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Episode063 結婚指輪と戦乙女の涙


「お兄ちゃん……」


「ラミアナと首輪を貸してくれ」


 セシリアは、ラミアナの体を渡した。

 黒いヘドロのような狼が消滅したあと、ラミアナはぐったりしてしまっている。大丈夫なのだろうか……。


「さっきの影はね、ラミアナの固有の能力なんだ。あんな感じに獣の影を何匹も作り出して、巨大な群れを成し人を襲う。黄金を喰らい尽くせるほどの群れ、そしてその体毛の色から黄金喰らいの王と呼ばれてる」


「でも、さっきの影は黒かったですよ……?」


「影はね、本体の姿は金色だよ。──さて、無理やり本能を引きずり出されたぶん体力の消耗が激しいな。これが起こった理由はなんだい?」


「レベッカさんの……裏笛です。そのとき首輪を取っちゃったみたいで」


「なるほどね」


 納得したように頷く彼は、手早くラミアナに首輪をつける。額に手をあて、治癒を始めた。


「腕輪が壊れてる!? それ、公爵様から預かってる腕輪じゃないですか!? 確か測定器って」


「これでも腕から外して冰術を撃ったんだよ? 測定できる限界以上の冰力を検知したものだから、負荷に耐えきれなくなって壊れたんだろう」


「それってまずいんじゃあ……」


「まずいね、とんでもなくまずい。僕の冰術や冰力量が、少なくともこの測定器を壊すくらいのものだとバレちゃった形になるからね。でもまあ、おいおい考えていくよ」


 それより、と一旦言葉を切る。


「もう少ししたらラミアナも目を覚ますから、今はもう心配いらないよ」


 寝息をたてるラミアナが、少しだけ幸せそうに見えるのはこちらの気のせいだろうか。ともかく大丈夫そうでなによりだ。


「あ、そうだ。レベッカさんとモドリーヌさん!!」


 ──完全に忘れてた。

 視線をやると、レベッカはちゃんとモドリーヌ卿の近くにいた。ルワンダも無事なところをみると、こっちのいざこざの間に二人を殺害、なんてことはしなかったらしい。

 

「ほら、やっぱりレベッカさんは優しい人だ」


 目が合ったので笑いかけると、レベッカはぷいと顔を背けてしまう。持っていた野太刀も深々と地面に突き刺した。自分は誰にも危害を加えない。そんな意思表示だろうか、盛大なため息まで吐いている。


「あれだけ殺したいと思っていた女が目の前にいても、殺すことができない。セシリアちゃんに毒気が全て持っていかれたわ」


「リア何もしてませんよ……?」

 

「さっき大声で叫んでたじゃない。一緒にお説教とお仕置きをもらおうとか」


「聞こえてたんですね……」


 ちょっぴり恥ずかしい……。


「それでちょっと思ったのよ、誰かを殺そうとか考えると、セシリアちゃんにみたいに本気で止めてくれる人がいるんだなってさ」


「レベッカさん……」


「あたしの周りにはそんな人はいなかった。そこの金髪ちゃんが羨ましいわ」


「レベッカ、分かってるとは思うけど」


 そうだ、ラミアナが魔獣であることはゼッタイに秘密でないといけない。巨大生物を見たショックで失神しているアミラーズはともかく、ルワンダとレベッカには知られてしまっている。


「大丈夫よ、このことは誰にも言わないから。どうせ弱腰男が記憶でも弄るんでしょうけど」


「よく分かったね、と言いたいところだけど、僕は君の言葉を信じるから何もしないよ。妙な術式もかけたりしない」


「冰力使いは他人を信用しないって聞いてるけど……。まあいいわ、ともかく……あんた、ロープか何か持ってない?」


 ロープ? そんな都合よく持ってるわけ……。


「あるよ」


「さんきゅ」


 あるんですか……。


「ルワンダは何をしでかすか分からないから、拘束。アミラーズ、ジェームズ、モドリーヌ卿の三人は見事なまでに無防備な姿を晒してくれてるから放っておくとして」


 ルワンダをてきぱきとロープで縛りながら、上空に待機させている三頭の飛竜に何やら合図を送っている。まさか屋敷の盗難に加勢する気だろうか? 身を乗り出しかけたセシリアに、腕を出して制止させたのはベルティスだった。


「次はヤヴェール盗賊団と君だね、レベッカ」


「ええ。今回の事件を起こした首謀者として、きっちり落とし前はつけるわ」


 そのとき、教会から誰かが飛び出してこっちに走って来た。

 見覚えのある顔に傷のある大柄の男。

 盗賊団のボスヤヴェールだ。


「レベッカ!!」


「いいところに来たわね」


「お、おい、こいつ!!」


 ヤヴェールがベルティスを見て警戒心を露わにした。


「なぜこんなヤツと一緒にいるんだ!? いったい何があった!?」


「それのことで話があるの、ヤヴェール。今日限りで盗賊団は解散するわよ」


「なにを言ってるんだ!? 竜殺しの女も、モドリーヌ卿もまだ殺してないじゃないか。なぜ急にそんなこと……」


「セシリアちゃんが教えてくれたのよ。竜を殺すことも、人を殺すことも、結局恨みや妬みを増やすだけ。あたし達のやってることは、悲しい思いをさせる人を増やすだけだわ」


「だが、あいつらのせいで俺達の里は滅茶苦茶にされたんだ! 相応の報復を受けるべきだろう!!」


「竜殺しの女も捕まえたし、モドリーヌ卿に大怪我を負わせることもできた。それに、バカなあたし達の代わりに悪い組織をぶっ潰してくれる人がいるわ。そうよね、弱腰男」


 レベッカに振られ、ベルティスは小さく頷く。


「僕はモドリーヌ卿とルーペシオン財団の密猟事件でこの国に来たからね。ここにはモドリーヌ卿の身柄を拘束できる正式な書状と、それに関する証拠も押さえた」


「そう、だからあたし達が出しゃばる必要はなかったのよ。こうやって誰かが竜の密猟に気付いて、悪い人間を捕まえてくれるんだから……。だからもう終わりにしましょ」


「レベッカ……」


 拳を握りしめて歯を食いしばっているヤヴェールの思いを、正確に汲み取ることはできない。できるのはただ、彼らにとって『竜』という存在がどれほど大切かということだけ。

 

「人を殺したいと思えるほどの深い愛情……か。こればかりは、僕には理解できないな」


 また誰かがやってくる。でも、誰だろう。シルエットは男女だ……。


「ローレンティアさん……と、ビーチェさん!?」


「レベッカ!!」


 ビーチェの大声が、レベッカを振り向かせる。

 

「なんで、あんたここに……!?」


「彼女から聞いたんだ、レベッカが無茶なことをしようとしてるって!! だから連れてきてもらった」


「そ、そう。…………見てのとおりよ、あたしは罪人。ヤヴェール盗賊団を作った本当のボス。だから、あんたとは生きる世界が違うのよ」


「知ってたよ」


 真剣な眼差しだった。嘘偽りなど決してない。


「なら余計ね。ここに来る必要なんてなかったでしょ? ……あんたは優しくてイイ人よ、だからここにいると変な疑いが──」


「好きだ」


 ビーチェがレベッカを抱きしめた。

 それを見たセシリアが「はうわ!?」と顔を真っ赤にし、ローレンティアが「お上手」と称賛し、ベルティスが「ほお」と息を洩らす。


「結婚しよう、レベッカ」


「……。言うのが遅いわよ、ヘタレ男」


 今にも泣きそうなほどレベッカの表情が歪んでいる。ようやく愛おしい男から言ってほしい言葉を貰い、本当に嬉しそうだ。確かに、言うのが遅いという表現は間違っていないだろう。本人にもその自覚があるのか、ビーチェはごめんと小さく謝った。


「俺、バカだからさ。法具作ったり他人に頼ったりすることしかできないけど、それでも、頑張るよ。だからレベッカ、待ってる。君が自由になるそのときまで、俺はずっと待ってる」


「バカね、あたしは人殺し集団のリーダーよ。……行き先は処刑台に決まってるじゃない」


「そのことなんだけど、僕はレベッカとヤヴェールさん、少なくとも盗賊団の竜の里出身者は王国の警吏に引き渡す気はないよ。処刑台なんてとんでもない」


「なに言ってるの、殺人は極刑が道理よ? あたしはリーダーなんだから当たり前じゃない」


「この国ではね。君の身柄はモドリーヌ卿と一緒にフィネアネス皇国の竜卿公爵家に引き渡す。処分はあちらさんが決めるだろう。……ちなみに、皇国では裁判長による正式な書面あるいは殺人の現行犯でもない限り死刑にはならないんだ。君はまだ殺人未遂だろ?」


 つまり、懲役刑や監獄に入れられるだけで刑罰が済むかもしれない。

 それでもレベッカは戸惑っているようだった。王国ではなく皇国に、しかも異国の公爵家のもとへ連行されるのだから、当然だろう。


「……レベッカ、改めて言う」


 再び決意を改めたビーチェが跪き、両手を添えて小さな箱を差し出した。


「結婚しよう」


 中にあったのは、疑いようもない結婚指輪だった。


「………………バカ」


 レベッカは泣いて、その指輪を受け取っていた。





これにて第四部終了です。

第五部は舞台を再び皇国に戻し、三大公爵家を主に絡めながら話を進めていきたいと思います。

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