Episode071 魔獣狩り(2)
フィネアネス皇国、510階層にて──
大森林地帯の拓けた場所では、大小さまざまなテントが張り巡らされている。魔貴公爵家の伝統行事に招待された、来賓客専用の休憩テント、運営テント、救護テントなどなど。
とりわけ目立つのは、中央にそびえたつ大型テントだろうか。
「《天の使徒》を始めとする研究会、皇国を代表する商会の代表、あそこにいるのは皇宮親衛隊の一人か……そうそうたるメンバーだな」
狩りが始まるまでの立食会だ。中央にいるのは魔貴公爵の当主たるジースリクト、その周りを囲んでいるのが豪華メンバーだ。残念ながら、あのなかに飛び込んでジースリクトに挨拶しようとは思えない。めんどうだ。
諦めて体の向きを変えたちょうどそのとき、銀髪エルフの女性がテントに入って来たのが見えた。
エルリアだ。
「なんで君がここに? 騎士公爵家は関わり無用じゃなかったのか?」
「これは別件だよ。ルークスが家中の士気を高めるため、狩りは一般公開&条件次第で他家も参加可能になっている。リースフリートにもエンベルトにも招待状が来るんだ。……聞かれるまえに言っておくが、レスミー様は公務中だ。代わりに私が狩りに参加するぞ」
「レスミーさんはなにを考えてんだか……」
「おまえがどんな判断を下すのか見守りに来た。今回、騎士公爵家はおまえの縁談に口出しはできないが、一応言っておく。私の考えはレスミー様と同じく縁談に反対だ」
「ルークスの研究会に所属するからかい?」
「ぶっちゃけるとそうだな。騎士公爵でいう冰術関係の研究はロザーギミック家頼りだ。エブゼーンのバカがルチエールの女王なんて運んでくれるから、おかげでロザーギミック家と騎士公爵の信用は急降下中と言っていい。そこで、特別顧問士官として騎士団に抱え込ませていたおまえがいなくなれば、それこそ三大公爵のなかで最弱に落ちる」
「そんなにひどいのか」
「だから言ったろう、レスミー様は少しの時間も無駄にできない。各地を駆けずり回って信用を取り戻すしかないんだ。騎士団も、優秀な人材を集めるのに必死だぞ」
エルリアは、テントから離れるよう促してきた。
「まだおまえには言ってなかったな、私は、正式に騎士公爵が誇る《聖ヴィルアーム騎士団》に入団した」
そういえば騎士団の正装だ。《冰魔の剣姫》と呼ばれるだけあって、スタイルの良い彼女は似合っている。
「それは……おめでとう」
「ありがとう。──それで、これもまだ言っていないが、セシリアを騎士団の養成所に入学させようと思っている」
「な…………っ」
このタイミングで? 自分が魔貴公爵家の軍配に下るか下らないかの真っ最中で、セシリアを騎士団の養成所に入れる?
戸惑いの表情を浮かべるベルティスに、エルリアの声音に一層の厳しさが加わる。冗談の感じられない、剣呑の響きを持った声だった。
「確かにセシリアの親権はおまえのものだ、エルマリア。だが忘れるな、あの子の唯一無二の血縁者はこの私だ。理解者でありたい、傍にいたいのが私の本音。あの子が剣の道を極めたいと言うのなら、喜んで手を貸したい。だから、あとでセシリアに聞いてみるつもりだ」
「……セシリアは」
「決定権はセシリアにある。縁談の決定権がおまえにあるように、騎士団の養成所に入るかどうかもセシリアの自由だ」
騎士団が優秀な人材を欲していることは、さきほどエルリアが言っていた。確かにセシリアの実力であれば、めきめきと頭角を伸ばすに違いない。養成所は2年間の寮生活による教育機関だが、実力次第で簡単に飛び級できる。卒業すればそのまま騎士団の入団試験を受けられたはずだ。
──と。
「あら、誰かと思えば騎士公爵家の剣姫様ではありませんか」
見慣れない女性だった。
誰だろう……。
剣姫当人は知っている雰囲気だが。
「ラムベットか。なぜ竜卿公爵家の秘書官がここにいる、公爵当主様はどうしたんだ?」
「私もあなたと同じ公爵様の代理ですよ」
グリの秘書官だったようだ。彼女もエルリアと同じく、当主の代理でこの狩りに参加しているらしい。
「ベルティス様、お話があります。私のテントまで来てくださいませんか?」
「僕?」
エルリアに用事ではなかったのか。
「まず正直に伺いましょう、あなたは絶滅したといわれる《賢者》ですか?」
──率直に来たな。開口一番でこっちの懐に潜り込んできた……。
ラムベットという女性がグリの秘書官だとすると、当然、ベルティスが金の腕輪を破壊したことも知っているだろう。あの腕輪はただの腕輪ではなく、所有者の冰力量と冰術レベルを測る法具だった。常時、他人に気取られないよう冰力を抑えていたベルティスだが、ラミアナの暴走を鎮めるために大きめの冰術を撃ち込んだところ、いともあっさり壊れてしまったのだ。
「そうだよ」
「やっぱり、あなたが……!」
……あれ?
てっきり、もっと剣呑な雰囲気で迫ったこられるものだと思っていた。拍子抜けの思いだ。
「おっと、私としたことが私情を挟んでしまいました。それでは、あなたが賢者という前提のうえでお話を進めさせていただきます。──まず、壁面調査の際に702階層で発見された二名の人間……その一人はあなたですね」
「……。嘘を吐いていたことは謝ります」
「いえ、謝罪を聞きたいわけではありませんから。グリ様の考えを聞いたあと、あなたのことを見直しました。私は、今でもあなたが昇降路に何らかの魔獣を忍び込ませ、何かよからぬことを企んでいるのではと思っています」
「僕に言うなんて正直ですね。僕が悪い男なら、口封じされてるかもしれませんよ」
「ええ、ですから試させていただきます。もし私が殺されれば、グリ様はベルティス様を悪人と見なし竜の裁きを下します。殺さななければ、グリ様はあなたとこれからも仲良くしたいとのことです」
あえて宣言してから、相手がどう出るか見定める。
交渉術としては常套手段だが、かなりの効果が見込める。
「恐れ入るよ……」
「褒め言葉として受け取っておきましょう。それでは聞きましょう、あの場にいた魔獣は何ですか?」
「答えられない。きっと何を言っても信じてくれないだろうから」
四皇帝魔獣は702階層の屋敷で管理する。これからもずっとそうだ。
ラミアナを公にするつもりはない。
「せめて、あの魔獣を抹殺した、と言ってくれれば少しは救済の余地があったのですがね」
「悪いね。そのウソはバレそうだから」
「なぜ?」
「君、他人のウソが分かるだろう? そういうスキルを持ってるはずだ」
「まさか、私のステータスを見て──っ!?」
「魔眼持ちなんだ。だって賢者だからね」
「こ、この覗き男ッ!!」
ラムベットが真っ赤な顔で睨んできている。ちょっと悪いことをしたような気持ちになるが、それはそれ。これはこれだ。
「話は終わったかな。じゃあ、僕は帰るとするよ」
「ま、待ちなさい! まだ話は終わってないですよ、交換条件です! グリ様と私で、この話を外に洩らさないことを条件とした交換条件がありますっ!!」
外にこの声は洩れない。このテントはプライベート重視の貴族仕様のため、念入りな防音加工が施されているのだ。
「……条件?」
「ええ、条件です。あなたも、いつ言いふらされるか分からない恐怖にビクビクするより、こういう契約があったほうが安心するでしょう。内容は簡単です、この縁談を受けてください」
「君達は縁談に賛成するのか?」
「そもそもリースフリートは竜の家柄ですから、あまり関係がないのです。ですが今回は、ある理由であなたがこの縁談を受けてくれたほうにメリットがあります」
「……詳細は?」
「シャロン・フリーゼ・ルークス様とベルティス様が結婚した暁にお教えしましょう」




