Episode069 推進派と反対派
シャロンが目覚めたのは、ベットの上だった。
彼が、わざわざ本家まで運んできてくれたのだろう。
……頭がぽーっとします。
……はしたない真似をしてしまったからですね。
しばらくして白衣の男が部屋にやってきた。魔貴公爵家の直轄研究機関《天の使徒》の一人だ。
「シャロン様、検査の時間です」
ベルティスには言っていない、シャロンが抱える厄介な三つ目のスキルがある。冰力を無限に溜め続けるスキル『無限増幅炉』。個人の限界を超えて冰力を蓄積し続けるスキルで、つねに力を発散しなければ命に関わる。
ただ万人に一人といわれるほどレアなスキルであり、おかげで《天の使徒》から好奇の目が絶えない。どうやら《天の使徒》は、無限増幅炉によって取り出された冰力を何かの動力源として使っているらしい……。シャロンは冰術に関してちんぷんかんぷんなので、あまり気にしていない。
「叔父様……?」
その途中で叔父のラドルシュに出会った。
自分とベルティスの関係を知り、魔貴公爵家当主に結婚を提言した張本人。彼は血統第一主義ではない。物言わぬ無能娘をこのまま腐らせるよりかは、実力のある男と結婚させて子どもをもうけた方が良いと思っている。
「どうだった、ベルティス君とのお出かけは?」
「たいへん有意義な時間を過ごさせていただきました」
「ほうほう、つまり好感触だったということだな。その調子で早く彼を手玉にとって縁談を取り付けなさい。なぁに、騎士公爵家とてこの結婚の口出しはできんよ。彼がこの縁談を受けてくれれば、三大公爵の勢力図は大きく変わる」
「……。はい」
「おまえとて好いた男と結婚し、その子どもが公爵の発展につながる担い手となるのならば、不本意ではあるまい?」
だから絶対にベルティス君と結婚しなさい、と。
叔父は結婚推進派筆頭。シャロンとベルティスとのあいだにできた子どもが、ルークスを背負って立つ人物になると確信している。
「おまえはこれで、やっと魔貴公爵家の役に立つ娘になれるのだよ」
「……」
「でも失敗すれば、そのときは分かっているね」
「はい……」
◇
702階層、森林内戦闘訓練中にて──
「え……お兄ちゃんに縁談?」
セシリアの耳がピクリと反応。
「魔貴公爵家の分家の娘とエルマリアの結婚話だ」
「でもルークスは平民との結婚を許していないわ。実力社会の騎士公爵ですら頭の固いジジイ共は血統を重んじるのよ」
「エルマリア夫妻が立てた数々の研究成果が認められ、叙爵の話があがったことがある。夫妻に起こった不幸な事故で頓挫したみたいだが、その話を一つの理由に結婚推進派がことを進めようとしている」
「でもお兄様はそういう話に興味ないはずよね? 貴族とか皇族とかのやっかみごとが面倒って仰っていたわ。それにお兄様は、すでに騎士公爵様のものでしょう?」
「こっちに根回しがきた。今回の結婚は、なにせ娘のほうが恋愛感情を抱いており、恋人だったという事実がある。あくまで当事者同士の話し合いで決める、騎士公爵が口出しする権利はないとな」
「手が早いのね」
「え、恋人っ!? お兄ちゃんに限ってそんなこと、……きゃあ!?」
つい話の中身に気を取られたセシリアが、足を滑らして木の上から落ちた。
同じく駆けまわっていたエルリア、ユナミルがそれに気づく。
「訓練中に注意を逸らすとは、妹の最強への道はまだまだだな」
「ごめんなさい……」
「まぁ仕方ないわよ、セシリアちゃんはお兄様のことが大好きだから。あのポーカーフェイスのお兄様だって、この世界で一番愛しているのはセシリアちゃんだわ」
「むぅ……その文言には言い返したいことがあるが……まぁいい。例えばユナミルの言葉が真実だとすると、エルマリアは縁談を蹴るのか?」
「あたりまえじゃない。じゃなければセシリアちゃんへの裏切り行為よ」
ピンク色の髪を揺らして、自信満々に答えるユナミル。
そこへ、三人の背後から何者かが急襲した。
「隙あり」
ラミアナが短剣で、三人の腹を切り裂いた。
……といっても、刃を潰しているため本当に斬れるわけではない。これが意味するのは、
「「「あぁ負けたぁあ!」」」
森林内戦闘訓練、終了。勝者ラミアナ。
稽古を終え、シャワーを浴びるセシリアのもとへやってきたのは姉エルリアだった。
カーテン越しでも、エルリアがタオル一枚の艶姿になっていることがよく分かる。
「そんなにエルマリアのことが気になるのか?」
「うん。お兄ちゃんはすごく強くてかっこいい。勝手に、お兄ちゃんは結婚しない、誰とも付き合わない、リアだけのお兄ちゃんなんだって思ってた」
「だがアイツも男だ。人は何かの拍子で変わってしまう生き物だしな」
「もぅ、お姉ちゃんはいつまでお兄ちゃんのことロリコンとか思ってるの? 違うよ! お兄ちゃんはただリアのことが好きなだけだよ! 他のちっちゃい女の子には興味ないもんっ」
「それを世の中ではロリコンと言うんだぞ。なにせセシリアと八つも歳が違う」
「え、ええええ!?」
思わずカーテンを引いて姉を見てしまうセシリアである。
「で、でも……お兄ちゃんは……っ!」
「まぁリアを特別視しているのは確かだろうが、異性としてではないな。……にしては引き出しに収まりきらないほどの写真を保持しているが……」
「いたいた、ここにいたのかいセシリア」
「フルーラさん!」
やってきたのは、ベルティスの師匠だったというフルーラ。累計年齢五百歳という誰もが認める魔女が、いったい何しに来たのだろう。こちらに向けられると思われた視線は、しかし姉エルリアに向けられていた。話に了解したエルリアはシャワー室から出て行ってしまった。
「出てきな、セシリア」
「そうですね…………って、い、いま素っ裸なんですけど!?」
「女同士じゃないか、誰も気にしないよ」
「だって……む、胸が……」
「断崖絶壁でも誇ればいい」
「胸が大きい人はいいですねっ!?」
フルーラは「女同士の軽いジョークだよ」とニヤニヤして笑う。ともあれ素っ裸の公開処刑だけは避けることができた。体を洗うことを続ける。
「我が敬愛なる愚弟子のもとに舞い込んだ縁談話は知ってるね。そのことでアンタと話をしたいと思っていた。まずは一つ聞いておこうか、セシリアは愚弟子の両親のことをどれだけ知ってる?」
「ご両親……?」
知っていることといえば、事故で亡くなったこと、冰術の研究者だったこと、この屋敷の所有者だったこと、くらいだろうか。そういえば顔写真を見せられたこともない。いや、そもそも存在するのだろうか。この屋敷には、彼の両親を匂わせる物品が一切ない。
「エルマリア夫妻はある研究分野……魔獣生理学の風雲児だった。平民出身ながら魔貴公爵の直轄研究機関《天の使徒》を唸らせる論文を発表したりして、おかげで皇国の技術は十年以上進んだといわれる」
「そんなすごい人だったんですね……」
「ただ、あの両親は研究者としては最高クラスの人間だけど、一人の人間としてみれば最底辺だったよ」
──一人の人間としては最低……?
「アタシも自分の命を引き延ばすためにヒドイことしてきた人間だからね、あんまり言えたもんじゃないけど、まぁ……魔獣の生態を知るために人には言えないようなことをしてたのよ、愚弟子の両親はね」
「そうなんですか……」
「重く受け止める必要はないよ、過ぎたことだし、なにより二人は実験に失敗して死んでるからね。問題は両親の猟奇性よりも、未だにその話が魔貴公爵家のなかで燻ってるっていうことだよ」
──そうだ、お兄ちゃんの親がどのような人間であったとしても、お兄ちゃんはお兄ちゃんだ。親を見てから子を見るなってことだよね。
「ルークスは、縁談の娘を擁護、さらに公爵当主を筆頭とした結婚推進派と結婚反対派の真っ二つに分かれてるって話だ。分かるね、結婚反対派はエルマリア夫妻の狂人ぶりをよく知ってるからこそ、その息子である人間の血をルークスに入れたくないんだよ」
つまるところ、狂人の親の息子は狂人だっていう話だ。
そんな悪い噂のある人間を、誉れ高い魔貴公爵の一員にさせたくないというのが彼らの本音だろう。
「言うよ、アタシはこの縁談に反対だ。結婚反対派が愚弟子にどんな因縁をつけてくるか分からないし、それでとばっちりを受けるのも御免だ。セシリア、アンタもそう思うだろう? ベルティスのことが好きなら反対するに決まっているね?」
「うん……」
「ならいい。ちょっとアタシに協力してくれないか」
「え……?」
──ちょっと待ってください。協力って、フルーラさんにですか?
「愚弟子がこの縁談を受ける確率は三割も満たないけど、その確率を完全にゼロにしたい。だから、アタシとセシリアとユナミルで、アイツの縁談を無かったことにしたいんだ」
え、逃げられない……?
あと、シャワー途中で中に入ってこないでください!
「よし、これで役者は揃った。──いやぁ、アタシってなんて弟子思いの師匠なんだろうねェ、こんなイイ女は他にいないよ。うんうんっ」
──お兄ちゃんの結婚はともかく、なんか……この人と組んだらヤバい気がする。いや、ゼッタイにヤバいと思うんです。イヤだなぁ、断りたいなぁ……でもなぁ、すっごい力で肩掴まれてるんですけど……。
「ね?」
「あははははは……。そうですね、一緒に協力してお兄ちゃんの結婚を阻止しましょう……」
──断れないんですけど……っ!?




