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Episode089 会議



「私の妹を返してもらおう」


 いつかどこかでみた、装飾煌びやかな聖剣。

 騎士公爵家に代々伝わる冰剣の一つで、エルリアはその剣をレスミーから借りていた。


 聖なる剣先をネネルに向け、険しい表情を浮かべている。

 

「ちょっとばかし甘く見てたな。予定では朝までぐっすりだったはずなのに」


「私は騎士だ。おまえがかける『夢』は長く効かない。さきほどは油断したぞ、四皇帝魔獣ネネル」


「ああそうだよ。でもオレはキミに構ってる余裕なんてない!」


「おまえになくても私にはある。レスミー様からこの聖 剣ブレティック・イレイザーを下賜された以上、目の前に立ちふさがる凶悪な魔獣を生かしておくことはできない。

 ──ゆえにおまえを斬る」


「魔獣には聞く耳なしか。当り前だな──」


「今からおまえを討伐する、覚悟しろ」


「断らせてもらう!!」


 はなから戦う気のないネネルは、分厚い障気の壁を幾枚も作り出してエルリアの進路を塞いだ。

 しかしエルリアは、全く気にする素振りなく突撃を開始。

 

「おまえの脅威は『夢』だ。そのかわり個人の戦闘能力は他の四皇帝魔獣のなかで最弱と言って等しい。大賢者やキメラがいなくとも、足止めくらいできる。レスミー様が増援を連れてこられるまでな!」


 まるで豆腐を切るように滑らかな断面。

 聖剣を閃かせて障壁を突破していく彼女の姿は、まさに《冰魔の剣姫》と呼ぶに相応しいものがある。

 彼女も聖剣も超一級品。

 四皇帝魔獣にも遅れを取っていない。


「『夢見がちな子どもたち、その身に宿した黒き想いに打ちひしがれよ』」


 ネネルが天に腕を伸ばす。

 彼を中心にして黒い霧が発生した。


「また『夢』か。二度も同じような手に────」


「『宵闇の悪夢は(アルプトラム)果てなく続く(・エンデ)』」


 霧はひとを夢へと誘う。

 楽しい夢は白く、怖い夢は黒い。

 

 ときに悪夢は人をも殺す。


「セシリア!!」


 エルリアに抱きしめられ、地面に伏せられる。

 しばらくの沈黙。


「お姉ちゃん……?」


 震える声で姉を見上げると、エルリアはぎこちなく微笑み返してくれた。


「大丈夫だ。あいつがネネルと分かった以上、魔除けの法具を持ってきた。あの『悪夢』を見ないようにするためのな。一個をセシリアにやろう」


「うん」


 ぼんやりと輝く鈴だ。


「ネネルの厄介な点は『夢』を見せることだ。いい夢は人に快楽を覚えさせ堕落させる。悪い夢は人を絶望に陥れ、たとえ悪夢から覚めても金縛りにあったように動けなくなる。あの技を見た限り、広範囲に使用できるみたいだな」


 広範囲のデバフ効果。

 かつてネネルに夢を見せられ、一晩にして壊滅状態になった軍隊があるという。

 

「ネネルはどこに……?」


「さっきの技は私から逃げるために使ったらしい。……もう黒い霧が晴れてきたぞ」


 ネネルの姿がない。

 パグ君のところへ行ったのだろうか。


「ネネルを追いかけなくていいの?」


「バカ、こんな可愛いパジャマ姿の妹を放っておけるものか。確かにネネルを取り逃がしてしまったが、なにより最愛のセシリアを助けられたことが一番うれしいよ」


 強く抱きしめられる。

 四皇帝魔獣に誘拐されて、心配するなというほうがおかしいだろう。

 事実エルリアは少し泣いていた。

 何も言えないセシリアは、しばらく姉に抱かれていた。


 ほどなくしてレスミーが、精鋭たちを引き連れてやってきた。


「この状況は?」


 手短にエルリアがレスミーに状況を説明していく。

 レスミーは深く頷いた。


「なるほど……。とりあえず二人が無事でなによりです。私はこのことを、他の公爵家に伝え会議を行います。エルリアは部隊を連れて引き続き、周囲の警戒を。ただし、ネネルの厄介な点は夢見状態の相手を自由に操れることです。発見しても無暗に討伐は考えず、遠くから監視してこちらに連絡を入れなさい」


「はっ!」


 頭を垂れるエルリア。

 続いてレスミーがこちらを見つめた。


「セシリアは私と一緒に来てください」


 誘拐された張本人だから仕方ない。

 ──わたしパジャマだけど、さすがに着替える時間あるよね。


「はい」


「明日のキメラ演習もどうなるか分かりません。みなさんは連絡を待ってください」


 ──ラドルシュさんのこと言ったほうがいいのかな。

 

 ラドルシュがキメラを率いて森の中に入っていったこと。

 パグ君を狙っているということ。


 ──分かんなくなってきちゃった……。






 ◇





 

「こんな真夜中に緊急招集に応じてくださり、騎士公爵を代表して御礼を申し上げます」


 騎士公爵家当主レスミー。

 竜卿公爵家代表グリ。

 魔貴公爵家当主ジースリクト。

 遺伝子工学者ラドルシュ。

 大賢者ベルティス。


 ──わたしだけ場違い感半端ない……。


 こんな豪華面子と各公爵家の従者、精鋭が集まっている会議室に、ネネルに誘拐されてしまったという理由だけでこの場にいるセシリア。

 

 ──肩身が狭いよぉ……。

 

「本日……いえ、もう日が改まりましたので昨晩ということになりますが、四皇帝魔獣ネネルがここにいるセシリアを連れ去りました。今は無事連れ戻したあとです」


 しばらくネネルの目的の推測や今後の展開について話が進んだ。

 第一に決まったのは、二日目以降のキメラ演習。

 中止にしようというのがレスミーとグリ。ジースリクトとラドルシュは、是が非でも実行したい構えだ。ベルティスは終始聞き役に徹していて発言をしていない。


「数日、遅らせるのはどうでしょう」


 ラドルシュが発言する。

 そういえば彼はいつ森から帰って来たのだろう。ネネルと鉢合わせしなかったのだろうか?


「一日、あるいは二日ほど演習を遅らせます。そのあいだに四皇帝魔獣ネネルをどうにかしてみせましょう」


「その根拠はどこから湧いてくるのですか」


「これを見れば分かりますよ」


 そう言って、ラドルシュが従者二人に命令する。

 二人がかりで持ってきたのは小さな檻だった。中にいるのはどうやら魔獣らしく、しきりに甲高い鳴き声を発して檻に鼻面をこすりつけている。体全身傷だらけだった。


「夢見状態の存在を自在に操れる、それがネネルの恐ろしさです。ただネネルは自分自身でエネルギーを作れない。そのために作り出したのがパグという魔獣です。パグはネネルが見せた夢を食べてエネルギーを作り、ネネルに分け与えることができます」


 ──パグ君が捕まってる!?


 間違いない、あのときセシリアの顔を舐めてきたパグ君だ。

 不安そうに鳴き声をあげている。


「どうやって捕まえた?」


「たまたま私の従者が見つけましてね、キメラを使って捕らえました」


「近くにネネルはいなかったのか?」


「運良く。だからこうやって捕まえることができました」


 ラドルシュはひどく満足そうに鼻をならした。

 

「さきほども言ったようにパグはネネルの分身でございます。このパグを殺せば、ネネル本体にも相当なダメージがいくことでしょう。さらにエネルギーを補給できなくなる」


「だからネネルをどうにかできる、か」


「ええ」


 ──パグ君がかわいそう……。

 ネネルって、そんなに悪い人じゃないよ。

 他の四皇帝魔獣のローレンティアさん、キスミルさん、ラミーだってお兄ちゃんに忠誠を示してる。

 人間を襲わないって約束してるし。

 

「あ、あの!! ネネルも、お兄ちゃんに忠誠を誓わせたらどうでしょうか!?」


 パグ君を助けるため。

 なによりネネルも悪い魔獣ではない。

 それを踏まえて、思い切ってセシリアは発言した。

 

「……そうだな、俺もセシリアと同意見だ。討伐しようとすればあっちが牙を剝いてくる。キスミルのときと同じように、大賢者が従えさせた方が被害が減るだろう」


 ──グリさんが味方についてくれた……。さすがグリさん。


「それはできん」


 ──う、ばっさり切られた……。


「なぜだ、ジースリクト」


「ネネルは、我がルークスの戦力を誇示する礎になってもらう。なにより皇族がネネルの完全封印ないし抹殺を望んでおられる。これに歯向いて、キメラ計画が皇宮会議で通過しないようになってしまっては困る」


 戦いは避けられない……。


「一つだけ、ラドルシュさんに言っておきたいことがある」


 そこで初めて、ベルティスが口を開いた。

 

「二時間くらい前かな、部屋で眠っていたシャロンさんが発作を起こした。原因はスキル『無限増幅炉』の酷使による疲労だ」


 二時間くらいまえは、ラドルシュがキメラと一緒に森に行っていた。

 そのときに発作を起こしたという。


「ただ発作になったのはそれだけじゃない。その直前、シャロンさんから大量に冰力が抜けていった。──あんた、キメラの演習以外でシャロンさんから冰力を奪ったよな」


「なにを根拠にそんなことを……」


「僕がそのとき彼女を介抱していた。だから全部見てたよ」


 彼が怒っている。

 パグを捕まえるため、演習以外でキメラを起動させたこと。

 シャロンが発作を起こすほどの大量の冰力を奪ったこと。

  

「無限増幅炉を彼女が完全に自分のものにするまで、ムリをさせることができない。それが僕と、研究会天の使徒が出した結論だ。……まさか演習一日目で約束が破られるとは思わなかったよ」


「しかし!! おかげでパグを捕まえられたのですよ!? 確かにシャロンにはムリをさせましたが、それもすべて承知の上で計画に参加しているのです!! なんたってシャロンはルークスに生まれた娘! 家の役に立てるのなら本望だろう!!」


「それも命と健康あってのこと。シャロンさんが「もうムリだ」と言わない限り彼女の意見を尊重しようと思っていたけど、シャロンさんの状態がこのままならストップをかけさせてもらう。二日目以降のキメラ演習を中止にしたい」


「っく! ルークスの繁栄と栄光を知らぬ若造が何を余計なことを……ッ!」


 いよいよラドルシュの気配が怪しくなってきたところで。

 再びジースリクトが声をあげた。


「少し頭を冷やしてこいラドルシュ。この計画の要はシャロンの健康と、大賢者ベルティスの協力があってのことだ。熱くなると、思わぬところで足をすくわれるぞ」


「かしこまりました……」


 歯ぎしりするほど、歯を噛み合わせるラドルシュ。

 最後にベルティスを睨むように見てから、この場を去っていく。

 檻を持った従者二人も慌てて後を追いかけた。


「よし、話をまとめましょう。キメラ演習は数日遅らせ、冰力供給者シャロンの容態で続行かどうか判断します。そのあいだネネルの封印ないし抹殺を視野に入れた、三大公爵家共同の大討伐隊を編成しましょう」


「異論はない」


 ジースリクトも否定しなかった。


「最後に、四皇帝魔獣ネネルに詳しいベルティスに聞いておきたいことがあります。ネネルは、パグが殺されたと知ったとき怒ったりしませんか?」


「いや、もう遅いな。パグがあれだけ痛めつけられてる。もうネネルのはらわたは煮えくり返ってると考えていい」







 

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