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Episode065 その女、対人恐怖症につき



 702階層、ベルティス宅──

 エクスタリア王国から帰ってきて早一カ月が過ぎている。ラミアナにしっくりくる首輪の完成できたところで、ベルティスはさっそく彼女に剣を持たせていた。前世、噛み癖のひどさを治すため色々と試行錯誤した結果だ。剣を持つと噛むことへの執着が消えるらしく、彼女はそういった経緯で剣が大得意。


 セシリアとラミアナは今ごろ外で稽古しているだろう。

 そのあいだこちらは、ゆっくり本でも……。


「ベル、お願いだ!! ぜひ私の愚痴を聞いてくれ!!」


 もうすっかり慣れてしまった、セシリアの姉エルリアとの対話。しかも今日はベルティスではなくベルとしての呼び出し。彼女にはまだベルティスとベルが同一人物であることは話せていないため、たまにベルに会いたいと言ってくるときがあるのだ。


 まぁ、妹大好きなお姉さまなので内容はたいていセシリアのことなのだが。


「セシリアが最近私に冷たい」


「冷たい? あのセシリアがかい?」


「そうなんだ。このあいだセシリアの匂いがついている枕を回収しようとしたところ、恥じらいの目で睨まれた。いや、そのときの顔もとてつもなく可愛らしかったのだが──」


「待って。まずどうしてエルリアがセシリアの枕を回収してるの? そういうのはローレンティアの仕事だよ」


「今日はローレンティアさんに頼み込んで私が回収しに行った。理由はもちろん、セシリアを狙う不埒な輩が夜な夜な寝室に忍び込んでいないかどうか!!」


「だからって何故に枕を回収するの」


「匂いで分かる」


「枕から?」


「枕から」


 あんたからすごい残念臭がするぞ。顔がいいだけに。

 そこから長々とセシリアが何気なく行った姉への暴挙(エルリア曰く)を列挙され、こっちは「へえ」「うん」「それはすごいねー」と棒読みっぽく答えていく。

 ──エルリア、君は暇なのか。暇なんだな。


「そういえば、今日はエルマリアはいないのか?」


「えっ? あぁうん、書斎に引きこもってるよ。たぶん冰術の研究でもしてるんじゃないかな、ああ、今は行かない方がいいよ。研究中に入られると機嫌悪いから」


 ベルのときはそのままベル、ベルティスのときはエルマリアと呼ばれている。こっちの姿で彼女に会っているとき、もう一つの姿で彼女に会えないのは中々に厄介だ。なにしろ、いつも片方が不在になっていまう。体だけでも冰術の幻影を作り出せるか実験してみようか。いや、エルリアならすぐに感付いてしまうか……。


「当主から聞いたんだが、この家(エルマリア)に縁談話がきたそうだが、それが魔貴公爵家ルークスなのは事実なのか?」


「ッゲホッ、ゲホゲホッ!!」


「大丈夫か? ほら、ハンカチを貸すぞ」


「だい、大丈夫だよ。ありがとエルリア」


 派手にむせてしまった。紅茶が気管に入らなくて本当に良かった……じゃない。今の問題はそちらではない。縁談? こっちは全く聞き及んでいない。


「平民階級に縁談なんてバカげてるんじゃないかな? 少なくともボクはそう思うけど」


「しかしエルマリアのご両親は一代貴族だと聞いたぞ。あともうちょっとで爵位も賜れるところだったと聞いた。……そういえばこの屋敷に来てからというもの挨拶できてないな。エルマリア夫妻はどちらにいらっしゃるんだ?」


「──いないよ」


「そうか、二人とも冰術の研究者だもんな。ロザーギミック家と親しいと聞いたから、やはり皇都の研究室にいらっしゃるのか。忙しいんだろうな」


「僕の両親はとっくの昔に事故で死んでるよ?」


「お亡くなりになられてるのか!? それは失礼なことを聞いた、申し訳ない。……ん、僕の両親? ベル、その言い方だとあなたの両親とエルマリアの両親が一緒のように聞こえるぞ」


「おっと失礼」


 口が滑ってしまった。あぶないあぶない。

 彼女にベルとベルティスが同一人物だとバレるのは、身の破滅だ。なにしろ混浴という既成事実がある。この追及のふとした瞬間に剣で首をばっさり、なんて洒落にならない。


「爵位を授かる話がなくなったのはこのためか。エルマリア夫妻がもう他界なされているから、なかったことになった、と……。──話を戻すが、本当に縁談の話は届いていないのか? 騎士公爵の本家では、ついにエルマリア家が貴族に成り上がると話題騒然だぞ」


「全然まったく、これっぽっちも聞いてないよ。縁談? しかもルークスだって? あそこは貴族の中で血統遵守の頭領みたいなものだろう、ウソに決まってる」


「それがな、もう女性の名前が出ているんだ」


 こっちには手紙も何も来ていないっていうのに、縁談相手の女性ははっきりしていると。

 誰だ、平民と結婚しようなんていう物好きな女性は。

 平民と結婚してでも優秀な冰術の研究者を欲しているのだろうか。


「確か名前は、シャロン・フリーゼ・ルークス。本家ではなく分家の血らしいが、縁談は公爵当主ジースリクト様も期待しているという話だ」


「シャロン……?」


「我がメイド達の恋愛情報網キューピットネットワークによると、女はその昔、エルマリアと正式に交際していたと言って来て──」



「あの、ベル様はこちらにいらっしゃいまして……っ?」



 誰かいた。

 ただ、なぜなのだろう。顔を奇妙な扇で隠しているため、全く容姿が判別できない。背はそれほど高くなく、いまのベルの姿でも彼女の方が低いくらいだ。

 

「「だ、だれ……」」


「ご、ご、ごごごごめんなさい!! 無礼なふるまいを許してください!! じ、実は私、昔から人付き合いが苦手で、あの、その……しょ、しょしょ初対面の人の顔が見れなくてっ」


「でも扇に二つの穴を開けてるのは何故なんだい?」


「ま、周りを見ないとい、いつ転んで大怪我をしてしまうか分からないので……、叔父様や叔母様からせめて視界だけは確保できるように……はぅごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」


 思い切り頭を下げる女性。

 …………この人、自分がいま壁に向かって話していることに気付いているのだろうか。というか突っ込んでいいんだろうか。万が一でもそのあと悲鳴をあげられたりしないだろうか。


 とりあえずベルは近づいてみる。そして肩を掴み、扇に空いた穴から彼女と目を合わせ……


「きゃあああああ!!」


 ……気絶された。



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