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Episode085 246階層に棲むもの(1)



 三日後。

 セシリアは、ユナミルやフルーラとともに732階層にある竜卿公爵家のグリのもとへ訪れていた。明日から行われる三大公爵家合同による下階層調査の話し合いをするためだ。

 今回の下階層調査には、二つの重要な目的がある。

 ①246階層の遺跡調査。

 ②百体のキメラによる実戦演習。

 

「一年半前の魔獣狩りのときは、たった十体だけで戦闘データを採取したらしい。そのあと何回かキメラのデータを採取して、明日は本格的な実戦演習を行うそうだ」


 グリの話によれば、この実戦演習の成功が皇宮会議にキメラ計画の提案をする必須条件だそうだ。

 この演習を完璧に成功させて初めて、皇族にキメラ計画を提言する。


「この計画が必ず成功すると皇族に報告しないといけないので、三大公爵家がそれぞれ証人のかたちをとるんですね。当事者はルークス、エンベルトとリースフリートは客観的な目で演習を見守ると」


「そうだ。逆にいえば、この演習で奴らのボロを発見できれば皇宮会議で有利になる」


「ボロ、出してくれますかね……」


 正直にいえばこれが重要だ。

 完璧に成功してしまえば、キメラ計画の発動が一歩前進する。


「まあボロを出してくれなくても、最終的には皇宮会議で否決できればいいんだ。そこは深く考えなくていい。それよりも、セシリアが見つけてくれたキメラの欠陥要素だ。ラムベットに調べさせたが、なかなか面白いぞ」


 ──正確には、お兄ちゃんがコソッと教えてくれたんだけどね。


 魔獣狩りでの出来事は失敗だったと。

 あれがキメラの欠陥に間違いない。


「エルマリア夫妻が完成にこぎつけたキメラは、一つだけ大きな欠陥要素があった。理由は定かではないが、キメラが何かのきっかけで魔獣ではなく人間、あるいは冰力を持つ対象物を襲って冰力を奪ってしまうというものらしい」


 魔獣狩りのとき、エルリアはキメラに襲われて冰力を奪われた。

 本来であれば、キメラは魔獣のみを標的にしなければならない。

 

「キメラ自身が冰力を自らの生きる糧として利用していることに原因があると思われます。最初はただ、魔獣を倒すためだけに使っていた冰力を、自らの防御や回復措置、体力温存のために冰力を使いだした。そのため、冰力供給者だけでなく現地調達の手段を行使したのでしょう」


「ラムベットの言う事が事実ならば、これは大きな欠陥だ。こんな言い方は好ましくないが、生物兵器が、魔獣を倒す兵器としての目的を放棄して自らが生き残るための手段を取ったことになる」


 兵器なら兵器らしく目的を全うして消滅しろ。できないのなら無駄に生きるな。

 つまりいうと、兵器として利用価値のない個体を生きながらえさせる冰力が惜しいということだ。ただでさえ冰力供給者から送られるエネルギーには限りがある。二千体のキメラを動かすために、効率を考えるのは当然だろう。


「ところで聞きたいんだけど、246階層の遺跡調査とキメラ演習が同時なのはどうしてなんだい? この遺跡になにかあるのかい?」


 フルーラからの質問。

 確かに、246階層とは中途半端なところだ。その遺跡に何かあるのだろうか。


「考古学者の見解だが、どうやら大賢者没後に四皇帝魔獣ネネルが封印されたといわれている」


「フルーラは知らないの?」


「アタシ? ああ、あのときは愚弟子が死んでしまったショックが大きかったからねェ。なにやってたか定かじゃないんだけど、たぶん死者蘇生の冰術とか色々研究しまくってて外界との連絡を絶ってたんだよ。だから、四皇帝魔獣がそれぞれどこに封印されたのかとか知らないんだ」


 愛弟子が死んでしまった衝撃が強かったということだろう。

 

「封印のし直しってことは、やっぱり三体も四皇帝魔獣が封印を破ってることに原因があるのかい?」


「皇族は四皇帝魔獣の復活をよく思っていない。ご機嫌取りのためにも、ネネルだけは完璧に封印しておきたいところだろうな」


「そういえば、キスミルさんとローレンティアさんとラミーの扱いってどうなってるんですか? 正直、キスミルさんとラミーが皇都でクレープ食べてるとこ見ると、なんか緊張感に欠けるっていうか……」


 すでに復活した三体の四皇帝魔獣の立ち位置。

 ローレンティアだけは、天の使徒が開発した法具を身に着けることで、ベルティスの傍にいることを許されている。


「大賢者ベルティスの管理下にある魔獣、っていう立ち位置だな。皇国や人間に一切の危害を加えない事と、ベルティスに反逆意識がないことを前提条件に自由が許されている。あの男がルークスの言いなりになってるのも、これが原因だろうな」


「お兄ちゃんも……」


「ああ、四皇帝魔獣は大賢者に逆らわない忠実なシモベであると、魔獣狩りのときキスミルが宣言したらしいからな。裏を返せば、大賢者の命令ならどんなことも聞くということになってしまう。それを国家転覆に使われたらおしまいだと判断されたらしい」


 ……そうなんだ……。

 ってことはつまり、お兄ちゃんは表立ってルークスに盾突けないんだ……。

 反逆意識があるって思われちゃうから……。


「最後に確認しておきたいんだが、君達は今回の遠征について来るんだな」


「はい。わたしはお姉ちゃん伝いでレスミーさんから許可を得ました。大人しくしていることを条件に、レスミーさんの従者として付いて行きます」


「私も行くわよ。セシリアちゃんが突っ走らないようストッパー役ね」


「なるほどな。俺は止めはしない、自分の目で見た方がいいこともあるだろうしな」


 グリさんの了承も得られた。

 遺跡調査とキメラの実戦演習。

 ちゃんと自分の目で見定めておきたい。




 ◇





 遠征当日。

 場所が246階層ということもあって、きっと長時間昇降盤に乗り続けるんだろうなと思っていたが、違った。246階層へ行くための特別な転移門が用意されていて、一気に移動することができた。


 下階層に来て分かったことがある。

 セシリアはエルフだからあまり感じなかったが、ユナミルに言われて気付いた。300より下の階層は空気が重苦しい。これが魔獣による空気汚染だ。冰力の少ない者や慣れない者は、気分が悪くなるらしい。


「ユナミルちゃん、大丈夫?」


「これでも将来有望の騎士見習いよ? これくらいでへばってたら、イスペルト家の盛り立てなんて夢のまた夢だわ」


 胸を張るユナミル。

 心配はつきないけれど、彼女を信じることにした。


「私たちはレスミー様の従者として来てるわけだから、変な真似はできないわ。気を引き締めていきましょう」


 公爵家当主の従者とはいえ、セシリア達が何か特別なことをするわけではない。ただ大人しく、観察者としてキメラ演習を見ればいいのだ。


「レスミー様っていまシャワー中よね」


 246階層の拓けた土地に、当然のことながらベースキャンプが建てられている。

 キメラ演習まで時間があるから、レスミーはシャワーを浴びていた。自分達は、殿方が近付かないように見張る役目をしている。


「すごいわよね。あの若さで騎士公爵のトップ、他の猛者どもを蹴り飛ばして今の地位についたらしいわ」


「やっぱりユナミルちゃんは、レスミーさんに憧れてるんだよね。ユナミルちゃんが大きな剣を使ってるのも、やっぱりレスミーさんの影響?」


「女性なのに、っていう逆境を乗り越えてるお方よ。その象徴があのバスターソード。私もレスミー様のように、どんな男にも侮られない強く賢い女になりたいわ」


「ユナミルちゃんならなれるよ」


 ちょうどそのとき、むわんっと湯気がたなびいてくる。

 いい匂いだな……と、何となくそちらに視線を向けていると。


「見張り役ありがとう。騎士見習いのお二人さん」


 そこにいたのは、しっとりと髪を濡らした騎士公爵ご本人だった。


「ここまま部屋へいらっしゃい。少しだけ話しましょう」










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