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Episode088 246階層に棲むもの(4)



 なにか悪い夢を見ていたような気がした。

 自分一人だけが、暗い場所に取り残されたような感覚がして、そのあと。

 

 べろ……っ、と。

 長い舌に舐められた?


『きゅぅるる……』


「わあ!?」


 セシリアが最初に見たのは、黒くて長い鼻だった。象よりかは短いだろうか。つぶらな瞳が愛らしいが、見たことのない大きな黒白動物だ。


「君が悪夢から助けてくれたの……?」


『きゅるる……』


「ありがとう」


 ──というか、ここどこなの?


 分かるのはどこかの洞窟ということだろうか。けれど自分がなぜここにいるのか、いまいち思い出せなかった。確か宿の近くで不思議な少年と出会った。そこからだ、そこからの記憶が一切ない。


「おはよう、エルフの少女。……確か名前は、セシリアだったか」


「あなた!」


 宿で出会った不思議な少年だ。 

 岩の上に座っている。


「キミの隣にいたのはお姉さんかい? ずいぶん怒ってたようだけど」


「……わたしを、さらったんですか?」


「質問したのはオレのほうだよ。……まぁ、こんな状態で警戒するなってほうがおかしいか。仕方ないから答えてあげると、さらったよ」


 やっぱり、さらわれたんだ。

 でもなぜ?


「じゃあ次はオレの質問に答えてよ。キミの隣にいたのはお姉さんでいいのかな。すごく強いね、彼女。キミを連れて逃げるために、大型動物用の催眠術をかけることになったよ」


「催眠術……?」


〝身ぐるみこそ剥がされていなかったが、二部隊とも眠っていた〟


 本日、エルリアは連絡が途絶えた二部隊を救出した。全員が揃いも揃って眠っており、違和感を覚えたとも言っていたのだ。

 

「もしかして今日、騎士団の部隊を襲ったのはあなたですか?」


「襲ったというのは語弊だよ。魔獣だって生き物なんだ。縄張りにいきなりさ、武器を持った人間が入って来たらどう思う? パグ君だって驚くに決まってるだろう?」


「パグ君ってこの子のことですか?」


 いま、自分の周りをおどおどと歩き回っている鼻の長い動物。

 パグっていう種類なのだろうか? それとも彼がつけた名前? どっちにせよ可愛らしい響きだ。


「そうそう。パグ君の家族が暮らしてたから、オレはパグ君の家族が傷つけられないよう、人間を追っ払おうとしたんだ。でもさ、彼ら騎士団でしょ? 戦闘になったらパグ君の縄張りが穴ぼこだらけになっちゃうから、とりあえず眠らせてあそこまで運んだんだ」


「あの身ぐるみを剥がされた人達もあなたが?」


「そう。だけどオレは夢を見せただけで、勝手に服を脱いだのは彼らだよ。服のなかに虫とかが入ってくる悪い夢でも見たんじゃないかな」


 悪い夢。

 彼は、催眠術をかけられる。


「あなたは、どの三大公爵家にも仕えていませんよね。246階層に住んでる人間がいるわけないですし……」


「いや、オレは246階層に棲んでるよ。ただし人間じゃない」


「…………ネネル?」


 にぃと、少年が笑った。


「《蒼涙の夢繰り師(ネネル)》というのはオレのことだ。ただし、オレは他の三人と違ってね、キミみたいにふっわふわもっこもこの可愛い羊パジャマを着てる見習い騎士さんでも倒せちゃうくらい非力なんだ」


「それわたしのことじゃないですか!!」


 た、確かにとっても可愛い羊さんパジャマですけど!

 丸腰見習い騎士なのも事実ですけど!


「このパジャマは、このまえ皇都に行ったときキスミルさんがチョイスしてくれたんです! バカにしないでください!」


「へえキス姉がねぇ……まぁ、それはおいといて、と。よし、キミを誘拐した理由を教えてあげよう。実は至極単純、オレの質問に答えてほしいんだ。さっさと答えてくれたら、約束通り12時間後……いやもう3時間経ったから9時間後、宿の近くに戻してあげるよ」


 何が目的なのだろう。

 遺跡の深部から封印を破り、わざわざ宿泊施設にまで近づいて自分を攫った。

 

「昨日からずっと、246階層にいる魔獣たちが騒がしいんだ。怒ってるとも言っていい。その理由に、オレは一つだけ心当たりがある。あの奇妙な獣(・・・・・・)はなに?」


 奇妙な獣。そんなの、一つしか名前が浮かばなかった。


「キメラです。魔獣を倒すためだけに生まれてきた生物兵器です」


「へえ。オレさ、人間も動物も嫌いじゃないんだ、むしろお喋りができて楽しいし好きだ。でも、アレだけはダメだ。胸糞悪い。イヤな匂いがプンプンしてやがる」


「…………」


 何も言えない。

 四皇帝魔獣を目の前にして、彼の逆鱗に触れないための最適な言葉が思いつかない。


「ちょっとオレと一緒に来てくんない? 心配しなくても時間になったら宿に戻してあげるから」


「どこに行くんですか?」


「キメラが寝てる場所だよ」







 だだっ広い丘に、黒い点がきっちり二百個存在している。

 あの黒いものすべてが、キメラだ。

 夜の静養。機械のように完全に活動を停止して、明日の演習に備えている。近付いても起きてこないのは、そういう風に設定されているからだ。

 

「屈んで」


 頭を押さえつけられ、キメラの足にすっぽり収まる様に隠れさせられる。

 

「なんですか?」


「あの宙に浮いてる妙なものだよ。たぶんだけど、あれキメラを監視してるんじゃないかな」


 理路整然と並んだキメラの隙間を、虫のような動きで浮遊する黒金属。

 航空用撮影機ドローンだ。

 しかも一機だけではない。十、いやニ十機は軽く上回るだろう。


「オレ達がアレに見つかったらヤバいだろうね」


「そうですね、見つからないようにしないと……」


 ──って、あれ。なんでわたしがこの人の指示に従ってるんですか!?


「ネネルさんは……ううんネネルは、これをわたしに見せるために連れてきたの?」


「そうだよ、っていうのは建前。本当は一人でここに来るのがイヤだったからさ。キメラを見たらどうにかなっちゃいそうだし」


「ふぅん……あ、誰か来た」


 今度はセシリアがネネルの頭を押さえつけて、身を隠す。

 どうか見つかりませんように。

 

「ラドルシュさん……?」


 間違いなく、シャロンの叔父ラドルシュだ。

 魔貴公爵家の本家で出会って、あまりいい印象を持てなかった。

 こんな夜中に、なにをしに来たんだろうか。


「向こうのキメラが動き出したな……四体……五体……、いや、十体も動いたぞ」


「キメラを動かすのは実戦演習のときだけだよ? それまでは、無駄なエネルギーを使わないようにここで眠らせておくって、説明があった」


 ──ラドルシュさんってけっこう偉い人だよね。遺伝子工学者だったかな。


 演習中はベルティスがキメラを統率していたが、それ以外はラドルシュが管理権限を持つ。あの男が持っている大きな杖、あれがキメラを管理する法具クリフォトの杖だ。


「あの男、ルークスのどの研究者よりも動物の血の匂いがするな。──オレ達も後をつけよう」


「動物の血?」


 気付かれないようにこっそり後をつけていく。

 しばらく歩いていると、何かに気付いたのかネネルが立ち止まった。


「この先って、まさか……」


「この先に何があるの?」


「…………パグ君の家だ」


 その瞬間、森からキメラの唸り声と炎、パグの甲高い鳴き声が響いた。

 全力で走り始めるネネル。

 セシリアは慌てて追いかける。今ばかりは、羊パジャマを着てきたことが悔しい。なにせいまの自分は、剣すら持たない丸腰だ。


「なんで、パグ君がラドルシュさんに狙われるの!? わざわざキメラを十体も起こして狙うようなこと!?」


「パグ君はオレの半身みたいな魔獣なんだ。《蒼涙の夢操り師(オレ)》はパグ君がいないとダメなんだ!」


「それってどういう─────ネネル避けて!!」


 ネネルが真上に跳躍。

 ちょうどそこを、可視化されるまで凝縮されたエネルギーが通り抜けた。ぶぉおおんと草原がなびくような斬撃波。こんな高火力の持ち主を、誰よりもセシリアは知っていた。


「私の妹を返してもらおう」


 エルリアだ。








パグ君のモデルはマレーシアバク。

バクは中国の伝説上、夢を食べる獣。

パグ君は夢を食べる魔獣、ネネルのパートナーとして登場。

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