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Episode090 大嫌いで大嫌いで大嫌いな魔獣



 昨晩、シャロンは発作を起こした。

 もともと三時間のキメラ演習でシャロンは疲労していた。連続のスキル使用は負荷が大きい。練習のときより緊張していたためか、本番後の彼女はかなりやつれている。

 無理もない。

 彼女はまだスキル『無限増幅炉』を使いこなしていないのだ。

 本来ならば、使いこなせるようになって初めてキメラ計画のスタートラインに立てる。そうでなければ、大切な冰力供給者を本番前に潰してしまう。

 それだけは避けねばならないと、ルークス家は思ってるはずだ。


 しかし、キメラ計画を提言する皇宮会議まで期限が限られている。


 ラドルシュは最後のキメラ資料作成のため実戦演習を強行した。

 ジースリクトもシャロンの具合を知っていたはずだが、ラドルシュの強行を黙認している。あの男も信用できないと、ベルティスは思っていた。


 ──初めてラドルシュさんにあんなこと言ったな。


 大賢者ベルティスはキメラ計画に乗り気ではない、ルークスの考えに背いている。

 そう思われても仕方ない。


 ──そう思われないために、今までシャロンさんの苦しみに目を瞑ってきたんだけどな。


 ベットの上で眠るシャロン。

 ベルティスはこの一年半ずっと彼女の傍にいた。ずっと彼女が、ルークス家に多大な重圧をかけられ、苦しんでいたことも知っていた。スキル『無限増幅炉』を使いこなすようになるため、無理をしていたことも知っていた。

 

「痩せたね。女性はもっとお肉をつけないとダメだよ」


 起こすつもりはなかったのだが、そこでシャロンが目を開けた。


「……こう言っちゃなんですが私、ほっぺたには結構いらないお肉がついてるんですよ?」


「そういう意味じゃないんだけどな……」


 自分の頬をむにむにと摘まむシャロンに、思わず笑みがこぼれる。

 

「おはようシャロンさん」


「はい、おはようございますベル様」


 笑い合う。

 セシリアがそばにいない間、彼女の笑顔にはとても癒された。この笑顔を守るのが、妙な運命で彼女の夫になってしまった自分の宿命だろう。決して失わせてはいけない。

 そのあと。

 少しだけ話をしてから、ベルティスはシャロンの部屋をあとにする。


 静かな廊下で、かつての仲間達に念話をつなげた。


「ローレンティア、ラミアナ、キスミル、三人とも246階層まで下りてこい。念には念だ、《蒼涙の夢繰り師(ネネル)》が妙なことをするまえに叩くぞ」


『了解です』

『りょーかいますたー』

『仕方ない、ネネ坊に一発入れてやるかの』

 

 




  ◇




 

 正午。

 三大公爵家合同の大討伐隊が編成された。

 各公爵家代表と大賢者。

 騎士精鋭54名、竜騎士18名、冰力使い31名。

 計107名。

 ネネルの夢対策には法具が渡されている。

 ネネルの居場所はベルティスがすでに把握済みだ。キメラの攻撃によって無惨なかたちとなったパグ君のお家近くに居座っている。

 あとは実力がどれほどのものなのか。


「悔しいわ。私たち、まだ見習い騎士っていう理由で参加できないのよ」


「仕方ないよ、相手はネネルだけじゃないもん」


 ネネルが操れるのは、なにも人間だけではない。

 夢見状態ならばどんな魔獣も彼の意のままだ。

 ベルティスの見解だと、Sランクを含めた五千匹相当の魔獣を支配下に置けるという。

 

「だからこそ少しでも数が欲しいと思わない? でも私たちは、こんな場所でぽつーんと立たされているだけよ?」


「まぁ、言われてみれば」


 今回、セシリアとユナミルを始めとした数名の騎士は、静養地にいるキメラを見張る役割についていた。シャロンを休ませないといけないから今日はキメラを動かせない。自分達は近づいてくる魔獣対策なのだという。


「でも眠ったままのキメラに魔獣が襲い掛かってきたら大変だよ」


「そうね。それと……」


 ユナミルが近づいてくる。


「ラドルシュさんって、どうしてここにいるの?」


 天の使徒の研究者を数名侍らせ、向こうで座っているラドルシュ。

 彼自身はキメラ研究に貢献している研究者だ。戦闘に参加できる力は持っていないということだろうか。しかも、かなり機嫌が悪そうだ。


 ──なにを喋ってるんだろ……。


「パグを連れてこい」


 連れてこられたパグ君は、怯えきって甲高く鳴いていた。傷だらけの鼻面を檻にこすりつけ、ここから出してほしいと懇願。ラドルシュは苛々と檻を蹴飛ばした。

 

「ゴミクズの分際でうるさいんだよ」


『きゅぅ…………!』


「あァ? なんだその目は、私に逆らうのか」


 膝をおり、パグを目線を合わせる。檻から長い鼻が出てきた瞬間、思い切りラドルシュが引っ張った。


「シャロンの体力がもたない? スキルを使いこなしていないだと? 今さらだ。シャロンはルークスの娘(・・・・・・・)だぞ? 家の人間は血のにじむような努力で己の能力を開花している。それを、対人恐怖症などというくだらんことで、あの女は今の今まで家の役に立つことを放棄してきた」


 鼻を引っ張り、パグ君を檻に押し付ける。

 何度も何度も何度も何度も、恨みのこもった強い力で。


「おまえもシャロンとおんなじだな」


『きゅぅ…………』


「ネネルの夢を食べることでエネルギーを作り、ネネルに与える。まったくもってシャロンそっくりだな、あの誰の役にも立てないゴミクズと一緒の運命だ。一人の男に依存しなければ自我すら保てないんだよ、あの穀潰しの無能娘はなァ!」


「ら、ラドルシュ様、やりすぎるとネネルを怒らせてしまうと忠告を受けたのでは?」


 さすがにパグ君が可哀想に見えてきたのか、研究者の一人が恐る恐る発言。

 ラドルシュは眉間に皺を寄せて怒鳴った。


「うるさいなァここにはあの大賢者もいないんだよ。いいだろ、殺しはしない。殺せばネネルに伝わって火に油だっていう話だからな」


『きゅうぅうう!!』


 一層甲高い鳴き声。


「なんだ、ただのこけおどしか?」


「気のせいでしょうか……いま、パグが一回り大きくなったような……」


「なに!? ここには誰も寝ているやつなどおらん、食べる夢がなければパグも成長など」


 いるではないか(・・・・・・・)

 眠っているキメラが(・・・・・・・・・)しっかり200体(・・・・・・・・)も。


「まさかありえん!! キメラの夢を食べたのか!?」


 檻の中にいる魔獣が、内側からどんどん膨れ上がっていく。

 黒い毛がどんどん長く伸びていく。

 やがてその大きさは、ソレを閉じ込めていた檻すらも壊した。


「キメラの主導権は私のものだ!! 杖で強制的に起動させればよい! 魔獣ごときに私のキメラを奪われてなるものか!!」


 従者に持たせていたクリフォトの杖を取り上げ、地面を突くと、ラドルシュの想定通りキメラが起動する。


「はははっ……どうだ、魔獣め! クリフォトの杖さえあればキメラは私の命令に従う! 今からおまえは、私に歯向かった罰を受けるのだ。キメラたちに噛みちぎられるがよい!!」

 

 半数以上のキメラが、なぜかパグではなくラドルシュの方に向いた。

 

「はは……どうした、おまえたち。おまえたちの憎む魔獣はそこにいるぞ。ほら、夢を食ってもう象ほどの大きさになっている。早くあの汚らわしい魔獣を殺せ!! おい、なぜ私を見るんだ…………おい、イッアァアッ!!」


 おもむろに近付いた一体のキメラが、ラドルシュの左肩を鋭い爪で切り裂いた。迸る鮮血が、神聖な冰力の光があふれる。二体、三体と増えたキメラが、同じくラドルシュに襲い掛かった。


 大事件に発展するかもしれないキメラの欠陥。

 キメラが自己生存のため魔獣討伐を放棄し、冰力を保有する人間等を襲う可能性。

 

「まずいわセシリアちゃん、キメラが!!」


 恐れていたことがついに起こった。

 一年半前、冰力を奪うためにエルリアを襲ったのとまったく同じ。

 しかもキメラの数は、魔獣狩りのときの比ではない。


「パグ君が…………」


「そんなこと言ってる場合じゃないわ! キメラがこっちに来る!!」

 

「どんどん大きくなってる……」


「今はそっちを見ちゃダメ、早く逃げるの!! セシリアちゃん!!」


 ユナミルに怒鳴られ、ハッと意識を取り戻すセシリア。

 

「逃げてどうするの?」


「え?」


「逃げても無駄だよ。このキメラは冰力を持つ存在に襲ってくる。たぶん、お兄ちゃんもまだこっちに戻ってくれない。レスミーさんも、グリさんも、ジースリクトさんもそう。だってみんなネネルと戦いをしに行ったんだ」


 ──やるしかない。


「パグ君を倒す。じゃないと、キメラが動いてるあいだシャロンさんは冰力を奪われ続けるんだよ。二百体のキメラを倒して、パグ君も倒す。ユナミルちゃん手伝って」


 ツヴァリスの冰剣を抜く。

 できるはずだ。

 

「わたしは、大賢者ベルティスの娘だから。

 最強になるってお兄ちゃんと約束したんだから」







 

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