかなあ、とかって毎日思ってた。金はないし、可愛くないし、男は最低なのばっかりしか寄ってこないし。でもそんな時映画に登場してきたミリアちゃんは、シンデレラよりオーロラ姫より断然キレイでキラキラしてて、すっごい感動した。ああ、こうなりたいって心から思った。だからアイミも、本当は何やりたいのかなって色々考えて。そんで、子どもが好きだなって思ったの。施設でも年下の子の面倒とか、こう見えて、率先して見るタイプだったし。

でね、それから金貯めて、ずいぶん時間かかっちゃったけど、今は夜キャバやって昼保育士の専門行ってます。ミリアちゃんみたいに、キラキラしたいから。ミリアちゃん、ありがとう。ミリアちゃんがあの映画作ってくんなかったら、きっと私まだ、やりたいこともなくって適当に生きてただけだと思う。本当にありがとう。また機会があったら観たいな。DVDとか、なんないかな。なった速攻買ってまいんち見る!

昔よりは金もできたから、今度ミリアちゃんが日本でライブやってくれる時は、アイミ絶対行くね。今度はチケットちゃんと、買って行く。人気でも絶対取る。そんでお客さんいっぱいいるんだろうけど、頑張ってミリアちゃんの前でミリアちゃん観る。だから今日も頑張って働く。ミリアちゃんに会いたいから、ミリアちゃんみたいになりたいから、アイミ頑張るんだ。

ミリアちゃん、またね。ミリアちゃんはアイミにとって、ずっとずっと大好きな人。これからもずっとずっと応援する! 体に気を付けてツアー、頑張ってね!


 ミリアはごくり、と生唾を呑み込み、それから震える手で便箋をそっと胸に押し当てた。

 リョウは台所で、朝食だか昼食だかわからぬ卵焼きを作っている。

 ミリアは手紙を封筒に入れ段ボールの中へと戻すと、リョウの元へと歩み寄った。

 「リョウ。」

 「あ? 今ベーコンエッグ作ってやっから。待ってろ。」

 「うん。……あのね、ミリア、映画、DVDにしてもらうことにする。」

 「はああ?」リョウは目を見開いた。「マジで。お前、だって、あれ……。」虐待の最も過酷な記憶を甦らせ気を失い、自分とも暫く隔離される程の心の傷を受けたではないか、そう、リョウは言いたかったが呑み込んだ。「……どうして。」

 「うん。」ミリアは俯きながら、訥々と言った。「だって、いっぱい、パパとかママとかから、辛いこと、されたり、捨てられた、子、いるでしょ。そういう子に、一人ぼっちじゃないって、言いたい。言わなきゃ。だから……。」

 「そのためにお前が辛い思いすんのか。」リョウはフライパンの火を消して、しゃがみ込み、ミリアの顔を覗き込むような姿勢で言った。

 「違うの。辛くない。……誰かの力になれるって、嬉しいの。ミリアみたいなんでも人の力になれるって、そうわかるから。」

 「あん時とは訳が違ぇかんな。」リョウは姿勢を戻すと、眉根に皴を寄せテーブル上の段ボールを睨んだ。「お前は今や多くの人間に知られてやがんだ。……大勢の、そういう今までお前を知らなかった人たちも、お前のことを虐待受けてた子だって、そういう目で見ることになんだぞ。そういう奴はお前のこと好意的に見てる連中ばかりじゃあねえ。可哀想に、とか、もっと酷ぇのは野次馬根性でどんなことされたんだ、とか、あとは同情集めて売名しようとしてんじゃねえかとか。お前にとって……」リョウは一瞬口を噤み、「虐待を受けてたことを公にするっつうのは、そういう意味ででけえマイナスが付き纏う。」

 「わかってる。」ミリアはリョウの目を見据えて言った。「でも、……ミリアはLast Rebellionのギタリストでしょう。それって、」息を吸って、「生ぬるい所で生きてくだけじゃあ、ダメでしょう。どんな辛さも悲しさも、ちゃあんと知ってないと、リョウの曲は弾けない。ミリアはパパに酷いことされてなかったら、リョウと一緒にギターは弾けなかった。だってリョウの気持ちがわからないから、同じ音が出なかった。」少し唇に笑みを浮かべた。「リョウはミリアに、幸せになれって言うでしょう? それってどんな辛いことでも乗り越えて強くなれってことじゃあないの?」

 リョウは口籠った。

 「誰に何思われたって、別にミリアが変わる訳じゃない。それよりもミリアは強くなりたい。幸せになりたい。」

 リョウは視線を漂わせ、庭先を眺めた。小鳥が囀っている。ちょうどミリア頑張れとでも言うように。――溜め息を吐いた。「わかったよ。じゃあ、……そう事務所に言ってやんな。」

 ミリアは微笑みを浮かべると、リビングに戻り携帯電話を手にし、そのまま電話を掛けた。――あの、決めました。ミリアの映画、DVDにします。……本当です。うん、大丈夫。リョウとも相談しました。うん。そういうのは、お任せします。

 リョウはしかし胸中に渦巻く感情が、苦心だというだけではないのに気付いていた。それは尊崇、魅惑。リョウはどうしようもなく口元を綻ばせながら、再びコンロを付けてハムエッグ作りを再開した。

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