Episode091 vsキメラ
状況を確認する作業から──
眠っているキメラの夢を食べ、巨大化を続けるパグ君。
夢見状態ゆえに、パグに操られているキメラたち。
セシリアと同じように数名の騎士達も、キメラに追いかけられ応戦を余儀なくされている。
最初の犠牲者となったラドルシュは、どうなっているのか誰も分からない状態だ。
ここには頼れる人がいない。
ゆえに、ちゃんと考えないとならない。
「シャロンさんから冰力を奪う原因になってるのは……いた、あの航空用撮影機だよ」
宙に浮遊する数十機のドローン。
キメラ計画の要はドローンを媒体とする遠距離エネルギー調達法。つまりアレを壊せば、静養しているシャロンが冰力を奪われることもない。
「二手に分かれよう。わたしが動けばキメラも視線を向けるかもしれない。そのあいだ、ユナミルちゃんが炎で」
「了解」
正反対の方角へ疾走する騎士見習い二人。
セシリアは派手にキメラへの攻撃を開始。
しかし硬い。
キメラの外皮は生物のソレとは桁違い。弾き返された衝撃はビリビリと腕を伝う、しっかり握ってなければ剣を落としそうなほどだ。
「なら」
ツヴァリスの冰剣に冰力を流し込み、奥義の構えへ。
金剛石と同等以上の硬度を誇る冰剣へとシフト。
──片手剣武装奥義《霊廟冰寒帯》。
細胞に振動を与えて、内部崩壊を促す単発奥義。
魔獣に使えばその威力は絶大だ。
しかもセシリアの場合、威力の調整によって奥義の複数回使用と制限時間制御できる。
「────ハッ」
実力と冰力量、キメラの硬さを正確に見極めなければできない戦法。
土壇場のこの状況でも、セシリアはこれをやってのけた。
「ユナミルちゃん」
「こっちも全機撃ち落としたわ!」
「うん!」
冰力の供給がストップしたということは、キメラに残されている冰力がわずかだということ。
いける。
勝利を確信した直後、なぜかセシリアの体がくの字に折れ曲がった。
「あぶないっ!!」
耳もとで空気の唸り声。地面に叩きつけられて、何度かバウンドする。
呼吸さえできずに、セシリアは何かに吹き飛ばされた。
「────っかはっ!!」
セシリアの目の前にいたのは、巨大なキメラ。
しかしあんな巨大なキメラは今までいなかった。そもそもキメラは量産生物だ。あんな大きなヤツなんていなかった。いたらその前に気付く。
それに、自分はいったいなぜ吹き飛ばされたのだろう。
何によって吹き飛ばされたのか、それすら分からなかった。
「…………この力の使い方は」
キメラの周囲に存在する冰素の残滓。
間違いない、冰術の使用したあとに残る特有の気配だ。
つまりあの特異個体は冰術を使用する。
──なんで……?
パグ君がキメラに力を与えた? それともキメラの隠し能力? いや、そもそもあのキメラはなんだ。なぜ──
そのとき、巨大キメラが近くにいたキメラの頭部にかぶりついた。ありえない。まさか共食いなのか? 共食いすることによって、あのキメラは自分の力を高めているというのか。
〝キメラが魔獣討伐の目的を放棄し、自己生存のために冰力を保有する人間等を襲うという欠陥要素〟
──キメラが自分を生かすために他のキメラを食べて、強くなったってこと?
「セシリアちゃん!!」
向こうにいるユナミルと視線を合わせる。
合図。
これから、自分たちが養成所で習ってきたことを行うために。
「「二人一緒で」」
まずは、敏捷性において学年一を誇るセシリアの疾駆。
試し撃ちの斬撃波を浴びせながらジグサグに走ってキメラを挑発する。応戦するキメラの衝撃波をもろともせず、まさに疾風迅雷のごとく攪乱を続行する。
「足!!」
体勢を低くしながらキメラの腱に二閃。裂傷を一筋。
股潜りの要領で背後に回って振り返りざまに連続斬り。
キメラの視線がセシリアに釘付けになったところで、すかさずユナミルの大剣が重い一太刀を浴びせる。
「首ッ!」
「横腹ッ!」
「太腿ッ!」
「背中ッ!!」
三年間片時も離れずに練習を続けてきた親友同士だからこそ、できる戦法。
そして、ちょうど二人が対極の位置にいる瞬間。
騎士見習いは二人同時に、それぞれ最高のわざを準備する。
「「奥義!!」」
これまで培った最大限の力をキメラめがけて。
「──《爆炎……ッ」
「──《豪氷……ッ」
大剣に纏う気高き炎柱と、冰剣に纏う極寒の冷気。
勇猛果敢で冷酷無慈悲な二種奥義。
「──……散華》──ッ!!」
「──……開花》──ッ!!」
二つの奥義が、野外を殺し合うことなくキメラへ激突した。
炎と氷という、自然界ではありえない組み合わせ。
それが見事組み合わさったとき、爆発的な威力を発揮する。
『ギャァァアアアアアアア!!』
巨大キメラの絶叫と鼓膜を破るような爆発音。
上体が崩れ、黒焦げになった獣が横に倒れる。
もうピクリとも動かない。
これで、見渡す限りキメラを倒すことができた。
「あとは……」
夢喰い魔獣・パグ。
200体分のキメラの夢を食べてしまい、いまは原型を留めないほど大きく成長してしまっている。大きさは象よりも二回り大きく、短かった毛が体全身を覆い隠すほどの長さになっている。
攻撃をしてくる様子はない。操れるキメラが倒されたから、もう何も抵抗手段がないということだろうか。パグ自身に攻撃する意思はないのだろうか。
「お兄ちゃんに連絡してみようかな……」
ネネルと戦闘中かもしれないが、指示を仰ぐのも悪くないだろう。
そう思って、セシリアはベルティスに念話をつなげようとすると。
「ちょっと待って、黒い霧が……」
パグを中心にして、黒い霧が発生。
ネネルと全く一緒の技で、夢を見せる霧だと推測された。
「大丈夫、わたし達は魔除けの法具を持ってるから夢なんかみないよ」
……あれ?
……思ってるのと違う……?
「っユナミルちゃん?」
顔を真っ青にしてくずれ落ちるユナミル。尋常ではない汗と目の充血。これから察するにこの霧は、夢を見せるものではない。障気だ。魔獣が吐き出す腐った空気。
長時間の吸引は死に至る。
「ユナミルちゃん、しっかりっ!」
「ごめん…………なさい、体が動かな……いの。冰力を使い過ぎた……」
悪いことは連続するとはよく言うもので。
この霧に吸い寄せられたのか、はたまたキメラの脅威が消え去ったせいなのか、魔獣たちがぞろぞろと集まって来た。セシリアの見立てでは十や二十で収まる数ではなかった。五十、もしかすれば百はいるかもしれない。
冰力の消費と障気、そして魔獣の脅威。
セシリア一人なら逃げられる。
しかしここにはユナミル、おそらく昏倒状態にある数名の騎士見習いがいるはずだ。天の使徒の研究者も倒れているかもしれない。
この状態で逃げられるほどセシリアは薄情ではない。
「お兄ちゃん…………助けて……」
呼べば、来るだろうか。
念話で一言……でも、彼だって戦っている。
自分を助けるために、その場で負傷している他の人間を見捨ててほしくない。
「せめてユナミルちゃんを移動させて──っなに?」
霧の一部を吹っ飛ばすような暴風と大きな爆発音。多くの魔獣が吹き飛ばされ、硬い地面に叩き落される。起き上がる隙すら与えられず、硬い土の棘が魔獣を蹂躙。断末魔と衝撃音、高笑いする女性の声に、セシリアは聞き覚えがあった。
「──雑魚は引っ込むがよいぞ。妾に歯向かおうというのならば、せめて百年最下層で修行してくるがよい」
彼女の横を、見惚れるような美しい蒼の聖火が通り過ぎた。中心ではじけ飛び、周囲に拡散。みるみるうちに障気が浄化されていく。
なんと優しい冰術だろうか。
周りの障気を一気に浄化していく超高等冰術。冰力使いでもごく一部しか浄化の冰術は使用できないという。これほどの冰術を使えるのは、ベルティスの他にもう一人……。
「フルーラ!!」
稀代の女賢者フルーラ。
大賢者の師匠にして、種類問わずさまざまな冰術を扱う女性。
フルーラはこちらを見て手を振った。
「セシリア、無事で何よりだよ」
「なんでここに……っううん、それよりユナミルちゃんが!! ユナミルちゃんを助けてください!!」
「……これはまた緊迫した場面だね。──キスミル、少しのあいだ頼むよ」
近づいて来たフルーラがユナミルを見て、そのあとキスミルに指示。キスミルは「蹂躙役は妾に任せろ」と笑って快諾。今まさに四人に襲い掛かろうと囲んでいる魔獣たちを見渡して、
「ほぉ、たった87匹か。よかろう、貴様らの愚鈍な思考に免じて痛みも感じさせず消し去ってやる」
嗤う。
四皇帝魔獣キスミルは同胞殺しだって厭わない。
自分よりも弱い魔獣を、同胞とすら感じていない。
「硬き土から興れよ棘──」
キスミルの周囲に、どす黒い障気の渦が発生。
セシリア達に配慮して、ある程度離れたところから。
「串し刺せ──ッ」
千の棘が突出し、魔獣たちを絶命。
一体残らず肉塊へと変化させる究極の蹂躙技。
あれが人間に向けられてたらどうなっていたことだろう。味方ながらにセシリアはぞっとした。
「ユナミルと他に倒れてる人間はアタシに任せな。セシリア、最後に残ってるだろ。あそこにいる不気味な魔獣の始末が」
「……パグ君、キメラの夢を食べちゃったんだ」
「なるほど、だからあんなおぞましい姿になってるのかい。いいかいよく聞きな、パグは食べた夢の質によって成長具合が異なる。最初、パグの毛の色は白と黒にはっきり分かれていただろう?」
「うん」
「でも今のパグは全身真っ黒だ。キメラという生物兵器の夢がよほど悪質だったと思っていい。あそこまで夢を食べて大きくなると、もうパグは夢を吐き出せない。元には戻れない。むしろ、あのエネルギーをネネルに与えてしまう方がよっぽど危ない。殺すしかないんだよ」
「……」
「……覚悟を決めな、セシリア」
たっぷり十秒ほどの沈黙のあと、セシリアはゆっくりと頷いた。




