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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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そして請うような眼差しをアサミに向けた。

 「……ねえ。」でも、それを何と聞いていいのかわからない。口を噤む。

 アサミは赤子を抱いたまま小首を傾げて、ミリアの顔を見詰めた。

 「自分の赤ちゃんって、可愛い?」我ながら意を通さない質問となり、歯がゆくミリアは顔を顰めた。

 しかしアサミは意を得たとばかりに微笑み、「私だって、不安に思う所はもちろんあったわ。元々子供好きというわけではなかったし。でもね、こんなこと言ったら親バカだと笑われそうだけれど、」と小声で囁く。「……生まれてきた自分の子を見て、世界一可愛いって思ったわ。顔なんか真っ赤で皴だらけで、体重が少なかったから手足がひょろひょろで、うちの母なんか猿みたいって言ってたけれど、産んだ私からしたら、本当に宝物のような、……世界一可愛い子が来てくれたって思ったの。」

 ミリアは茫然とアサミを見上げた。

 「母親が見る赤ちゃんと、それ以外の人の見る赤ちゃんは、全然違うみたいよ。」悪戯っぽく微笑む。

 「実はね、父親から見ても猿っぽいって思ったよ。……まあ、数日したら、今なんかは問答無用で可愛くてならなくなったけれどもね。」

 「ほら。」

 ミリアはゆっくりと立ち上がり、アサミに近寄り、赤子に顔を近づけた。

 「生まれた時から今まで、ずっとずっと可愛いって思ってる?」

「ええ。今まで一度だって憎たらしいなんて思ったことないわ。泣いても笑っても可愛いし、ミルクを上げたり、おむつを替えてあげたりするのもいちいち嬉しくてならないの。……朝洗濯物をね、こう、干すでしょう? 赤ちゃんの小さな服を干すと、もうそれだけで幸せいっぱいに感じるの。」

 「……厭に、なんない?」その声は幾分震えていた。

 アサミはくすりと微笑んで、「私もね、若い頃は赤ちゃんとはいえ、うんちやおしっこの世話するなんて絶対できないって思ってた。夜泣きされて夜眠れないとかも、絶対自分は我慢できないって。でもね、おしっこ引っかけられても夜眠れなくても、不思議と厭っていう気持ちは湧いてこないの。やっぱり自分がお腹痛めて産んだ子だからなのかしら。何でもしてあげたい、って思うの。お世話ができる期間も限られているし、育児休暇貰えている今の一日一日を大切にしたいなあって思うの。」

 「本当に?」

 「ママは大抵そうなんじゃないかしら。赤ちゃんのお世話が苦手っていうお父さんは聞いたことあるけれど……。」ちら、と社長を見遣る。

 「僕は苦手じゃないんだ。亜衣が僕を覚えてくれないんだ。」

 「あら、厭だ。あなたのことじゃあないわよ。」

 「あのさ、……ママがいなかった人でも、ママに可愛がられなかった人でも、自分の赤ちゃん可愛がれるのかな。」ミリアが俯きながら言ったので、アサミはハッとなってミリアの隣に座り込んだ。

 「そんなことを考えていたんですか。」

 「だって、可愛がるってこと、知らないのに。……ミリアのママは、ミリアを捨てたのに。その血が半分、ここを流れてる……。」ミリアはそう言って静かに右手で胸元を押さえた。

 アサミははっとなってミリアの隣に腰を下ろした。

 「手ぇ洗った。苺頂戴。」そう言いながら結衣が戻って来る。社長は皿からひらりとサンドウィッチを取り上げると、「さあ、こっちで食べさしてやろう。美味しい美味しい苺だぞ。」と言って結衣を部屋から連れ出していく。

「親がどうであれ、」アサミは低く呟くように言った。「ミリアさんはミリアさんじゃないですか。知っています? 人の性質を形成する条件として、遺伝と環境というのがあるんですけれど、環境の方が人間の性質には大きく影響しているってことがわかっているんです。」

「環境?」

「そうです。ミリアさんはずっとリョウさんと暮らしてきたじゃないですか。その方が、血よりもミリアさんの性質を作り上げるのに大きな影響があるんです。」

「そうなの?」

「ええ。」

ミリアは安堵したように深々と息を吐いた。

「それに、私もおむつの替え方、ミルクのあげ方、全部助産師さんに色々教わったんですよ。最初からできる人なんて誰もいません。ママが上手にできなくても、一生懸命子育てしていくうちに、赤ちゃんはそれに応えてすくすく育っていくんです。愛情さえ注いでいれば……。」アサミは慰めるように言った。

「ううん……それに、それに、……赤ちゃんがリョウに可愛いがられて幸せそうにしてたら、ミリア、ずるいって思っちゃわないかな。ずるいって……。ミリアはそんなことされたことないのにって。」ミリアはそう言って苦し気に目を閉じた。

アサミは眉を曇らせながら、言った

「ミリアさんはちゃんと人を愛せるじゃないですか。そんな嫉妬なんて……。がんになったリョウさんを十ヶ月も自分一人で支え切って、寛解させたじゃないですか。長年連れ添った夫婦だってできることじゃあないです。ましてやミリアさんは高校生で、それをやり遂げたんですから……。お母さんから愛情を注がれた記憶はないのかもしれませんが、……ミリアさんはちゃんと人を愛することができるんです。」アサミははっきりとそう断言した。

 「そう……。」ミリアは躊躇いがちに肯いた。

 アサミは、しかしそう言いながらもたしかに虐待を受けた子はその子にも虐待が連鎖される傾向にあるということを、遠く大学の教室で学んだ記憶を甦らせていた。ミリアがそれを潜在的に心配し、子のいる生活に憧れを抱きながらも躊躇しているのは、仕方のないことのようにも思えた。でもそれをさすがに口にするのは憚れ、「大学も卒えたんですから、リョウさんとよく話し合ってみたらいいですよ。リョウさんならミリアさんのことを誰よりもいちばんよく分かっているはずだし、全てを受け止めてくれるはずですから。」と語り掛けた。

 ミリアはようやく笑みを取り戻すと、小さく肯いた。アサミも安堵の笑みを溢す。

 「ほら、さあ、せっかく社長が作ってきたんですから。食べてあげて下さい。社長お手製のサンドウィッチ。お料理の大学行ったミリアさんから厳しいこと言われれば、今度はもっともっと頑張って作ってくれるかも。」

ミリアは「そんなこと言わないわよう。」などと言い照れ笑いしながらテーブルに着いた。

アサミはそっと赤子をベビーベッドに寝かせながら、ちらと嬉しげなミリアの横顔を見、ふと、しかし痛切にその幸福を願った。

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