Episode083 一年半ぶりの再会
①ベルティスと話して、なぜキメラの研究に参加しているのか理由を聞く。
②キメラ計画の参入をやめさせる。
③できれば、キメラの欠陥を探す。
③はともかくとして、①と②が主にやらなければならいことだ。
そして本日、約一年半ぶりに再会できる。
緊張し過ぎて一人で魔貴公爵家に行けなかったので、ユナミルにもついてきてもらっていた。向こうに見えるのは公爵家の本邸。門番はいないみたいだから、このまま中に入ってもいいのだろう。
お兄ちゃんはどこにいるんだろう。とりあえず誰かに聞いてみないと。
「あ……あれってシャロンさんじゃない?」
向こうにみえる噴水のまえを通る女性。扇はないがシャロンに間違いないだろう。
四人の従者を引き連れている。
お兄ちゃんと結婚した影響かな……。前まではあんなたくさん人を連れてなかったのに……。あ、でもやっぱりシャロンさんの性格は変わってない。すごいスピードで早歩きしてる……。
「シャロン様、シャロン様! ダメでございます、ラドルシュ様に怒られてしまいます!! すぐにその魔獣をお放しくださいませ」
「そうです、その黒猫は恐ろしい魔獣でございます!! ラドルシュ様からお叱りを受けたばかりではありませんか!」
「こ、この黒猫様はベル様のお傍で仕えておられるおかたですっ! そ、そこらにいる獰猛な魔獣とは訳が違います!!」
どうやら黒猫を抱っこしたまま四人から逃げているようだ。
あれはもしかして、ローレンティアではなかろうか。
助け舟を出したほうがいいと思って、セシリアはユナミルと頷き合う。ユナミルが従者四人の目の前に現れ、声をかける。そのうちにセシリアがシャロンを茂みに隠して終了。
「セシリアさん……」
「お久しぶりです、シャロンさん……とローレンティアさん」
『セシリアもお変わりなく。いえ、この場合は成長なされたと評したほうがいいですね』
「セシリアさんは、どうしてここに……?」
黒猫を抱きしめながらシャロン。
こちらの直感であるが、まえ会ったときより痩せたように見える。全体的に病弱さが増したのだ。大好きな人と結婚できたというのに、これはどういうことだろう。
──キメラ計画のせいかな……。
無限増幅炉と呼ばれる稀少スキルを使って、たくさんのキメラを動かす計画。
きっと多大な負担がシャロンに降りかかっているに違いない。
想像しただけで、いたたまれなさに襲われる。
「単刀直入にお伺いします。シャロンさんはなぜ、キメラを使った計画に参加しているんですか? 正直、体への負担がとてもかかると思うんです。たとえ無限増幅炉なんていうスキルがあったとしても、たくさんのキメラを動かすのに負担にならないわけないですよね」
「セシリアさんにも伝わってしまってるんですね」
「答えてくれますか?」
「そうですね……強いて言うのなら、家のためですね。私は昔から引きこもりで、魔貴公爵の娘としての責務を放棄し続けていましたから。誰にも必要とされてない穀潰しの無能娘……そんな私が、偶然身に着けたスキルでお家の役に立てるのなら、これ以上にない幸せなんです」
「家の役に立つ……」
ユナミルなら、この気持ちが分かるのだろうか。
父親に母子ともに捨てられ、騎士公爵の家名を名乗れなくなった彼女なら。
「私は分かりますわ。家に必要とされていないというのは、正直、死にたくなるくらい嫌なものですから」
「ええ、そうです。だから、私はルークスの役に立ちたいと思っております。それに……このスキルのおかげでベル様と添い遂げられたようなものですから」
「お兄ちゃんは、……このキメラの計画にシャロンさんが関わっていること、知ってるんですか」
シャロンは、ゆっくりと頷いた。
「知っております。それどころか、あの魔獣狩りのときに私が倒れた原因も、キメラに冰力を送り続けた反動ということもご存知です」
「なんでお兄ちゃんは──」
セシリアの背後に、誰かが立った。
その人物を知っているであろうシャロンの顔が、徐々に青ざめていく。
「ラドルシュ叔父様……」
そこにいたのは中年を過ぎた男であった。
かすかだが、全身から獣のような血の匂い。彼も天の使徒の研究者だろうか。
「一人で出歩いたらダメじゃないか。君は体が弱いんだから、出歩くときは従者をつけていなさいといつも言ってるだろう? それに……」
ラドルシュの視線が黒猫にうつると、その目が蔑みにかわる。
「いくら首輪をつけているとはいえ、その黒猫は魔獣だ。シャロンにもしものことがあれば、みなが悲しむ。ベルティス君に心配をかけたくないだろう?」
「申し訳、ありません……。でも、ローレンティア様は私にも優しく接してくださる方で、決して、ほかの魔獣のように野蛮な存在では……」
「魔獣なんてどいつもこいつも野蛮なんだッ! 君は魔獣がどれほど恐ろしい存在なのか分かっていないッ!」
豹変した。
怒らせると人が変わるタイプの人間だろうか。
シャロンがとても怖がっている。
「さあ、これから検査の時間だ。そんな猫さっさと捨てて、はやく来たまえ」
「分かっております。でも、もう少しだけセシリアさん達と話してから行かせてください。け、検査の時間までには戻りますので」
「皇宮会議まで時間がないんだ。一刻も早く計画の確度を上げねばならない、だから君も協力したまえ。家のために」
「お言葉ですが、シャロンさんなくしてキメラの計画は成功しないと思われます。なによりシャロンさんを大切にすべきです」
──言っちゃった……。でも、今さらあとには引けないよね。
「確か君は……ああ、思い出した。ベルティス君が育てている奴隷だったかね」
……奴隷と呼ばれたのは、いったい何年ぶりだろう。
セシリア自身、自分がベルティスに買われた奴隷だということを忘れていた。毎日寝食をともにし、家族と同じように優しく接してくれたからだろう。
だから、今の言葉には非常に腹が立った。
「わたしは奴隷ではありません。お兄ちゃん……大賢者ベルティスの娘です。いまは騎士になるため、エンベルトの養成所に通っています」
「奴隷であることにかわらんだろう。……知っているか、一度奴隷に落とされた人間、まぁおまえはエルフだな、どっちでもいいが、一度落とされればもう這い上がることはできないのだよ。エンベルトはいま、優秀な人材を集めるため……奴隷でも騎士にしようっていうのか」
「その発言、騎士公爵家当主・レスミー様への侮辱ととられてもおかしくありませんわね」
「おまえは……」
「ユナミルです。私はエンベルトを支持しております。ですから、当主への侮辱発言は聞き逃せませんわ」
「自分の家名さえ名乗れぬ臆病者が何を勝手な……。いや、もういい。おまえたちと話している暇はない。シャロン、来なさい」
強引にシャロンを連れていくラドルシュに、怒りが湧き起こる。さらに文句を言ってやろうとセシリアが足を踏み出すと、黒猫の肉球がそれを阻んだ。
『ここは引き下がりなさい』
ぷにぷに、つんつん。
肉球で優しく頬をつつかれる。
『セシリアはマスターに用事があって来たのでしょう? ここで事を荒立ててはいけませんよ』
「分かりました……」
『よろしい。わたくしがマスターのところへご案内いたします。ついてきてください』
◇
『マスター、お客様を連れてきました。入ってもよろしいでしょうか』
「ああ」
ローレンティアに促されるまま中に入ったセシリアだが、一年半ぶりの再会ということもあって緊張していた。
マヌケな顔してないかな? 一人前のレディになれたかな? 一年半ぶりだから、できれば大きくなったねとか、綺麗になったねとか褒めれくれないかな? あぁどうしよう、緊張するなぁ。
「お兄ちゃん」
「セシ……リア……?」
そこにいるのは、セシリアが大好きな青年。
一年半経っても変わらない、自分を奴隷市場で買い、今まで育ててくれたお兄ちゃん。
「驚いた。お客さんだと聞いたものだから、てっきり僕は研究関係の人かと」
「会いたかったよ……お兄ちゃんっ!!」
腕のなかに飛び込む。勢い余って押し倒しちゃったけど、嬉しいのだから仕方ない。
お兄ちゃんの腕の中、あったかいなあ……。
安心する。
「髪、伸びたな。ちょっとエルリアに似てきたんじゃないか?」
「えへへ、やっぱりそう思います? お姉ちゃんに似てきました?」
「ああ。あと身長も……昔はもっと小さくて軽かったんだけど」
「わたしだって大きくなりますよ!」
「そうか……」
満面の笑顔を浮かべるセシリアに、ベルティスはそっと微笑みかける。
静かにセシリアを自分の体から離し、立ち上がった。
「ユナミルもおいで。この部屋にはもてなす物もないけど、お茶菓子くらい出してあげよう。
──そのあと、君達がここを訪ねてきた理由でも聞こうか」




