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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 「何かよお、ミリアが思い悩んでんだよ。」

 居酒屋の一室でリョウはそうユウヤに吐露した。

 「何すか、悩んでるって。」ユウヤは早速目の前のビールジョッキを煽る。たまたま仕事を終え会社を出た先に連絡が入り、ミリアのことで相談があるとのことであったが、どうせ大したことではあるまいという先入観がある。何せミリアが中学生だった頃家庭教師として、さんざ二人の詰まらぬいさかいを修めて来た経緯があるのである。

 「それがな、……ミリアに子どもができたら……」

 「マジで!」ユウヤはそう言ってジョッキを激しい音を立ててテーブルに置くと、勢いよく立ち上がる。「いやあ! ミリアちゃんと兄貴の子なんつったら、どんなハイブリッドギタリストが誕生するんすか! もう精子の段階から英才教育施してるぐれえなもんじゃねえすか! やったな、兄貴! おめでとう!」

 「お前、人の話は最後まで聴けよ! 誰が妊娠したっつった! もしだよもし! ……仮定の話をしてんじゃねえか。」

 「……なあんだ。」ユウヤはそう言って白くなった口許を拭い、ゆっくりと座布団に座り込む。「つまんねえ。」

 「ったくよお。……そんでな、まあ、そもそもはあいつの事務所の社長ん所にガキが生まれてそれを見に行って、どうやら自分にもガキが出来たらどうなるかなあみてえなことを考え始めたみてえなんだわ。」

 「ミリアちゃんらしいわ。結構、つうかかなり、影響は受けやすいタイプだかんな。」ユウヤはあはは、と笑って再びビールを呷る。飲み放題プランを付けている以上、とことん飲み尽くさなければ男が廃ると思っている。

 「そんであいつは母親に愛された経験がねえ訳じゃねえか。だから子供の愛し方がわかんねえってなって、そんで将来自分も母親と同じく子供捨てて出て行っちまうんじゃねえかって、ビク付いてるんだわ。」

 「兄貴も捨てて出て行くのか! どこにだ! あり得ねえ!」

 「お前、真面目に聴けよ。」

 「聴いてるすよ。」

 「んでな、極め付けには、……実は、ミリアはあのクソ母親に顔がそっくりなんだよ。んだからもしその子が自分に似てたら、母親と一緒で可愛がれねえんじゃねえかって、びくついてやがんだわ。」

ユウヤはそれを聞くとビールジョッキを置き、顔色を変えにわかに片膝を立ててぐい、とリョウに顔を近づけた。「正直なことを言うと、虐待された子供っつうのは自分が親になった時、虐待をする確率が高くなるっつう話す。虐待は連鎖する、って言われてんすよ。」

 リョウは目を見開いた。「……マジ、か。」

 「特にミリアちゃんは言葉による感情表現が巧くねえじゃねえすか。ギターはピカ一だけど。そういう子はやっぱ相手に、子どもに自分の気持ちを伝えられねえモンだから、余計に感情的になって、手が出ちまって、虐待に走っちまうっつうケースが多いらしいす。」

 リョウは一気に体の温かみ、のようなものが失われていくように感じた。

 「あの……、でもそれっつうのは虐待を受けた子、全員が全員に当てはまるって訳じゃねえすからね。もちろん確率としては虐待を受けてねえのと受けてるのとでは、受けてる方が高いけど、だからっつってミリアちゃんが自分の子供を虐待するっつう話にはなんねえすよ。難しいすけど。」

 「……ミリアはそれを予感して、悩んでんのか。」茫然と呟いた。

 「うーん。」ユウヤは腕組みをする。「悪いが兄貴、俺はその道のプロじゃねえ。だからいざ子供が欲しいっつう時になったら、カウンセリング掛かったらいいすよ。あの、前ミリアちゃんがかかったS総合の心療内科だってやってんじゃねえすか。ほら、映画録ってぶっ倒れた時、あそこのカウンセラーが色々面倒見てくれたじゃねえすか。」

 「ああ、ああ。」リョウは整理の付かない頭をどうにか働かそうと顔を顰めた。

 ユウヤはちびり、とビールを舐めるようにして、「……あん時も思ったすけど、ミリアちゃんの傷は思いの外深いのかもしんねえす。」と呟いた。「……で、兄貴は子どもが欲しいんすか?」

 リョウはぎょっとして上体を反らし、背に両手を着いた。

 「誰がんな話したよ! ミリアが悩んでっから、どうしたもんかなって聴いただけだろ!」

 「まあ、でも子供っつっても二人の問題すからねえ。ちなみにな、虐待……、俺も教育学部でちっとそういう授業取ったことがあるっつうだけだから、あんま専門的な話はわかんねえけど、虐待をしねえためには夫の協力も大事らしいす。育児を手伝ってやったり、母親を孤立させねえように配慮できるかどうかっつうのもでけえポイントらしいすよ。」

 「……そうか。」リョウは大人しく肯く。

 ユウヤはぷっと噴き出し、「やっぱ兄貴、自分のガキこさえること考えてんじゃねえか。」

 「いやいやいやいや。」リョウは照れ隠しか、そう矢継ぎ早に言ってビールジョッキを一気に呷ると、「ミリアが欲しいっつってるモンは、基本くれてやりてえじゃねえか。まあ、……子供はちっと大変、ではあるけど。」

「兄貴は優しいなあ。」

リョウは不貞腐れたように、鼻を鳴らすと、「……まあ、でも実際俺も親がまともじゃなかったから、親がどういう風にあるべきかっつうのは実際わからねえしな。こればっかりはギターじゃねえからミリアに教えてやることもできねえし。」

 「……まあ、でも、いい親からだってクソガキが生まれる場合はあるし、その逆もある。何でもかんでも確率論で納得すんのがいいとは限らねえすよ。」

 リョウは顔を顰め、ユウヤを一瞥する。「……でもミリアじゃねえが、俺だってガキなんてどうやって接したらいいのか、ましてや育てたらいいのか、さっぱりわかんねえ。」

 「なんも不安に思うことねえじゃねえすか。だって兄貴、ミリアちゃんのこと、ちゃあんと育て上げたし。どんなんだって育てられるすよ。ミリアちゃんは虐待受けてろくすぽ言葉の出ねえような子だったんすよ? 自分の子だって相当大変な子育てを強いられる部類だ。それを大学行かして金稼げる世界的ギタリストに仕立て上げるなんて、……普通できねえ。」

 「それはあいつが勝手にそうなったんだよ。俺はギター教えて、それからあまりにもあいつが馬鹿んなった時、お前連れてきて家庭教師さしてって、そんぐれえだな。教育っつうもんをしたのは。」

 「それだけじゃあ、人は育たねえすよ。」ユウヤは苦笑を浮かべた。「愛がなけりゃね、愛が。」

 「あ、愛?」リョウはごくりと生唾を飲み込む。

「……にしても、メタル界一の我儘者の大酒呑みでメンバー首切り過ぎて懼れられ憎まれてた兄貴が、なんでミリアちゃんことあんな愛情たっぷりにちゃーんと育てられたんすかねえ。」

 リョウは酒も進まぬのに顔を赤くして目を背けた。

 「本当マジで不思議。……やっぱ、」空の一点を眺めながら、「兄貴はデスメタラーの仮面をかぶった仏かなんかなのかなあ。」独り言のように言った。

 「仮面じゃねえよ! 俺の本質がデスメタルだよ!」

 「でもミリアちゃんは、デスメタラーの兄貴から愛を学んだんだ。」

 「はああああ?」

 「だからあんだけ兄貴を愛してるし、猫を愛してる。」

 リョウはがっくりと肩を落とす。「――ああ、あれか。」

 「ミリアちゃんが猫好きだとは聞いてたけど、実際まさかあんなになってるとは思わなかった。この間家遊び行った時なんて、猫がずっとミリアちゃんの傍離れなかったかんなあ。しかも何か会話してただろ、猫と。」

 「あいつの猫好きはちっと異常なんだよ。」リョウは小声でそう囁いた。「あいつが言ってること、多分白は解ってるしな! だからあいつが何か言うとにゃあにゃあ言って答えてんだよ。それにミリアをちっと怒っと白がまず反撃してくるしな。何だあれ。」

「ミリアちゃん、凄ぇな……。」とユウヤは一瞬唖然とし、「まあ、さすがに猫と人間のガキとは違うすけど、ミリアちゃんはとんちんかんな言葉でも何でも、次から次へとぺっぺと喋って必死に伝えようとするから、まあ、暴力には行かねえと思うんすよ。だって信じられます? ミリアちゃんが人に対して暴力沙汰起こすって。」

 「あいつはバカだがんなことしたためしはねえ。……まあ、せいぜい突然自分の頭真っ赤に染めたぐれえだな、問題行動っていやあ。中学時代のあん時……。」

 「ほーらね。」ユウヤはにっと微笑み、「だから大丈夫すよ。普通の夫婦が結婚して子供作るのと何ら変わらねえ。まあ、書類上では結婚してねえから、兄貴が認知する必要はあるけど。認知すれば戸籍の父親欄にも名前載るし、そうすりゃあ、普通の夫婦の子供とおんなじだ。」

 「そうだった。それ、それ。戸籍上兄妹なのに子供作っていいんか。」

 「何を今更。」ユウヤは腹を抱えて笑い出す。「ミリアちゃんと世間体とどっちが大事なんだ。」

 「バカ言え。俺は忙しい時に限って毎回飽きもせず職質ブッ込んでくる警察は心底嫌いだ。あとミリアに関する、ねえことねえこと書き立てやがった週刊誌は未だにこの世で一番憎悪してる。俺のベッドで小便しやがった猫を怒鳴り付けたら、怒鳴り返してきたミリアの方がちったあ、マシだ。」

 「何がちったあ、だ。溺愛してるくせに。」

リョウは顔を再び赤くした。

「ま、じゃ、何の問題もねえな。」ユウヤはそう満足げに言い放つと、ビール臭い息を空に向かって吐いた。

 「じゃあ、心配すんなって言っとくか……。」

 「そうそう。兄貴が大丈夫だって言やあ、ミリアちゃんは絶対大丈夫なんだから。ガキの十人や二十人、誰に似てようがびくびくしねえで産みたきゃ産めって、言ってやれ。」

 「そりゃあ、……うるせえだろうなあ。」リョウはうかと、ミリアのような子供が大勢家の中で騒ぎ立てている様を想起してしまい、茫然と呟く。

 「楽しいだろ。兄貴だのミリアちゃんに似たガキがわんさかいて。」

 リョウはげんなりとビールジョッキをテーブルに戻し、頭を抱えた。「……勘弁してくれ。」

 「いいじゃねえすか。兄貴もミリアちゃんも家族っつうやつにはとんと無縁だったんだから、これからわんさか作ったらいいすよ。」

 「俺はいつ作曲すんだよ。」

 「家にあんなど偉え、立派なレコーディングルームあるじゃねえすか。」

 「……ああ、あれ。」あれはミリアの父親の遺産なのである。リョウは溜め息を吐く。「俺のじゃねえけどな。」

 「まあ、色々ビビり過ぎてんですよ、ミリアちゃんだの子供のことになると、急に。兄貴らしくねえ。」

 リョウは気恥ずかしさを隠すように、もくもくと目の前の砂肝を口に運んでいく。「ま、ミリアの好きにさせるよ。どうせ今までもそうやってきたんだ。俺はあいつがうちに来たあの日からずっと、こいつが人生笑って過ごせるようにしてやるって決めたんだ。」

 「わかってますって。」ユウヤは赤らんだ顔を上機嫌そうに綻ばせる。

 「大体兄妹だから結婚はできねえって、さんざガキの頃から言い聞かせたのにかかわらずだ! 何であいつは勝手に結婚式なんて挙げちまうんだ? 絶対ぇ人の話聞いてねえだろ? おかしいじゃねえか!」リョウは今更ながらそんなことを怒気を含んだ口調で言った。

 「でも結果的には血の繋がり、なかったじゃねえすか。ミリアちゃんの思う通りだ。」

 「おかしいよな。あいつのバックにゃ神がついてるっつったって俺はもう驚かねえ。……だって何から何まで気づいたらあいつの思う通りに進行してんだよ。怖ぇだろ? あの凄ぇ家だってなあ、俺は住む気全然無かったんだかんな! 自分の稼ぎで買うならともかく、あんなん凄ぇのホイホイ人から貰えるっておかしいじゃねえか。なーのにミリアが『パパん所引っ越す』なんて大家さんに宣言しちまって。まあ、タイミングみてえのもあったけどよお。にしたって、全てが全て、あいつの思い通りに進んでんだよ。あいつが本気でヴァッケンやりてえって思ったら、ヴァッケンから頭下げてやってくる気がする。」

 「……たしかに。」ユウヤは素直に呟いた。「ミリアちゃんは神に愛されているのかもしんねえす。小さい頃酷ぇ目に遭わせちまった罪滅ぼしに、神様が何でも言うこと聞いてあげようタイムに入ってんのかもしんねえ。」

 「やっぱ、そう思うか……?」

 「……多分。」ユウヤは深刻そうに小声で返す。

 リョウはならば仕方がない、と似合わぬ思考に自分を逍遥させた。

 「まあ、ミリアちゃんが幸せならいいじゃねえすか。」

 「……そう、思うことにする。」リョウは目を細めて、目の前の最後の砂肝を口に入れた。

 「あ、俺の分まで食っちまいやがった!」ユウヤは勢いよく店員を呼ぶ机上のベルを押した。

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