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Episode077 大賢者ベルティス



 ローレンティアから連絡を受け、すぐにシャロンの回収に向かうと、そこには魔貴公爵家の当主と《天の使徒》研究会の面子が揃っていた。彼らが囲っているのは、担架で運ばれているシャロン。自分達がここに来るよりも早く彼らが到着して、手当てを行ったのだろう。


 シャロンの衰弱具合はかなり激しいようにみえる。エルリアと同じく、かなりの冰力が奪われていた。魔眼で詳細に確認にしたところ、全体量の十分の一にまで減少している。一度に大量の冰力を奪われることは命にもかかわる。冰術を使えるわけでもないシャロンがなぜあそこまで疲弊してしまっているのだろうか。


 ──待て、なんだあのスキルは……。


 スキル『魔眼』の発動。

 シャロンのスキル項目には、三つのスキルがある。

 一番上に、相手の感情を読み取れる『花心象』。

 二番目に、冰力のかたちが視える『花心眼』。

 最後に『無限増幅炉』なるスキル。自分の器を越えて冰力を蓄え続ける珍しいスキルで、溜め続けると、体の一部が水晶になって動かなくなる『石化』といった難病を引き起こす。


『マスター……』


 やってくる黒猫。ベルティスは黒猫を抱きあげ、背中を撫でながら場の説明を求めた。


「シャロンは何かに襲われたのか?」


『いえ、シャロン様は何の前触れもなく苦しみ始め、倒れられました。近くにいたのは、わたくしと地竜、シャロン様が射止められた白鹿三頭の死体が荷馬車にあっただけで、魔獣などは近づけさせていません』


 何かに襲われたわけではない。

 エルリアは、混合生物キメラに冰力を持っていかれたと言っていた。シャロンは違うのか……?


『不可解な点が二つ。ドローンなどと呼ばれる機械が、やけに多く集まってきたことです。シャロン様がたいへん怯えられているようにも見えました』


「ドローンが集まってきた……?」


『ええ。そして二つ目、シャロン様が苦しみ始めたとき、背中に発熱現象が見受けられました。何かの痣のようなもの浮かびあがって……』


 シャロンの背中に、痣。

 怪我や火傷でなければ、それは何かの術式に違いない。

 シャロンは背中に何らかの冰術を施されていた……?


「しまったな、初めて会った時に魔眼でちゃんと見ておくんだった。最近は平和ボケで魔眼で確認する習慣がなくなりつつある……」


 自分の迂闊さに少しばかり後悔していると──

 シャロンの搬送を別部隊に任せた《天の使徒》の男達が、おのおの安心しきったように魔獣の話をし始めた。北へ向かっていた魔獣たちがいつのまにか大人しくなっていること、ここへ来る途中でみた白狼の群れ、そして航空撮影機ドローンで見たキスミルのこと。


 キスミルが四皇帝魔獣であることはもう知られている。数人だが、四皇帝魔獣の封印を解いたのはベルティスという男だと主張する男もいた。あの狂人、エルマリア夫妻の息子。それだけで判断材料に足るらしく、彼らの中でベルティス=この事件の首謀者という話が固まりつつあった。


 確かに、ベルティスはキスミルと対峙してしばらく会話していた。そのあとドローンが壊されて映像が見れなくなったとしても、四皇帝魔獣と何らかの接点があるのは容易に推測できる。


 ──悪く思われてるものだな。ウチの両親。


 さらに話を聞いていくと、キメラと呼ばれる生き物の話題に移り変わっていた。


「でも、ああも簡単にキメラを破壊されると思わなかったな」「ああ、まだまだ改良する余地がある」「そういえば、キメラの開発を提言したのって確か……」「あの天才夫妻だよな」「提唱したのはイザベラさん、プロトタイプを完成させたのは夫のエール博士だよ」「キメラ開発者の息子が、なんで四皇帝魔獣なんて招き寄せる? 俺は、彼がこの事件の犯人じゃないと思うよ」


 イザベラ・エルマリア。

 エール・レオルト・エルマリア。

 それぞれベルティスの両親の名前である。

 

 ──あの二人、キメラなんて作ってたのか。いつも忙しい忙しいなんて言ってロクに過ごした思い出ないけど……。


 ちょうどそのとき、ジースリクトがこちらに視線を寄越してきた。こっちに来いということだ。天の使徒も一斉にこちらを見る。


「問おう。あの魔獣は、おまえの差し金か?」


 シラをきるか? しかしキスミルとの対面構図を見られてしまっている。今さら何を言っても疑念は深まるばかり。むしろ逆効果になり、公爵当主を始めとした歴戦の冰力使い達が一斉攻撃を仕掛けてくる可能性も否めない。


 ──皇国を敵に回すのは面倒だしイヤだな。


 正直な感想だ。せっかく今まで自由な暮らしぶりを謳歌してきたのに、ここでぶち壊しになるのは嫌だ。騎士公爵のレスミーと竜卿公爵のグリとの仲も、つかず離れずといった感じで居心地が良かった。


 ──四皇帝魔獣は僕の支配下にあるから安心して……と言いたいところだけど。


 ローレンティアはともかくとして、フルーラに預けているキスミルがその状態に当てはまらない。


 ──まずいな。これじゃあ、壁面調査の一件も疑いの色が強くなる。グリさんを敵に回すことになるぞ。


 せっかく竜卿公爵家にウソをついてまでラミアナの存在を誤魔化したのに。

 すべて水の泡だ。



「──妾は、この男の下僕じゃ」



 目の前にいたのは、なぜかキスミルだった。

 ただし彼女は満身創痍。ぽっかり空いた胸の穴を見た天の使徒の男達が、ぎょっと目を剝いている。相変わらず何を考えているのか分からないのはジースリクト。キスミルは臆することなく不敵な笑いで話を続ける。


「もう一度言う。この四皇帝魔獣の一人、キスミルはこの男の下僕じゃ。妾はこの男以外のどんな輩の命令も聞かぬ、耳も貸さぬ。そして妾だけではない、ローレンティア、ラミアナに至ってもこの男以外の命令を聞くことはないじゃろう」


「そ、その男はこの皇国に災厄をもたらす元凶だ!! ほら、やっぱりエルマリア家なんて、誇り高き魔貴公爵ルークスに入れるべきじゃないんだ!!」


「貴様、誰に向かってものを言っておる」


 叫んだ男に、キスミルがドスのきいた声音を向ける。


「この男がみなに教えないというのなら、妾が代弁してやろう。千年前、妾たち四皇帝魔獣と死闘を繰り広げ、この世界の危機を救った英雄のなかの英雄。賢者を率いて数々の魔獣をうち滅ぼした《大 賢 者(サクスヴェーダ)》、その魂を受け継ぐ方であるぞ!」


 ざわついた大衆をまえにして、キスミルは自分の受けた傷を見せる。

 ベルティスに敗北し、躾を受けた胸の風穴を。


「これは、妾がこの大賢者に負けて受けた戒めの傷。これで、妾がこの男に逆らうことはできない。──貴様らにもう一度言うぞ、妾たち四皇帝魔獣は、この男の命令には絶対に逆らわない!」

 

 キスミルの体にある風穴と、四皇帝魔獣本人による大々的宣言。

 これが意外にも効果があったようで。


「大賢者様だ……」「そうだ、大賢者だぞ」「彼がやはりそうなのか」「四皇帝魔獣を従えているんだ、大賢者様に違いない」「大賢者様が再びこの世に舞い戻り、魔獣から我々をお救いくださったのか」「冰力使いの頂点にいるお方」


 始めに跪いたのは、ベルティスを悪く言っていなかった冰力使い達だった。つづいて、彼らの行動をみた《天の使徒》の男達が頭を垂れ始める。


「ほうほう、愉快愉快」


 満足そうに笑うキスミルが、言葉とは裏腹によろよろと戻ってくる。

 タイミングを見計らったように倒れて込んできた。

 思わずベルティスがキャッチする。


「のぅ主よ、ちと下僕を苛めすぎじゃないかの。妾ほどの存在をいたぶって愉しみたい気持ちは分からんでもないが、体に力が入らんわ」


「あれでも優しくしたつもりだよ」


 言えば、キスミルが上目遣いになる。自己主張の激しい片胸を押し付け、力なく嗤った。


「妾はまだ貴様に服従したわけではない。忘れるなよ、この借りはあとでたっぷり貰う」


「ああ、待ってるよ。人殺しさえしなければ大歓迎だ」


 消えていくキスミル。

 体力が戻るまでどこかで休むつもりだろう、そのうち顔を見せにくるかもしれない。彼女とはまだ何も契約を結んでいないが、おそらく大丈夫だ。人を殺したりもしないだろう。


「ジースリクト様、ここで僕の縁談の結論を話してもよろしいでしょうか」


 前へ進み出る。

 ジースリクトはまっすぐ見つめ返してきた。


「僕とシャロンさんとの結婚の話。

 是非とも、お受けしたいと思っております」


「ああ。歓迎しよう、大賢者ベルティスよ。シャロンもきっと喜ぶ」






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