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Episode064 公爵様の見解



 フィネアネス皇国、732階層。

 竜卿公爵家、本家──


「本当に、この数値は測定器の誤りでもバグでもなんでもないんだな?」


「さようにございますグリ様。本当に、あのベルティスという男がつけた腕輪からは、平均的な冰力使いの数十倍以上の冰力が検知されました。……驚くべき事態、という一言で収まる話ではありません」


「だが事実、あの男に渡した腕輪は木っ端みじんに破壊されている。この測定器がアイツの冰力に耐えきれなくなった証拠だ」


「仕事柄、私は何人もの冰力使いや冰力使い見習いを見てきましたが、このレベルは魔貴公爵家ルークスの現当主にも匹敵します。いえ、失礼しました。この測定値は仮の予想値であり、最高値ではないでしょう。おそらく皇家の純血にも劣りません」


 その言葉まで聞いて、グリは小さく息を吐いた。

 状況を整理しよう。

 竜密売組織の壊滅とそれに協力したモドリーヌ卿の捕縛を、ベルティスに依頼したのが一カ月前。そのとき測定機能のついた家紋入りの腕輪を持たせ、冰力使いとして、彼がどれほどの実力を持っているのか秘密裏に調べさせた。


 その結果が竜卿公爵一、二を争う冰力使いの言葉だった。秘書である彼女の言葉であるならば、グリも無下にはできない。


「このベルティスという男、もしかすれば《賢者》かもしれません」


「ありえない話ではないだろう。確かにここ数百年、賢者に匹敵する冰力量を持った人間は現れなかった。絶滅したと言われる存在が再び蘇っただけの話だ」


「ですが、壁面調査で起こったあの事件をお忘れではないでしょう。この結果は、イコールあのとき昇降路シャフトにいた片方の男は彼だったということになります」


 昇降路には二人いた。

 一人は、グリも見ることができた白髪の男。

 もう一人は全く判別していないが、状況証拠から強い魔獣であることが推測されている。


「なぜこの議題を元老院にあげず、なおかつロクな聴取もせずに彼を野放しにしているのですか? これが事実ならば、皇国全体を揺るがしかねない事態です。すぐにでもこの男を拘束し、魔獣について事情聴取するべきです。こんな……ただ書面にある数字と睨めっこするだけなんて、あなたらしくありません」


「……いやあ、でもすごいな……」


「何がですか?」


「この測定結果さ。冰力量がただ多いだけじゃない、この一瞬に込められた冰術の質は、魔貴公爵家の冰力使いにも劣らないぞ。どうやったらこんな短時間で冰術の命令式を作れるんだ? 事前に術式を用意していたのか?」


「グリ様!!」


「あぁ悪い。俺は冰術にはめっぽう弱いからな、素直に感心してしまったんだよ」


 ともかく、ベルティスが噂以上にとんでもない冰力使いであることは、この測定結果の数値を見ることで明らかだ。これだけ分かればグリには十分である。


「もしかして、この男が騎士公爵家エンベルトが抱え込んでる秘密兵器だから手を出せないのですか?」


 騎士公爵家、すなわちレスミーがベルティスを手放さない。ベルティスに騎士団の特別顧問士官なんて名ばかりの役割を与えてまで、騎士公爵のお膝元に置いているのだ。レスミーがベルティスにこだわる理由が、この測定結果だと。


「いや、俺が事情聴取しない理由はソレじゃない。ただ俺は、彼を嫌いになれないんだろう。あんまり悪人扱いなんてしたくないんだ。……おまえだって、エクスタリア王国で起きた盗賊団と竜殺し、これを二つ同時に解決してみせた彼の手腕には驚いているだろう?」


「それはそうですが……でも……」


「でもじゃない」


 グリの思いは、ベルティス自身に言ったことと何ら変わらない。彼を疑っているわけでも、悪人に仕立てあげたいわけでもない。ただ真実が知りたいのだ。

 

「俺は、信じている人間から無理にコトを引き出そうとは思わない。まぁ本当のことを知りたいのは事実だが、それでも今は聞かない。聞く気もない」


「グリ様……」


 グリはそこで、一度言葉を切った。

 机の上に置かれている、粉々になった金の腕輪を見つめる。


「ところでラムベット、これは風の噂なんだが、ベルティスの有能さに気付いた魔貴公爵家ルークスの一部が、縁談の話を進めているのは本当なのか?」


「私も、耳にはしております。ほぼ確定事項みたいです、女性の名前まで出ているそうで」


「ベルティスは確かに強い冰力使いだが、それでも平民だぞ。なぜ血統遵守のルークス本家が動いてくる?」


「だからこそ取り込みたいのだと思います。平民とはいえ彼の両親は冰術の研究者であり、しかも一代貴族の称号を与えられた逸材です。爵位もあと一歩という話だったそうですし」


「でもエルマリア家は……、いやいい。両親よりも息子だ、騎士公爵家エンベルトからベルティスを奪いたいのがあちらさんの考えでいいだろう。──それで、その縁談の話があるっていう女は? どんなやつなんだ?」


「気になるんですか……」


「魔貴公爵家が彼に見合う女を見繕ったってのは興味ある。でも、難しいと思うぞ。俺の見た限りアイツは女に興味がない。色恋だけではオとせんだろうなぁ……」


「それが、どうも今回のは違うみたいですよ」


 違う? なにが違うのだろう。

 ベルティスは色恋というものにまるで興味がない。これはレスミーから聞いた確かな情報だ。最近は、セシリアというエルフ少女を育てていく上で情深くなったらしいが……。


「どうやら魔貴公爵家が出してくる女性は、公爵の継承権が高くないらしいのですが……なんでも昔、恋仲の関係だったとか。少なくとも向こうはそう言ってるそうです」


「ウソに決まってるだろう。あの男に限ってそんな色ぼけた話があるとは思えない」


「そうですよね、私もそう思います」


 あの男に限って女がいた? ありえないありえない。あの男も仕事が趣味、研究が恋人のような男だ。あの軽薄そうな男がそんな色恋に走るなど……。


「でも、本当ならものすごく興味あるな、個人的に。よしラムベット、その辺を調べてくれ。まずはヤツの過去と経歴から調べ直して、次はその女のほうだ!」


「えぇー」


 むくぅとラムベットが頬を膨らませている。ちょっぴり嫌そうな顔。なんだ、反抗期か? 反抗期なら飼い竜だけで十分間に合ってるんだが……。


「分かった。終わったら褒美をやろう」


「皇都ミミティエにある行列の絶えないイチゴ香る芳醇パルフェを私と一緒に二人きりで行ってくれたらいいです」


 なんだ、食べに行くだけでいいのか? それなら楽勝だ。

 それにしてもラムベットの、この嬉しそうな顔はなんだろう?

 まぁいいか。





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