Episode061 大金庫
各所にある竜の里が頭を悩ませていた事案が、管理していた竜を殺されるというものだった。
ベルティスが言うには、密売の顧問だったのがモドリーヌ卿であり、実際に闇で販売していたのが赤竜の遠吠え財団。そして別個、実際に竜を刈り取るハンター・竜殺しが存在する。
ルワンダが持っている武器は、四角包丁を巨大化したような野太刀。セシリアからすれば重すぎる武器だ。おそらく、彼女はスキル『身体強化』で腕の筋力値を上昇させている。
さらにいえば、あの野太刀の輝きはスキル『武装』だ。竜の筋繊維を断ち切れるほどの殺傷力を宿し、武器同士が接触すれば破壊されかねない。素手ならなおのこと危険だ。ルワンダを相手取るレベッカは格闘術が得意だったはず。モドリーヌ卿を暗殺しようとしたときはナイフを使っていたが、ルワンダに対抗できるほどの何か秘策でもあるのだろうか?
──待って。考えるべきなのはそっちじゃない。
二人を止めるべきだ。
このままでは殺し合いが始まる。レベッカもルワンダも、お互いを殺すことしか考えていない。
「まっ……──」
止めようと駆けだすが、暴走する養殖竜たちに進路を阻まれる。まだモドリーヌ卿もジェームズも立ち上がって逃げられる状態ではない。アミラーズも戦力外だ。
つまり、彼らを養殖竜の暴挙から守れるのはセシリアだけ。
「あぁもう!!」
──なにもできないんですけど!!
◇
「しっかし、レベッカ姉さんもえげつないことをするよなぁ。モドリーヌ卿を騙すために、昇降盤で俺達の敵のフリをするなんてな」
教会の地下へと降りる階段で、男達の笑い声。
ヤヴェールが率いる彼らは、レベッカの指示通り大金庫へと向かっていた。
「金庫、というのは事前情報で分かっていたけどよ、レベッカ姉さんが言っていた弱腰男って誰のことだ? 金庫守ってる番人とかか? なんで金庫破りに盗賊団の半分も連れて行かなきゃならねぇ?」
「そうだよなぁ。こんな大人数、教会で移動する分には狭くてかなわねぇ」
「今からでも姉さんに加勢したほうがいいんじゃね? だってあそこにいたの、竜殺しの女だろ?」
「やめておけ」
制止したのはヤヴェールだ。
「今回の作戦をすべて考えたのはレベッカだ。俺達が勝手に動いたら作戦が崩れる。俺達は間違いなくリフティの鱗を取り戻すんだ」
「竜殺しって強いんすか?」
「レベッカの愛竜の腹から、臓器という臓器を抉り出して悦んでた狂人だ。武器は、馬を処分するのにも使われる片刃の野太刀。それをアイツが竜殺し専用に改造してるし、あれでも冰力を扱える。あの女一人で五十頭近くの竜が殺されたって話だ」
「ひえぇええ……俺ちびりそう」
「俺も俺も」
げらげら笑いながらも、一行は物々しい風貌を醸し出す大金庫に到着した。
教会が建てられた時代、金の妄執に憑りつかれた神父が作ったとか何とか。とにかく巨大で頑丈。金庫の開錠においては、ヤヴェールの部下に詳しい人間がいる。
「やっとおらっちの活躍の出番っすね、兄貴」
「ぐうたら言わずさっさと開けろ」
「へいへい」
一人の男が、巨大金庫のダイヤルのまえに座り込む。
ほどなくして……。
「開きましたよー」
開いていく金庫の扉に、盗賊団はゴクリと生唾を飲みこむ。
端に居た男が、派手なくしゃみをした。
「へ、へ、へっくしょんっ!!」
両腕をこすって身震い。盗賊団から白い息が立ち上る。
「おいおい、こんなときに風邪か?」
「ちげえよ。なんかここ……急に寒くなってねぇか?」
盗賊たちはくしゃみや頭痛を訴え始める。さもありなん、室内の気温は急激に低下していた。部屋の隅には霜が張り、靴を滑らせれば氷の転がる音が響く。すでに零下を下回っているだろう。
「あに……──」
一人の男がこの異変を訴えようと口を開いて、地面に倒れ込んだ。
つぎつぎと凍り付いていく盗賊たち。
唯一立っていたのは、ヤヴェールだけ。
「ロクな冰術も打てやしないから、あんまり暴れないでほしいかな」
階段を降りてきたのは、珍しい白い髪を持った青年だ。
「とりあえず投降をおすすめしますよ、ヤヴェールさん」
「誰だ、おまえは!?」
「うーん。地上でさる女性から弱腰男って呼ばれた人間っていえば分かりやすいですかね」
「おまえがか……!」
昏倒している盗賊を踏まないよう、ベルティスはヤヴェールに近付いた。
肩を二度叩く。
それだけでヤヴェールは、膝を地面につけて倒れた。意識はまだあった。
「一回じゃ効かないのか。やっぱり加減が分からないな……」
金の腕輪をさすりながら、ベルティスは大金庫の中へ入っていく。
上の状況は、千里眼の俯瞰によって大体把握している。レベッカがヤヴェール盗賊団の一味だったということは、さすがに予期していなかったので驚いた。
昇降盤で言っていたあの発言はミスリードだったのだろう。おかげで見事に騙された。
『えぇ!? あたしだけでもいいんですよモドリーヌ卿! こんな弱腰男なんて招待する必要ないですって! 大事な娘さんの結婚式なんでしょう? あたしだけで充分ですってゼッタイ!』
レベッカは、ベルティスが弱いから招待しなくていいと言ったのでない。むしろ逆だ。こっちが付与冰術を完璧に使用できるような冰力使いだと見抜いたから、計画を邪魔されるかもしれないと思って来ないように言ったのだ。ここまで騙されたのは、久し振りかもしれない。
「あの女…………できるな」
思わず笑みがこぼれてしまうが、いまは回想に耽っている場合ではない。
早いところ、大金庫の中にある証拠物品を押さえてしまおう。
…………ぞく……ッ。
「ッ?」
久しぶりに感じた、いや現世では一度も感じたことのない悪寒。
それがいま、背中を這いまわった。
「ラミアナ……?」
地上にいるラミアナの気配が、変質しつつある。
よもやこの変化が、レベッカの吹いた裏笛のせいだとは知らないベルティスである。なぜなら千里眼は、視覚のみの情報しか与えられないからだ。
「────ローレンティア」
『いかがされましたか、マスター』
427階層にいるローレンティアに念話を飛ばす。
「竜の品を回収後、430階層に来てくれ」
『かしこまりました』
念話を切り、千里眼で地上の様子をみたび確認。
セシリアに目立った怪我などはない。可愛い子には旅をさせろ、危険な場に置けとはよく言うが、あの状況下でセシリアを独りぼっちにさせるのは忍びない。ルワンダとかいう女のことも気になる。
できれば数分で密書が見つかればいい。




