Episode072 魔獣狩り(3)
様々な人間が、この縁談について展望を巡らせている。騎士公爵家が縁談反対なのは予想していたことだが、竜卿公爵家が縁談に賛成してくるのはどういう了見だろう。
さらには、セシリアを騎士団の養成所に入れるというエルリアの発言。これは縁談がどう転ぼうとセシリアの決定次第でことが進む。そして彼女は、養成所に入る決断をするに違いない。強くなるために今まで頑張ってきたのだ。ベルティスも、彼女を最強にするために手間暇をかけてきた。騎士団の養成所なら、新しい刺激を受けることができるだろう。
セシリアのはにかんだ笑顔が浮かぶ。彼女が数年とはいえ、自分のもとから離れてしまうと考えると、少しだけ不安に駆られた。
こんなことをフルーラにでも言ようものなら「人でなしの愚弟子にも情が湧いた!」と大騒ぎするだろうか。するだろう、彼女なら。
「これはいま考えても仕方ないな」
思考を切り替えよう。
とりあえずテントに戻って、シャロンと《狩り》の話をするのだ。
「──ベル様、どうされたんですか? なんだかお疲れのご様子ですが」
テントに入ってすぐ、慌てた様子でシャロンが走ってきた。相変わらず扇で顔を隠しているが、自分にだけは扇の位置が口もとにまで下がっている。扇で顔を隠す面積が信頼度を表していることに気付いたのが、つい数日前だ。
心配そうに見上げられたので、大丈夫だと伝える。服の袖口を掴まれ……そのままソファに座らされた。
「きょ、今日は、あの……私がベル様を癒しますっ」
「癒す……?」
「はい、ベル様が私に与えてくださる安心感に、感謝の気持ちを込めて…………えと、手っ、を、握ってもよろしいで、でしょうかっ?」
すでにシャロンの顔は赤く色づいている。
自分からやるのは淑女としてどうなのかというのが、彼女の格言らしく、かなりおどおどしている。見ていて面白かったので「自分からキスしといて手を握ることに許可を求めるのか?」と聞いてみると、ぼふんっと茹でダコのような顔になった。
「は、恥ずかしいので言わないでくださいっ!! あれっ、わわわわ私の始めてなんですよっ! 恥ずかしすぎて、顔から火が出るかと思いましたっ!」
箱入り娘ならぬ引きこもり娘、恋愛経験の乏しさは口出し厳禁らしい。
「はぅ…………ベル様はいじわるな男のひとです」
「そうかな」
思わず笑ってしまう。
そのあと、シャロンと他愛もない話をした。手を繋ぐ必要性は感じなかったが、嫌な気分にならなかったのでそのままにした。
どうやらシャロンは、これが心のケアになると思っているらしい。話をすることで精神を安定させる。懸命に癒してくれようとしている。
少しだけ……心が安らいだ。
「それで、今日の《狩り》のことだけど」
「はい、ご説明しますね」
本日の《魔獣狩り》に参加するのは九組で、そのうち六組がエルリアを含めた一般参加者、三組が魔貴公爵家の参加者となる。魔獣狩りの主催者側であるルークスの参加者は、一般来賓客と狩りにまつわるルールが異なる仕様になっている。
例えば、制限時間。
「一般客よりニ十分遅くスタート。実質の制限時間は四十分か」
「はい。私とベル様は、まず北東の……このスタート位置まで、地竜に荷馬車をひかせて移動します。上空を浮遊する《航空用映写機》から響く合図でスタート。白狼を一匹、あるいは白鹿を三匹仕留め、荷馬車に積んでこの本部テントまで戻ってこられれば終了です」
今回の狩りにおいて、各組の頭上にはドローンが追尾する。
このドローンは参加者の行動を本部テントに中継するとともに、不正を防ぐための足掛かりとなる。また、貴族の観客に臨場感たっぷりの戦闘ショーを見せられる仕組みだ。
「シャロンさんは《狩人》で、僕は《サポーター》っていう役割になるよね。何ができるの?」
「魔貴公爵家に付くサポーターの役割は、認知、助言、介助の三種類のみ執行が可能です。認知はいわゆる、冰術を使って狩人に獲物を知らせる。助言は説明する必要もありませんね。介助は、白狼と白狼以外の危険魔獣に遭遇したときのみ、その場の緊急脱出の意味も込めて行使が許されます」
魔獣狩りという行事は、ものすごく難易度が高い。
広大な大森林地帯の東西南北それぞれに、狩りの参加者が適当に割り振られる。中央に進みながら目標の魔獣のみを仕留め、それをゴールまで運ばなければならない。
「この森、もちろんターゲット以外の魔獣もたくさんいるだろうな」
「そうですね。今回の狩りで大事なのは、まず目標を見つけることから。高位の索敵スキルがあったとしても、この魔獣の群生地帯では、特定の一種のみを発見するのは困難。……幸運値の高さにはあまり自信がないのですが、ベル様は……?」
「普通かな。さっき言ってた索敵だけど、白鹿は反応が弱くて見つけるのが大変そうだけど、白狼なら探知スキルで見つけられるよ」
「ダメですよ、白狼は! この森の白狼……ホワイトウルフは二十匹から三十数匹程度で群れるんです。遭遇したら狩りどころか、狩られる側になりますよ!」
「大丈夫だよ、そのときは僕が…………、あぁダメなんだっけ」
「はい。サポーターが危険魔獣に迎撃態勢をとったと、お空をふわふわ飛んでるドローンちゃんが判断した場合《戦線離脱》として扱われ、その時点で狩った魔獣が参考記録として審議にかけられます」
サポーターは万が一に備えておけ、それ以外は狩人を補助役に徹しろということだ。
「絶対にゴールしたいです。他の誰でもなく、ベル様と一緒に」
……ゴールできれば、シャロンは正式にルークスの一員として認められる。あとは縁談の返事を待つことのみ。あとの心配といえば縁談に反対している麗しの師匠が、あれから一切顔を見せていないことだ。
──邪魔するとすれば今日になるか……?




