Episode067 もふもふカフェ
「あわわわ……ど、どどどどうしましょう、人が、人がいっぱいいます!!」
シャロンは、相変わらずだった。
顔のほとんどを扇で隠してあたふたしている。
ちょっと……いやかなり、対人恐怖症を甘く見ていたかもしれない。これで人の多い店や大通りには行けないだろう。こんな調子では、社交界の場に出席することもままならない。
「ねえ、シャロンさん」
「は、はいっ!?」
「……。ボクってそんな怖い? 女同士ならフレンドリーになれると思ってたんだよ。あとその敬語、ボクはただの使用人なんだから敬語を使っちゃダメだよ」
「い、以後気をつけます……」
しゅーんとするシャロン。
やっぱりちょっと言い方がきついだろうか? 女の姿をとってるとは言っても、中身が男だから完全な女にはなれない。その違和感を彼女も感じている?
「ごめん、シャロンさん。言い方がキツかったらいつでも言って。その……周りに気の強い女性ばっかりだったからさ、ちょっとソレに慣れてる部分があるんだ。シャロンさんみたいな気の弱い女の子と喋ったことがほとんどなくて……」
「いいえ、ベル様は謝らないでください。……すべて、私が悪いんです。私がこんなだから」
申し訳なさそうに、扇越しに見える目が細まる。
「こ、こんなのでは久しぶりのお出かけも曇り模様ですねっ! せっかくベル様と二人きりなのですから、明るく参りましょう!」
「あ、うん。とりあえず、女性が好きそうな場所を巡ってみようかな。要望があったら聞くよ?」
「女性が好きそうな場所……って、ベル様も女性なのに面白い表現ですね! あっ、い、いい今のはその別にベル様を蔑んだわけではなくてっ」
「いいよ、とりあえず行こう」
とりあえずは移動を開始。
シャロンは移動途中、ずっとベルの服を掴んで辺りをキョロキョロ見ていた。対人恐怖症にしては物珍しそうに建物や看板を見ている。もしかすれば、恐怖症のせいで外に出歩いたことが少ないのかもしれない。
シャロンを観察して、分かったことがもう一つある。彼女は女性よりも男性の視線をひどく怖がっている。目を合わせるのもダメらしい。
よくよく考えてみれば、ベルとして彼女の接触できたのは良かったかもしれない。好感度は上々、彼女の内面部分を知れるいいチャンスだ。
──結婚か……。
前世では早くに死んだので、結婚しなかった。
今世でも結婚はしないだろうなと、なんとなく思っていた。でも、今回は違う。縁談は家同士の契約色が強いため、軽い気持ちで返事はできない。しかも相手は、分家とはいえ魔貴公爵家のご令嬢。公爵当主様がこの縁談を了解しているのであれば、なおのことだ。
……返答次第では彼女と結婚することになる。まったく想像できない。
「……でもそうか、これがデートか」
「は、はい!? そ、そそそそそうですねっ、ベル様とのデートっ!」
「あぁごめん、いまの独り言だったんだ。──ほら、そこが皇都にできた動物と触れ合うカフェだよ」
……ツッコミ損ねたが、女同士でもデートというのだろうか。
過ぎたことなのでとりあえず流し、カフェのなかに入る。もふもふ動物を集めた店長によるもふもふカフェ、その名も『モフルンタケバヤシ』。名前のセンスはどうであれ、女性やカップルに人気の場所なのだという。
「動物は好きかい?」
「はい、白い猫とか白い犬とか白い狼さんとか大好きです」
どうやら白かったら何でもいいらしい。
とりあえずカフェのなかに入り、店員の促されるまま奥に進む。カフェブースと触れ合いブースが仕切りなく分けられている感じだ。触れ合い広場には女性が目立つが、カップルも数組いる。
そのうち、じゃれる猫たちが目に映った。
「かわ、可愛い……!」
シャロンが真っ先に飛びついたのは、白くて長い毛並みが特徴的な猫だった。女王といった感じで気品を感じる。シャロンが抱き上げると、まるで彼女のほうが従者で猫の方が主人のようだ。
「ほら、見てくださいベル様、猫様がっ! 猫様が私に肉球を触らせてくれていますっ!」
もみゅもみゅ。
「ほら触れ合い広場だからね」
しばらく、シャロンにはこの猫様で癒されてもらうとする。
連れてきて本当によかった。
……泣かれるよりずっといい。
……笑顔がはじけてる……。
「あ……」
いつのまにか、猫に戯れるシャロンに見惚れていた。その理由は、たぶんセシリアに似ているから。セシリアも、大人びた雰囲気と危うさを兼ね備えている子だ。努力できる、弱音を吐かない。そして笑顔がはじけて、見る者を明るくする。
正直、セシリアに似ていると困るところがある。
拒絶できない魔の空気を放つからだ。
可愛がり過ぎとローレンティアによく言われている。
「ベル様、ここに猫に成りきりスペースがありますよ! ぜひ猫耳をつけてください!」
「それだけはマジで拒否させて、まえローレンティアに無理やり着けさせられた黒歴史があるから」
「白髪のベル様なら必ず似合うと思うんです!」
──そして。
触れ合いカフェでかなりの時間を潰したあと、続いては人の多い大通りを歩いていた。
扇で顔を隠しているものの、数時間前より堂々と歩いている。すれ違う男性の奇怪な目線も慣れてきた様子だ。……なんだ、意外と大丈夫そうじゃないか。
「こんな感じで毎日通りを歩いてたら、そのうち扇で顔を隠さなくても大丈夫になるんじゃないのかい」
「……ベル様は、本当にそう思われますか?」
「うん。ボクの隣で歩いている君は、あんまり怖がってるように見えないから」
「ベル様が横にいらっしゃるからですよ」
「それは同性が横にいると心強いってことかい?」
「違います、ベル様だからです」
シャロンが、見上げてくる。
扇から微かにみえる目は、艶やかに光っている。……たぶん、彼女は泣いている。
「ベル様、私のために気を遣ってくださってるんですよね。だからわざわざ、女性の姿で私と接してくれてるんでしょう?」
「…………」
この姿が本当の自分ではないことを、すでに見破られている。しかも、しかもだ。彼女の口ぶりが、あたかも初対面ではないかのような……。
「もう元の姿に戻ってください。ぜひ、私に……ベル様のお姿を見せてください。……最初で最後の恋人の姿を、見せてください」
恋……人……?
なんだ、それ。




