Episode080 キス姉とラミーとリアとユナ
お兄ちゃんにこっそり会うには、まずフルーラに会ってお兄ちゃんがどうしているか聞いてみよう。そういう話になって、セシリアとユナミルはまず養成所に休暇&外出届を寮監に出した。長期休暇以外では外出は認められていないものの、正当な理由さえあれが融通が利く。自分達が成績優秀者ということもあって、寮監に睨まれることなく許可がおりた。お兄ちゃんに会えるのがいつになるか分からないので、とりあえず二日だけ休みをもらった。
……できれば今日中に会いたいんだけどね。
そして、702階層の屋敷へ到着。
久しぶりのお家は懐かしくて、テンションがあがってしまう。一年半前までここで暮らしていたことを思い出すと、自然と笑顔になってしまう。……というより、にんまりとした笑顔かもしれない。おかげでセシリアはユナミルに頬を引っ張られていた。
「お兄様との思い出に浸るのもいいけれど、ちょっとレディとして気品が足りないわよ。騎士団の養成所の教訓、気高さを忘れるべからずってあるでしょ? 女だからって舐められないようにするには、気品が大事なの。いつまでも子どもじゃダメよ」
「は、はい……ごめんなさい」
さすが貴族。家名こそ名乗れないけれど、さすが騎士公爵の娘だ。彼女はとても大人っぽい。淑女としての嗜みを心がけていて、いつもデレデレしている自分とは大違い……。
負けてる……。これじゃあお兄ちゃんに成長したよって言えない……。
「うん、いい感じ」
そのまま、フルーラの部屋へ向かう。
その途中、ちょうど廊下の角を曲がったところで、目の前にあった誰かのお腹とぶつかりそうになった。
身長の高い男性にしては綺麗なお腹。白くてすべすべ。じゃあ女性? え? 目線の高さにお腹があるっていったいどれだけ高身長な女性なんだろう。
「なんじゃ貴様ら、おったのか」
宙にふわふわと浮く女性。
一年半前、エルリアに大怪我を負わせた四皇帝魔獣だった。
「「で、出たぁあああああ!!??」」
「大声を出すでない。あと剣を抜くんじゃないぞ貴様ら。……おい聞いておるのか」
「ど、どどどどうしようユナミルちゃん、こ、このひとお姉ちゃんを縛り上げて愉しんでた人だよ!?」
「だ、大丈夫よ。私もいるし、いざとなったらお兄様に言いつけてやりましょう! きっとまた、お兄様がきつ~いお仕置きをしてくれるはずよ」
「また体の中に手を入れるの!?」
「少しは妾の話を聞かんか阿呆!!」
怒られちゃった……。
「妾はもう何もしない。人も殺さぬ。……そういう契約をあやつと交わした」
「本当?」
本当かな? また誰かをいたぶって愉しむんじゃないかな?
……疑いの目。
「疑っておるの。まぁ疑うのも無理はないが、契約は本当じゃ。ふかーい理由があるのじゃ、決して妾があの男に屈したわけではなく、慈悲的な和平的交渉の結果妾があやつの下僕になってやったという話じゃよ決して、決して妾があやつに屈したわけではない」
「きつめの躾を受けてついにキス姉が折れた。二人は養成所に行ってたから知らないだろうけど」
「「ラミー!!」」
ひょっこり現れたのはラミアナだ。
念押しでベルティスに屈したわけではないと言い張っていたキスミルが、ラミアナの頬をむにーと摘まむ。
「ウソを言うんじゃないぞ狼っこ。この妾がたかだか人間ごとき存在に屈しはせん」
「にしゅーかんくらいだったよね。ますたーのちょーきょう。けっこーなスピード服従だった、キス姉ならもっと長いかなと思ってたのに意外」
「でまかせを言う口はこの口かっ。ほれこうしてやる、むにむにー!」
「いひゃいいひゃい……」
二人は仲良しなのだろうか? キスミルはラミアナの頬をむにむにしているけれど、悪意というものは感じない。ラミアナもされてイヤという感じではない……。
つまるところ、キスミルはもう……。
「よかったー。キスミルさん、もう人間に酷いことしないんですねっ!」
「ああ。妾は殺戮をやめるかわりに、あの男から相応の快楽を得る。この世界のありとあらゆるものを眺め、知り、体験するという快楽じゃ。昔みたいにぽっくり死なれたら満足できん」
千年前、若くして亡くなった大賢者。
彼女も、彼女なりにそのことを悲しんでいたのだろう。大賢者が死ねば、再び四皇帝魔獣はひとりぼっちになってしまう。キスミルはそれに悲しんで大量殺戮を行い、のちの皇国に敵とみなされ封印された。
悲しいひとだ。
ラミアナと一緒。ラミアナも、千年間放置されたということで、初めは心を開いてくれなかった。
──仲良くなれる気がする……。
「ところで、何しに屋敷に来たのか聞いてもいいかしら? ここにお兄様はいらっしゃらないわよ」
「雌猫一匹が主の傍にいるのなら、妾まで主の傍にいる必要はない。話くらいなら念話か法具で事足りる。……それに、妾は魔貴公爵家の本家のなかに入れないんじゃよ」
入れない……?
「なんじゃ、何も知らされてないのか」
「それって、もしかして魔獣狩りのときのせい?」
答えたのはユナミル。
キスミルは忌々しそうにうなずいた。
「一年半前、主は自分の正体をすべて明らかにし、大賢者として四皇帝魔獣すべてを管理するとルークスの長に伝えた」
キスミルを差し向けたテロ首謀者としての嫌疑が、ベルティスにかけられていたのは事実だ。
それを払拭したのはキスミルだ。自らの敗北の証として胸に空いた傷を見せつけ、四皇帝魔獣が大賢者に逆らえないということを知らしめた。一躍ベルティスは、テロ首謀者から英雄大賢者へとイメージを塗り替えた。結婚反対派を黙殺し、シャロンとの結婚がスムーズに進んだのもこれのおかげだと言われている。
しかし、キスミルが魔獣狩り参加者に行った残虐行為は航空撮影機にしっかり記録されている。その被害者代表がセシリアの姉、騎士公爵の代表として参加したエルリアであり、他にも被害者がいたそうだ。
「大賢者の偉業は絶大であり、四皇帝魔獣の偏見は壮絶じゃ。いくら大賢者が四皇帝魔獣を管理すると言っても、あの魔獣狩りの惨状を見れば納得しない人間も多い。そのため、主は複雑極まりない冰術を妾に仕込んだ」
「でもローレンティアさんはお兄ちゃんと一緒に魔貴公爵家の本家にいるよ?」
「猫はルークスから信頼を得るために首輪をつけて主の傍におる。魔獣の力を解放しようものなら、激痛が走るというものじゃ。これについては、天の使徒が開発した法具だと聞いておる」
──そう、なんだ……。
仕方ないとはいえ、少し悲しい。
「ま、これくらい別によい。魔獣とは人類にとって仇敵。妾もその認識を改めよとは思わぬ、ムリじゃからな。それよりも、妾の用事はここにいる狼っこと年増女じゃよ」
「ラミーと……年増女?」
「フルーラのこと。キス姉、フルーラに用事?」
「うむ」
──いまさらだけど、キスミルさんって宙に浮いたまま移動するんだ。フルーラと同じだけど、露出過多だし目のやり場に困っちゃうなぁ。あんな風に宙で寝そべられると、インパクト大な胸が強調されるかたちになるし。
「光栄なる妾の付添人に任命してやろうと思ってな」
「どこか行くの?」
「ああ、いま皇都で流行ってる劇を観に行こうと思ってな。そのあと美術館に行って、最後に食事じゃ。妾一人だけで行くのはもったいないと思ってな、じゃから付添人を頼もうということじゃよ」
「「付添人……?」」
首を傾げるセシリアとユナミル。
「リアとユナに通訳したげる。キス姉は一人で行くのが寂しいからみんなで行こうって言ってる。だから、わたしと一緒に皇都に行こう?」
「妾は寂しいなどという単語は一言も言っておらん」
「キス姉はひとりぼっちだと迷子になって泣いちゃうから」
「ヘンなことを言うんじゃない! 迷子にならないし泣きもしないぞっ!」
「そのあとますたーとわたしと、みんなで手を繋ぐ。みんな一緒って感じがして好きだった。ね、キス姉」
「妾はそんなこと望んでおらぬぞ。貴様とあの男が勝手に手を繋いできただけじゃ、妾は仕方なく手を繋いであげたのじゃぞ」
みんなで行きたいって素直に言えない人なのだろう。
見栄っ張りなんだ。
だから、封印を破ってすぐお兄ちゃんのところに行ったんだ……。
──かわいい女性だなぁ……。
「おお、みんな集まってるねェ。やあ、セシリアにユナミル。久しぶり」
この騒がしさに気付いたのか、フルーラのご登場。
フルーラはセシリア、ユナミルの顔を順番に見たあと、キスミルの存在に気付いて顔をしかめた。
「うげ、なんでアンタがここにいるんだい」
「フンッ、いて悪いか年増女」
あれ……こっちはそんなに仲がよくないのかな。でも、喧嘩するほど仲がいいと言うし。
「キス姉が一緒に劇を観に行こうって言ってる。フルーラも一緒に行こ?」
「アタシもかい? うーん……愚弟子からキスミルとラミアナの手綱をしっかり握っとくように言われてるからねェ……いまは何もすることないし」
「みんなで行っちゃっていいんじゃないの? 私たちもちょうどフルーラに相談したいことがあるし、せっかくだからみんなで皇都に行きましょうよ」
「うんうん」
「仕方ないねェ。みんな、迷子になるんじゃないよ」