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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 「--三曲目な、これが冗長なんだよ。なーんか、だりぃと思ったらこいつだ。曲作ってっ時には気付かなかったが、今合わせてわかった。こいつを削る。二回目のBメロ、これな。こいつを削って直でサビん所行く。三度も四度もやってっから、歌っててもなーんかムカつくんだよ。で、三曲目の最後、これをAmで引き摺ってそのまんま四曲目頭に突っ込む。アキの合図だかんな、忘れんなよ。そんで次は、ま、いいや。五、六曲目終わったらシュン、お前がMCやれ。次のライブの告知、……はツアーだしいらねえか。追加公演も場所決まんねえし……。ま、適当に何か言え。客沸かせろ。うおーってなる感じでな。そんで七曲目はミリアのアルペジオから入っから、ライト落ちるんのときっかりぴったり同時に弾け。一ミリもずれんな。ハコの照明担当にもちゃあんと言って聞かすから、ちゃんと同時に入れよ。絶対ぇもたもたすんな、いいな。」

 そう言って一瞥したミリアはようやく開けた眼で俯いた。既に深夜の三時を回っている。

 「……何だお前、具合でも悪ぃのか。」

 「ううん。」ミリアは首を振る。

 「水、飲むか?」リョウはそう言って自分のミネラルウオーターの入ったペットボトルを、ずいとミリアの前に突き出した。

 「夜中に五時間もブッ続けてやったら、具合の一つも悪くなんだろ。出発明後日だぞ?」シュンがそう言ってリョウの差し出したペットボトルのキャップを開け、ミリアに手渡した。「ミリアは女の子なんだからよお、もちっと気遣えよ。」

 「だいじょぶ。」ミリアはそう力無く微笑むと水を呷った。

 リョウはそうか、と自分との違いを痛感しつつ、複雑そうな表情でミリアを見遣り、そのまま言葉を継いでいく。

 「で、最後はアンコールっつう流れだが、なあんかこれも、なあ。定型だよなあ。つまんねえよなあ。お仕着せつうか、なんつうか……。一回引っ込んでアンコール待ちっつうのもなんか、めんどくせえから、今回はなし。なしだ。ブッ続けて本編としてこの二曲を追加。そんで万が一客が帰らねえってなったら、その時何やっか考える。以上。」

 シュンとアキは呆気に取られてリョウの顔を見詰めた。

 夜中の静まり返ったスタジオのロビーにいるのはこの四人のみであり、受付にはスタジオの店長がうっつらうっつらと舟を漕ぎ始めている。

 「お前、マジでライブ終わってから曲考えんの?」シュンがそう言って目を丸くする。「そんな頭回るのか? お前いつもライブ直後は獣のまんまじゃねえか。」

 「考えるっつっても今回省いた曲から、思い付いたのやりゃあいいじゃねえか。最悪客に聞きゃあいいだろ。最前列の精鋭たちに聞きゃあ、何だかんだっつってくれんだろ。」

 「でも、万が一でも何でもやる可能性があんだったら、一回ぐれえリハで合わせとかねえと……。」アキも恐る恐る後を継いだのを、リョウは一蹴する。

 「何だよお前ら! どこのクソアマチュアだよ! んなのバシッと弾けよ。ミスしたら許さねえかんな!」

 ミリアが数口飲んだペットボトルのキャップをキュッと締めて、再びテーブルに戻す。

 「でもよお、下手すりゃあ十年以上前にやったっきりの曲とかもあんじゃねえか。んな大昔のは覚えてねえぜ、流石に。」シュンが肩を竦めて言った。

 「ミリア、よんまいめのアルバムまでは、まだバンド、入ってない。」ミリアが眠気か悲嘆かよくわからない風に呟いた。

 「マジか!」リョウはぎょっとしてミリアを見下ろす。「……お前、最初いなかったんだっけか……?」

 「ミリアがバンドに入ったのは、さんまいめのアルバムのツアーの追加公演の時です……。そのツアーの時はお留守番してたのです。」

 シュンもアキも呆れ果て、無言を貫く。静寂が支配した。

 リョウは疑い深く何やら考え込み、腕組みをして、「わーかった。じゃあ今回は特別大サービスで、もしな、アンコールかかったら『BLOOD STAIN CHILD』をやる。いっつもやってっから今回は省いたが、それで客が満足しねかもしんねえから、そうする。いいな。」

 ミリアはゆっくりと頷く。

 「それなら、バッチリだな。精鋭に右手持って行かれても弾けら。」シュンがそう言ってにっと微笑む。

 ミリアはそこで体力の限界が来たのか、リョウに凭れかかり目を閉じる。

 「じゃあ、それで明後日な。……迎え、来てくれんだよな?」

 「俺じゃねえぞ。事務所様の運転手様が俺んちとアキんち、最後にお前んち寄ってくれんだぞ。凄ぇよな。王様待遇じゃねえか。こちとらただのバンドマンだぞ。」

 「自惚れんなよ。中身の伴わねえ自惚れ程腐臭がするのはねえからな。」リョウはそう言ってシュンを睨み、既に半分夢に没入しているミリアを担ぎ上げると、「よし、帰るか。明日はツアーに向けてゆっくり休んどけよ。」と厳命して、スタジオを出た。

 真夜中の街を包み込む、灰色の夜空。幾分冷えた夜気にミリアの体の温かみが背越しに伝わってくる。それもこれもいつも通りである。数え切れぬ程過ごしてきたライブ直前のスタジオリハ。

 でもやはり――、リョウは真夜中のうすら寒い冷気を感じながら、まだ見ぬ顔で溢れるであろう明後日からの客席を想起した。既に海外のフェスにおいて数千、時に数万の観客相手に演奏はしてきた。言葉や皮膚の色は異なれど、音楽はどの人の心に対しても突き刺すことはできる。その強固な針の持つ普遍性を痛感してきた。それが、明後日からは、日本人だけに向けられようとしている。

 ファッションモデルとしてのミリアだけを観たく、やってくる客も多いであろう。かつて、ミリアの映画を観、虐待を受けた可哀想な少女という眼差しで見る者もいるであろう。自分とミリアが兄妹でありながら、男女の関係となっているという、かつての週刊誌の記事を未だ信じ好奇の眼差しを向ける客もいるであろう。海外で演ずる程まっさらな、音だけに特化した状態で曲を提供できるのではない、それが日本の難しさでもある。

 ミリアはどうにか眼をこじ開けて、リョウの腰に手を回しバイクの後部座席に跨っている。

 「家に着くまではちゃんと起きて、俺のこと引っ掴んでろよ? 手離したら死ぬからな? 家帰ったらぶっ倒れてそのまま寝ちまっても構わねえから、頼むからバイクん乗ってる時だけは離すなよ?」

 「だいじょぶ。」ミリアはそう言ってリョウの腰に腕を回し、背に頬を押し付ける。

 リョウはエンジンをかけた。

 「ねえ!」ミリアはふと、焦燥に駆られて声を掛けた。

 「何だ?」リョウがヘルメットを被りつつ振り返る。

 「リョウは海外と日本と、どっちでやるのが好き?」

 リョウはヘルメットの金具を嵌めながら、一瞬考え込む。もしかするとミリアもまた、日本でライブを行うことの困難さを感じ取っているのではなかろうかと、そう思いなして。

 「なあにふざけたこと言ってやがる!」リョウはあえて哄笑した。「どっちだって俺らの生の音楽を求めてんだから一緒だろ? 国だの人種だのが、音楽の前で何の意味を持つっつうんだよ。お前、ヨーロッパツアーで何見て何感じてきたんだよ!」

 ミリアは目を丸くし、それから「そうね!」と力を籠めてリョウを抱き締めた。リョウの愛車IRON883が勢いよく発進して行った。

 リョウは、客がどうであれ――、どんな眼差しを向けられるのであれ――、己の成すべきことを成す。それだけの決意を強固に胸に凝らせた。

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