Episode093 冰結宮殿のサクスヴェーダ ~親バカになった大賢者は新たな幸せを知る~
エルリアと同じ白い騎士団の正装。
着ることを楽しみにしていたのに、この晴れ姿を見せる相手がいない。
──お兄ちゃん、いつになったら会えるのかな。
すべてが終わったら会おう。
そうキスミルに伝言していたらしい。
でもキメラ計画の反動でルークス内部も混乱しているみたいで、その事後処理に忙しいのだという。
「あ………お家……」
702階層。
セシリアとベルティスの家。
今はもう、四皇帝魔獣三人とフルーラの屋敷になってしまっている。
この家で最後にベルティスと会ったのは、二年以上前だろうか。
…………足音がした。
「セシリア」
廊下の向こうにベルティス。
「お兄ちゃん、なんでここに……!?」
「セシリアがいるかなって思って来たんだ。……あと、その服って」
「はい! 見てください、わたし騎士団に無事入れました!!」
これを伝えたかった。
彼は、優しい顔で笑ってくれた。
頭も撫でてくれた。
「おめでとう、リア」
「はい!」
「……うん、ちょっと歩こうか」
歩き始めるベルティス。
その背中を追いかけるセシリア。
身長が伸びたからかな、今なら背伸びしなくてもお兄ちゃんの頭に触れられそう!
ちょっとわくわくする。昔からずっと思っていたのだ。
いつかは背伸びしなくともお兄ちゃんの頭のてっぺんを触ってやるんだって。
今ならできるかもしれない。
そっと後ろから、足音を立てずに。
お兄ちゃんの頭の上にそぉ~と手を伸ばして、
「リア」
「わひゃぃ!?」
いきなり立ち止まって振り返らないでくださいぃい!
「僕と打ち込みをしよう。
二年間の君の成長、ぜひ見せてくれ」
「は、はい!!」
そのままの流れで外へ。
しかしセシリアは、一つの戸惑いを覚える。
「なんで女性の姿を取ってるんですか?」
ベルティスは女性の姿もとることができる。姿くらましの冰術の一つらしいが、これがまたかなり美人なのだ。初めて見たときは驚いた。
あの姿をとるときはエルリアに呼び出されたか、皇都の女性用服飾店に足をのばしたときくらいだろうか。
「男女差による筋肉量は相当なものだし、平等な立場で打ち込みたいと思ったからだよ。君も相手が『お兄ちゃん』よりボクのほうが燃えると思ってね」
「見た目が女性だから……?」
「そ。あとはまぁ、こっちの姿のほうが剣を振り慣れてるからかな」
言葉をきり、ベルは腕を交差させる。
「解放」
冰素が動いた。
「核は万年冰力層。重量は千と六百五十、硬度は三万とんで四十五、攻撃力を十二倍に規定する。右手に銀の矛、左手に黒き矛、あまたの喉を切り裂く牙として顕現せよ」
ベルが持つ黒と白の双剣。
自身の冰力によって生み出された武器なので、性能はまるで把握できない。
「大丈夫、ただの打ち合いだよ」
打ち合いだから冰術は使わない。
そのかわり純粋に体術と剣術がものをいう。
「────ハッ!!」
夢中になってセシリアは剣を打ち込み続けた。
時間も忘れた。
とにかく楽しい。
体を動かすことが楽しくて仕方ない。
「わたし、お兄ちゃんのこと大好きです」
剣の打ち合いが終わったあと、タオルで汗を拭う。
言えば、ベルは冷たい飲料水を頬に押し当ててきた。
飲めということなのだろう。
遠慮なくセシリアは口をつける。
「……君のせいで重症だよ」
「え? 親バカがですか?」
つい真顔で答えると、ベルは小さく笑った。
そのまま元の姿へ戻ってしまう。
ベルティスは続けた。
「君のせいでバカになった。今世の大賢者はエルフの娘のことが気になって夜も眠れないくらいバカ親になったさ」
「えへへ……わたしのせいですか?」
「ああ。君がこんなにも可愛くて愛おしいから。……ほんと親バカだよ、養成所に行ってるセシリアがヘンな男に絡まれてないかとか、そんなこと考えてた」
──お兄ちゃん……もしかしてちょっと照れてる?
そうするとムクムクと悪戯心が湧くのが乙女というもので、セシリアは自分が汗だくなのも気にせず彼の腕のなかに飛びこんだ。
「お兄ちゃんの初デレはリアのものです」
「何か言った?」
「何でもないです!」
──と。
さすがに汗の匂いが気になってきたのだろうか、ベルティスがしきりに自分の腕を鼻に近付けている。
「さ、シャワーを浴びようか。セシリアも浴びて……お…………いで」
どうしたんだろう。
彼の声が掠れて、青ざめた顔でどこかを見ている。
思わず追いかけてみると、そこには見慣れた騎士の正装に身を包んだ姉の姿があった。
「ベル……がエルマリア? それともエルマリアがベルだったのか……?」
そういえば忘れていた。
──お姉ちゃん、まだお兄ちゃんとベルさんが同一人物だってこと知らないんだった!?
「おい、エルマリア…………」
「や、やあエルリア…………ちょっとその剣を収めてくれないかな」
「フルーラに言われて来てみれば、ベルとセシリアが剣の打ち合いをしていた。そこまではいい、私も邪魔してはいけないと思って見守ってもらわせた」
やっぱりフルーラの仕業か!
そんなベルティスの声なき悲鳴が伝わってくる。なにしろ今のエルリアは、視線だけで人を殺せそうだ。
「でもこれは、いったいどういうことだ!?」
「ちょっとしたトラブルなんだ。ちょっとした行き違いで自己紹介が遅れただけでッ」
「三年遅れの自己紹介で納得できるものか!」
「謝るよ。でもこれだけは言わせてくれ、わざと女の姿になって君のハダカを見たわけではない!」
「なに……?」
「お兄ちゃんそれ墓穴です!!」
「あ、やば」
真っ青になるベルティスと真っ赤に震えるエルリアの構図。
彼女に至っては、女だと思っていた相手は実は男で、しかも三年前にハダカを見られていたことになる。そりゃあ怒るに決まっている。
「エルマリア、おまえっ!!」
「エルリア、落ち着いて話をしよう! 僕はやましい思いがあって君達と混浴したわけじゃない! フルーラに無理やり入れさせられたんだ。やましい思いがない証拠に、できる限り君達を見ないようにはしていたし」
「できる限り……?」
「見てない」
「ウソだ。おまえはさっき、私のハダカを見たと言ったではないか!」
「だからあれはフルーラが無理やり……!」
「成敗する」
「やっぱそうなるのか……!」
そこから、しばらく二人の追いかけっこが始まった。
意外にもあっけなく、ベルティスが先に降参することで決着がついた。
──お姉ちゃんがお兄ちゃんを組み敷いてる!? すごい……さすがお姉ちゃん!!
これはすごい光景だ。
あの完璧お兄ちゃんが押し倒されている!?
「覚悟はいいか」
「ストップ」
「なんだ?」
「来客がきた」
エルリアがベルティスから飛びのく。
やってきたのは、黒猫と羊のぬいぐるみを抱いたシャロンだった。
「シャロンさんとローレンティアさん……え、キスミルさんですか?」
『この娘、妾を見た瞬間泣き叫んで子どものようにピーピー喚くのでのぉ。うるさいから、妾が考え得るできる限りの姿を用意した。どうじゃ、気品あふれるじゃろう?』
気品あふれるというより……。
「むしろぬいぐるみっぽくてものすごく可愛い……」
羊のぬいぐるみの大きさになってしまったキスミル。
特にあのふわふわとした毛並み。
柔らかそう……!
確かにこれならシャロンも怖がらないだろう。
『シャロン様から、みなさんにご報告があるそうです』
「……………はい」
シャロンの顔が少し赤い。
「えと…………………………この……たび…………私は…………ベ……ル様の………………を授かりまして……」
「「「え?」」」
セシリアとエルリアとベルティスと。
三人そろって聞き返すので、シャロンはますます顔を赤くして大声で言う。
「ベル様の…………子どもを授かり、ました!!」
「「えええええええ!?」」
「うぅぅうう誰か私を人のいないところへ連れて行ってくださいまし。ベル様ぁ」
「………………僕の、子ども?」
当の本人が呆けている。
状況を呑み込めていないようだ。
「これでやっとお兄ちゃんもパパですね!」
セシリアによって親バカになった大賢者が。
ついにここで本当のパパに。
「わたしが名付け親になりますっ!」
笑いの絶えない日々が続いていく。
ご愛読ありがとうございます。
これにて本作完結の運びとなります。
セシリアの成長と、今世の大賢者の変化を感じ取ってくれたらと思います。
最期はぜったいに幸せいっぱいのハッピーエンドにしたいと思っていたので、このような完結となりました。
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